10月12日(水) 17:00

「――というわけで、犯人をつきとめて話を聞きにいったら、正直に言ってくれたってことなんだよ」


 事件解決までのあらましを、生徒会長はそうめくくった。それはもう、流れる川のようにさらさらとした口調で。


「あ、もうこんな時間だ」


 彼女の言葉で俺もスマホを確認する。校舎裏の日陰も来たときより濃くなっていた。


「インタビュー、そろそろいいかな。私これから先生のところに行かないといけないから」


 記事、楽しみにしてるね。そう言って背を向けようとする彼女を、


「会長」

「うん?」

「最後にひとつだけ、質問いいですか?」


 そう呼び止める。


「最後?」

「はい。これに答えていただいたら、インタビューを終わりますので」


 一瞬、考えるような仕草しぐさをする。だけどすぐさま、さっきまでとおなじようなニコリとした笑顔にもどると、


「うん、いいよ?」

「ありがとうございます」


 再び俺に身体を向けてくる。彼女だけが俺を見て、俺もまた彼女だけを見ている。

 そして、俺は――


「どうしてあなたは、事件を解決したなんてウソをついているんですか?」


 そう、訊いた。


「どういう意味かな」

「そうですね……もっと正確に言えば、本当は起きていない事件を、5分で解決したってウワサを流しているんじゃないんですか?」

「……なんで、そう思うのかな?」


 笑顔のまま、質問を返してくる。ほんの少しだけ、目を細めて。


「インタビューに来る前に、会長がこれまでに解決した事件を調べてみたんです」

 行ったのは聞きみと、現場の確認。

「気になったことがふたつありました。ひとつは、どの事件もその痕跡こんせきが残ってないこと」


 生徒会長が解決したという事件。俺がウワサで聞いたのは、屋上のドアのカギが壊れたという事件と、ビニール傘が盗まれたという事件だ。そして今、俺が生徒会長自身から聞かされた、校舎裏のラクガキ事件。


「そりゃあ、解決してから何日もたってるんだよ? 現場に何も残ってないのは当たり前じゃない?」


 生徒会長は言う。


「このラクガキだってそうだよ。さっき言ったでしょ? 昨日消してもらったって」

「そうですね。会長が言ってることに矛盾むじゅんはありません」

「じゃあ」

「もうひとつ気になったのは、実際に事件を目にした人が誰もない、ということです」

「……」


 口を閉じる。俺は話を続ける。


「誰に話を聞いても返ってきたのは『生徒会長が5分で事件を解決したらしい・・・』ということだけでした」


 現場に出くわしたという人間は、誰ひとり見つからなかったのだ。


「――なので、俺は推理すいりして、ひとつの結論にたどりつきました。あなたが、実在しない事件を解決したと、ウワサを流しているんじゃないかって」


『5分探偵』という仮初かりそめの存在を、自ら作りあげたのではないか、と。


「もちろん、これは俺の推測すいそくに過ぎません。裏付ける証拠なんてありませんし」


 そう、これはただの推理。確固かっこたる事実には、まだほど遠いのだ。


「だから、違うのであれば、否定してもらってかまいません」


 正否を決めるだけの材料はない。なので、俺はそれを目の前の生徒会長にゆだねる。


「……」


 彼女はじっとだまったまま、俺を見ている。いつの間にか、その顔から笑みは消えていた。


 そして、とても長く思える時間が経過して、口を開いた。


「君はさ、平和な世界をつくるにはどうすればいいと思う?」

「平和のつくり方、ですか?」

「そ。平和のつくり方」


 なんだかスケールの大きな話だ。ただの高校生の俺には見当もつかない。


「それはね……事件が起きない世界にすることなんだよ」


 彼女はふたたび、さらさらと語り始める。


「言い方をかえれば、事件を起こす気にさせない、かな? 何かしてもすぐにバレて、犯人として見つかっちゃうなら、悪いことをしようなんて気持ちにはならないでしょ?」

「そのための『5分探偵』……ですか?」

「うん」


 平和な学校をつくるため、事件が起きないようにするための抑止力だと、彼女は言いたいのだろう。実際、生徒会長が『5分探偵』と呼ばれてウワサされるようになってから、学校内でのトラブルはってきていた。


「それで、君はどうする?」

「え?」

「私が、『5分探偵』がニセモノだって、記事に書くのかな」


 そう問いかける生徒会長の表情には笑みがもどっている。


「たしかに状況証拠には過ぎないけど、君の推理には説得力があったし。信じる人は少なからずいると思うよ」


 それこそ『5分探偵』と呼ぶにふさわしいくらい、スピーディーな推理だったしね。なんて言う。


「いいんですか?」

「私はどちらでもかまわないよ。どんな記事を書くかは、君たち新聞部の自由だから。私はただ、私の信じるやり方で、この学校を平和にするだけ……かな?」


 にこり。彼女は今日何度目かわからない笑顔を、俺に向けてくる。まるで底の見えない、海をのぞきこむかのように。

 そんな笑顔を前に、


「俺は――」

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