返信不能のラブレター
風信子
第1話
「んおっ!?」
隣の席の星野が変な声を上げながら、まわりをキョロキョロしていた。
「どうした挙動不審になって。いつものことだけど」
俺の軽口には反応せず、星野は手に持っている紙を凝視していた。
「ヤバイよ青木。これ見てよ」
『ずっと前から 好きでした』
きれいな字でそう綴られていた。
これは、流行りのブツか。
「あまり騒ぐな。バレたらまずいだろ」
俺たちが入学した昨年の4月1日から、この中学校では『交際禁止令』が校則として定められた。中学校入学と同時に青春を奪われた俺たちにとってはたまったものではないが、抜け穴として生徒たちの間で秘かに流行しているのが、『返信不要のラブレター』である。
「どうするんだ?それ。てか誰から?」
星野は、照れているような、困惑しているような、複雑な表情で答えた。
「書いてないのよ。名前」
「はあ?『返信不要のラブレター』だろ?リスクはあるけど告白できるってことで流行ってるのに。名前書き忘れたのかね。返信不要どころか返信不能じゃん」
「わかんない。あえて書かなかったのかもしれないし。でも、もし書き忘れたんだとしたら」
「だとしたら?」
「見つけなきゃ!差出人!」
「ばかな!手がかり無さすぎるだろ!……そんなに相手が気になるのか?」
「なんていうか、告白って返事をきくところまででワンセットだと思うんだよね。『返信不用のラブレター』とはいっても、先生に見つからないように告白してるってだけで、実際は口頭で返事もしてるらしいし」
星野は真面目な顔でラブレターを見つめながらそう答えた。そしていつものように、無理難題を俺に押し付けるのだった。
「だから推理してよ!青木、こういくの得意でしょ?」
かくして、星野に届いたラブレターの差出人を推理することになったが、やはり情報が足りなすぎる。
まずは前提条件を固めていくことにした。
「ラブレターを確認したのは3時間目が終わってからで間違いないな?」
「うん。2時間目が終わった時はまだ入ってなかったと思う。手紙は机の中の教科書の一番上に置かれてたから、もしあったら教科書を出し入れする時に必ず気づくもの」
「なるほど。つまり、手紙が机の中に入れられたのは2時間目が終わってから3時間目が終わった現在までの間か」
これで犯行時刻はかなり限定されたようなものだ。可能性としては、2時間目と3時間目の間の休み時間に入れられてそうなものだが……。
「休み時間だけど、俺ら二人とも席を離れた時間ってあったっけ?」
「いや、なかったわ。どっちかは席に座ってたはず。だからわたしが席にいない時でも、誰かが机の中に手紙をいれようとしたら、さすがに青木が気づくよね。寝てたわけでもないでしょ?」
「そうだな……そろそろ4時間目も始まるな。あとは授業中に考えてみるよ」
「休み時間じゃないなら無理じゃない?こんんなの……ひょっとして、手紙かいたの青木なんじゃない?」
「それはない」
「あっそ」
4時間目の社会の授業を聞き流しながら、俺は考えを巡らせていく。
うちの中学校では、生徒がほかのクラスに用もなく出入りすることは控えるよう言われている。規則というほどでもないので入ろうと思えば入れるが、うちのクラスに他クラスの生徒が入ってきて、ましてや窓側の一番前の席の星野の机の中に物を入れるとなると、やはり目立ちまくりである。よって、差出人はうちのクラスの生徒だとわかる。
また、星野の話を信じるなら、手紙が机の中に入れられた時間は休み時間ではない。そうなると、入れられた時間は3時間目の英語の授業中に限られる。
入れた方法も大体想像がついた。それによって差出人は8人のクラスメイトに絞られる。手紙に書かれた綺麗な字。席替えをする前の座席。星野の癖……。
思えば、星野に無理難題を押し付けられたことはこれまで何度かあった。
失くした消しゴムを探し出せだの、期末テストの問題を予想して教えろだの、やっかいな頼み事ばかりしてくるのだ。断りたくとも、星野の真剣な眼差しが「何とかしろ!」と訴えてくるので、俺は今回も頭を悩ませるハメになっている。
4時間目の授業が終わる。推理というには裏付けが足りなすぎるが、差出人はひとりに絞られた。昼休みに星野に説明するために、給食中は頭の中を整理することにした。給食はグループごとに机をつきあわせるので、ラブレターに関する話をすることもできないし、星野も何も聞かないでくれた。
自分の推理を振り返ってみると、あえて差出人の名前が書かれなかった可能性もあることに気づいたが、どちらにせよ星野は返事がしたいと言って納得しないのだろう。
さて、まともに聞き込みができないという条件で差出人を当てるための今回の推理だが、推理が当たっていたとしても、推理がはずれている確率のほうが大きいと言える結果だった。あとは星野が納得するかどうかだ。
