第6話 君から僕への、内緒の手紙


『鈴木正一くんへ


 赤宮ヒカリです。

 実は私ね、男の子にお手紙書くのってはじめてなんだぁ。


 ……へへへ。なんか、照れ臭いな。


 でも、一生懸命書くから、最後まで読んでもらえると嬉しいな。


 えぇと……。

 何から書いたらいいんだろう。


 そうだ!

 いつもいつも、放課後のお勉強に付き合ってくれてありがとう。

 私、1人で放課後に残って勉強するのがこわかったから、正一くんと勉強ができて、本当に嬉しかったんだ。


 あ、てんきゅうは元気にしてるかな?

 産まれたばっかりで、とっても小さくって、弱々しくって……。


 私てんきゅうを見つけた時、どうしようって、パニックになっちゃっていたから、正一くんがすかさずてんきゅうをタオルで優しく包んであげたのを見てね、


 …………ええとね…………、


 ……すっごく頼り甲斐があって、素敵だなって思ったの。



 …………あああああああー!

 書いちゃった! 私、書いちゃったねぇ!

 恥ずかしいなぁ〜!


 でもね、正一くんなら、私がどんなことを言っても受け止めてくれるって、思ったの。



 ……そう、どんなことでも……。



 私ね、このお手紙、ママに託したんだ。

 私にもしものことがあったら、この間うちまで私を送ってくれた、鈴木正一くんに、渡してねって。


 だから、このお手紙を正一くんが読んでくれているっていうことは、私……もしかしてまた倒れちゃったのかなぁ。


 もう、ママから聞いたかもしれないけれど、私、脳の病気なんだ。


 お薬を飲んだりしているんだけど、

 よく、バタンって突然倒れちゃうの。


 そのせいもあって一時期入院してたから、途中編入っていうかたちで、正一くんと同じクラスに入学したんだよ。


 心配かけちゃうし、この話はクラスのみんなには内緒なの。


 正一くんには、話しちゃったんだけどね。





 実はずっとね……、正一くんのこと、優しい子だなぁって思ってたんだ。


 正一くんのいいところ、挙げたらキリが無いんだよ?


 ん〜と、例えばねぇ、


 優しいところ。クラス全体をよく見ていて、困っている子をさりげなく助けてあげるところ。


 この間の国語の授業の時、先生が別の子を当てたのに僕が発表してみまーすっ! って、代わってあげてたでしょ?

 だって発表が苦手な子にとっては本当につらいことだもんね。


 そういうさりげない優しさ、かっこいいなって思ったの。


 あとはね〜!

 

 何にでも、一生懸命なところ。

 でもいい感じで頑張りすぎないっていうか、ゆるぅく手を抜いているところ? そういうの、いいなぁって。


 ……あっ! けなしてないよ!

 褒め言葉!


 私はね、手を抜くことができないの。

 力の抜き方がよくわからないっていうのかなぁ。だからとっても、ゆるゆるできる人って素敵だなぁって思うんだよね。


 あとはね〜!


 友達想いなところ。

 友達、いつも大事にしてるよね。

 絶対傷つけるような言葉を使わないし、いつもいつも優しい言葉を選んでいるよね。


 ふふふ。本当に、挙げたらキリが無いでしょ?



 ……あああああ! 私ってば気がづけば、正一くんのことば〜っかり書いてるね!



 ……話を戻すんだけどね、私、脳の病気をしてるの。

 手術をする日は決まってるんだけど、もし、次にいつもと違う倒れ方をしたら緊急手術をすることになるかもしれないって。


 先生は、とっても優しくてね、僕も頑張るから一緒に頑張ろうって言ってくれてるんだよ!



 ……でもね、もしかしたら脳の手術だし、私……死んじゃうかもしれないみたい。


 上手く行ったとしても……何らかの、障がいがのこってしまうかもしれないんだって。

 

 最悪、最近の記憶が、なくなってしまう可能性があるんだって。



 恥ずかしいけどね、

 私ね、

 心がね、

 あんまり強くないの。


 頑張ろう! 頑張れる! って思っても、

 すぐに、

 あぁ、ダメかもしれないって悪いことを考えてしまうの。


 頑張ろう、頑張れない、の繰り返しばっかりしているんだ。

 弱っぽちなの、私。



 私、正一くんにお願いがあるの。

 これはね、私が期末試験の追試に勝てたらお願いしたいことなんだよ。


 ……それはね……。

 

 また、私とお友達になって欲しいの。


 私は正一くんと過ごせたこと、

 出会ったことを忘れてしまうかもしれないけれど……、

 また、私と――友達になってもらえますか?


 もし、記憶が無くなってしまっていたら、編入初日にとーっても緊張してた私に話しかけてくれたみたいに、「鈴木正一です、よろしく」って話しかけてくれたりしたら、とっても嬉しいなぁ。


 お友達が無理なら……、

 私と過ごしたこと、忘れないでいてもらえますか?


 ……これが、私の賭けが勝った場合のお願い。

 我儘で、ごめんね。




 ……正一くん……、

 私、こわいよ。


 死なないって本当かなぁ?

 手術成功するって、本当かなぁ?

 成功しても、障がいのこっちゃうのかなぁ?

 

 みんなのこと、忘れちゃうのかな?

 ママとパパのことも、忘れちゃったりするのかなぁ?

 ……てんきゅうのこと、正一くんのこと……覚えて……られるかなぁ?



 こわいよ。

 こわいよぉ。

 

 自分がこの先、どうなっちゃうのか、全くわからないの。

 こわくてこわくて、仕方ないの……。



 ママとパパの前では、こんなこと、言えないんだ。だって2人とも、泣いてしまうから。

 

 2人は何にも悪く無いのにね、「そんな身体に産んでごめんね」……って、泣いてしまうから。



 ……なのに、正一くんには言っちゃうなんてずるいよね。ごめんね。



 いろいろ、言っちゃったけど……。


 私、期末試験の追試、頑張るね!


 まずは賭けに勝っちゃうんだからっ!

 負けないよ〜!! ふふふ!





 ……あとね、私の気持ちを伝える最後になっちゃうかもしれないから……。


 恥ずかしいけど、伝えさせてください。


 ……正一くん、大好きだよ。



 赤宮ヒカリより』




 僕は、涙で滲んだ手紙を、大事に大事に、ぎゅうっと握りしめた。



 僕の涙だけではなかった。


 ――元から――彼女の涙がぽたりぽたりと手紙の文字を滲ませていたんだ。


 彼女の涙が滲ませた文字で、僕の心も、じぃんと滲む。



「……ヒカリちゃん……、そんな……の……僕からお願いしたいくらいだよ。


 ……大好き……だよ……」



 僕は涙が枯れるまで、自分の部屋から出ることができなかった。


 てんきゅうは何も言わずに、ただただずっと僕の足に身体を預けてくれていた――。



 ◆ ◆ ◆ ◆


 後に、彼女のお母さんから僕の母さんへ電話が入った。


 手術はなんとか、終わったとのこと。


 僕たちはとても安心したけれど、

 


 結局彼女は――――――――――――、


 ―――今学期、登校することはなかったんだ。

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