昼休みになった。もしかしたら、この学校で男女二人で堂々と話し込むことができるのは、席が隣同士の二人の特権かもしれない。教室にはまばらに人が残っている。
俺たちのすぐ後ろの席は二人とも不在だった。
俺たちは声を抑えながらこの事件の解決編を始めた。
「謎は解けたのかね?青木君。」
星野がニヤニヤしながら訊ねてくる。
「ああ。間違ってても怒るなよ」
「ホントにわかったの?手紙入れられたタイミングが謎すぎて、わたしにはさっぱりなんだけど!」
「じゃあその謎すぎる部分から話していくか。星野の話だと、ラブレターは3時間目の授業が終わって教科書をしまおうとした時に発見された。2時間目が終わってすぐ教科書を机の中にしまうが、その時にはまだラブレターは入っていなかった。よって、2時間目終了後から3時間目終了後までの間にラブレターは入れられたことになる」
「でも、2時間目と3時間目の間の休み時間はわたしたち二人のどちらかは必ず席についてたから、入れるのは無理よね?」
「そうだな。だから、ラブレターが机の中に入れられたのは、3時間目の英語の授業中ということになる。」
「授業中!?」
星野は、わたしもそこまでバカじゃないわよ、とでも言いたげな顔をした。
「わたしもそこまでバカじゃないわよ。自分の机に何か入れられるとしたら、さすがに気づくって。ていうか入れる側も目立つっていうか、やっぱ無理でしょ」
「いや、あながち無理でもないんだ。これは3時間目の授業が英語だったからできたんだ。英語の授業の内容を思い出してみな」
「今日の英語か……あ!もしかして、会話のワークの時?」
「そうだ。今日の授業では二人ペアで英語の会話をするワークがあった。このクラスの席の配置は大まかに言うと2×5の男女の列が3列ある。例えば俺らは窓側の一番前の席だから、後ろには2×4で男女4人ずつの席がある。今日のワークでは、隣の席の二人で教科書にある会話を英語でした後、左回りで一つ席に移動し、また会話をする。立ちっぱなしだが2×5の10人の席をぐるっと一周した」
「なるほど。この時にわたしの机に入れたのね?一周するから必ずわたしの席に一度は入れるチャンスがある」
「その通り。だから、ラブレターの差出人、仮にMとしよう。Mは俺らの後ろの席の8人の中の誰かだ」
「……でも、ホントにできるのかな?他人の机の中に手を突っ込むってやっぱり目立つんじゃ……」
「これは英語のワークだからこそ出来たんだと思う。こればっかりは実際に試してみないとわからないが、教科書に書いてある通りの会話をするわけだから、みんな教科書しか見ていないだろう?」
「なるほど!それなら確かにMがわたしの机に手紙を入れる瞬間を誰にも見られないかも」
「先生にもばれない必要があるから、毎回うまくいくものでもないんだろうけどな。これが、Mが3時間目の授業中に手紙を入れた手口だ」
これで大事な部分の説明を終えた。あとは8人からさらに絞っていくことになる。
「ここからは消去法だ。まずはラブレターの筆跡から。俺の後ろの男子4人だが……」
「ま、まってよ。その中にMがいると思うとキンチョーしてきた……」
確かに、星野は当事者な訳だから、Mの次くらいには緊張しているだろう。
「星野はラブレターの返事をどうするのか決めてあるのか?もちろん相手にも寄るだろうけど」
「んー、たぶん断るかな。でもやっぱり返事はすべきだと思う。こんな告白もままならない学校でしてくれたんだもの。すごく勇気が必要だったと思うわ」
勇気、か。俺の頭に浮かんでいる差出人のことを思えば、確かに勇気が要りそうだった。
「じゃあ話を進めるぞ。単純に、俺の後ろの席の男子4人は、こんなに綺麗な字を書けるのかということだが、4人ともノーだ!」
「ええ?」
「前から2番目の席から順に、まず田中の字は汚くはないがかなりの癖字だ。俺は去年も同じクラスだったし、間違いない。次に内藤、あと橋本も、そんなに字は綺麗ではない。一番後ろの林にいたってはクラスで一番字が汚い。かくいう俺も字が汚いほうだから分かるんだが、そもそも字が汚いと、どんなに丁寧に書いてもそこそこにしかならんのだ」
「ちょっとまって、それなら代筆を頼んだ可能性もあるんじゃない?」
「それは俺も考えた。けど、もし代筆なら、Mの名前を書き忘れるなんてことあるだろうか?代筆した後とその出来を確認する時とで、少なくとも2回は内容がチェックされるタイミングがあるはずだ」
「ええっと、そしたら……え?後ろの男子4人はちがうってこと?」
「だからそう言ったろ」
「そしたらもう迷宮入りじゃん……やっぱり青木が書いたんでしょ!それで名前書き忘れたからごまかそうとして……」
「だからちがうって」
「あっそ……」
「……ちなみにまだ迷宮入りじゃないぞ。なんなら容疑者を8人から4人に絞り込めたところだ。つまり、Mは星野の後ろの女子4人のうちの誰かだ」
「あ、えと、頭がついていけなくなったんだけど。え?じゃあわたしにラブレターをくれたのは、女の子ってこと?」
「そういうことだ。有り得なくもないんじゃないか?星野は背が高いし、女子バスケ部の次期キャプテンだし、勉強もそこそこできるし、その辺に憧れてたとか。知らんけど」
「……冗談じゃないんだよね。わかった、青木の推理を信じるよ。こんな大変なお願いをしてるんだから、信じないなんて失礼だもんね」
星野は今日一番で困惑した顔をしていたが、腹をくくったようだ。
「そしてここからは、星野のある癖が関わってくる」
「癖?わたし普段そんなに変なことしてる?」
「変なことじゃないよ。授業が終わったらどうするかということだ。俺は最初に星野の話を聞いた時、気になったことがあった。3時間目の授業が終わってから机の中の教科書の一番上にラブレターがあるのを見つけた、ということだったが、もしそうなら3時間目の英語の教科書を机にしまう時に、手紙に気づかず上に教科書を重ねてしまうんじゃないかと思った。あるいは手紙が机の中の奥のほうでグシャグシャになってしまう可能性だってある。でもそれは、俺が授業が終わったらすぐに教科書を机の中にぶち込むからそう思っただけで、星野は違ったんだ」
「わたしは次の授業の教科書を机から出してから、前の授業の教科書を机にしまう」
「そしてMは星野のこの癖、というか行動パターンを知っていたんだと思った。星野の机の中は具体的にはどんな感じだ?」
「右から順に、筆箱、教科書類、一番左は朝読書の本」
「そうか。それなら手紙の安全を考えると、朝読書の本の上に置いておくのが一番安全じゃないか?逆に、明日の朝読書の時間まで手紙が星野に気づかれない可能性があるとも言える。つまり、教科書の一番上に手紙を置いておくことが、Mにとって安全でかつ確実に星野に手紙を読んでもらう方法だったんだ」
「なるほど……これって結構わたしの行動次第じゃない?うっかりするとわたしは手紙の存在にしばらく気づかなかったかもしれないってことでしょ?」
「その辺は信用されたんだろう。星野のこの行動パターンは常に一定だとMは確信していた。で、この星野の癖を知っている人はかなり限られると思う。授業が終わって数秒の行動なんて、観察するにしてもタイミング的に難しい。隣の席の俺は知っていたが、女子となると、せいぜい星野の真後ろの席だったことがあるやつだろう。」
「わたしの後ろは松雪さん、下野さん、安藤さん、木村さん…みんな2年生になってから同じクラスになった。席替えはまだ一回しかしてなくて、席替えする前の座席は……あ、五十音順か」
「で、下野さん、安藤さん、木村さんは星野より前の席だった。松雪さんは星野の真後ろで、席替えをした後の今の席もたまたま星野の真後ろ」
ラブレターの差出人Mは松雪さんだった、というのが俺の推理だ。
「松雪さんが差出人なら、英語のワークでは星野の目の前で手紙を机に入れたことになる。大人しい見た目でかなり大胆な手口だな」
「そうだね。しかも松雪さんがわたしのことを……だなんて、全然心当たりもないなあ。それにしても、やっぱすごいね青木!何の聞き込みもせずに差出人を導き出せるなんて。本当にありがとね」
「いや、いいよ。俺にとっては他人事だし。これから大変なのは星野だろ。ちなみに推理が当たっているかどうかは、松雪さんにそれとなく小突けばわかるだろう。『手紙のことなんだけど……』ってね」
「そうするかも。あとはわたしの番だね。どんな風に返事するか考えなきゃ」
妙に重々しい空気になったので、つい軽口をたたいてしまう。
「断るんだっけ?付き合っちゃえばいいのに」
「わたし、好きな人がいるから。だから断るの」
「ほーん……」
さらりと暴露してきたものだから、間の抜けた返事をしてしまった。
5時間目は午後一番で眠たい国語の授業だった。
この学校で男女交際は禁止で、堂々と告白することはできない。ただ一方的にラブレターを送ることなら可能だし、先生にラブレターがバレても処分まではされないことがわかっている。それでも先生に目はつけられるし、意中の相手に迷惑をかける可能性もある。
だから告白するとしてもバレないよう十分に準備をするはずだ。逆に今回の松雪さんの告白は、かなり突発的、あるいは衝動的なものだったのではないだろうか。すぐにでも想いを伝えたい、と思うような出来事があったのかもしれない。同性が相手なら、なおさら勇気が要るだろう。
松雪さんがどうして告白したのか、自分には関係のないことは想像しても意味がないかもしれない。ただ、想像することが行動の後押しになることもある。
星野が意中の相手からラブレターを貰ったとしたら、どんな顔をするのだろうか。
5時間目の授業は、星野の好きな人が誰なのか、考えてみることにした。
返信不能のラブレター 風信子 @hyacintheae
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