第六話 長の暴挙


 倒れてゆく二人の後方で、月光に照らされ、にやりと笑う騎乗の男。


 マイクは、走っていた勢いのまま、顔面から地面に激突する。

 その腕から放り出されるダン。

 二人の倒れゆく様は、まるで時が、遅く流れるような感覚だった。


「嘘だろ。こんなところで。作戦失敗だ、振り向くな。直ちに帰還する」


 シュウは、マイクとダンから目を離すと、ゲリラの野営に向かって走り出す。


 日本刀の血を払う男の、禍々しい覇気に、武器も持たないゲリラ達が太刀打ち出来る術はなかった。


「シュウ。マイクはどうするの」


 リコがシュウに怒鳴る。


「わからん。今はどうにもならないのは確かだろう。だが、必ずあの純血を奪還せねばならない」


 シュウは、歯を食いしばる。


「あんな奴より、マイクが先だろう。満足に手当てもしてもらえず、感染症で死んでしまうかもしれないんだぞ。私は戻る」


 リコが振り返ろうとすると、シュウがリコの腕を強く掴み、睨みつける。


「俺だって同じ気持ちだ。マイクは仲間だ、当たり前だろ。だが、我らゲリラ王国の目的を忘れるな」


 リコはシュウの言葉に俯き、黙り込んでしまう。

 空間が震えた気がしたのだ。


「必ずマイクと純血は奪還する。馬を引き、装備を整え次第、反撃に移るぞ」


 シュウの声とともに、ゲリラ達は、野営へと全速力で走ってゆくのだった。


 ゲリラ達がこの場を去ると、馬の蹄が、マイクの血をぐちゃりと踏みつける。


「おまえら、見捨てられたな」


 騎乗の男が、地面に這いつくばるマイクに向かって言った。


 マイクは、歯を食いしばることも出来ず、ただ無意識に、閉じようとする瞳の内側を見ていた。

 男は、馬から降りると、マイクの髪の毛を鷲掴みにし、顔を見る。


「だが、おまえらは運が良い。うちのボスは、まだおまえらから聞きたいことがあるようだ。こんな汚い奴らを生かしておく意味なんて本当にあるのか。おい、こいつらを手当てして、牢にぶち込んでおけ」


 男は部下を呼ぶと、気絶しているダンと、失神寸前のマイクを担がせ、牢獄に向かわせた。


 マイクとダンが、集落の医療テントで、簡易的な処置を受けている間、激化した戦闘は収まったようだった。そして二人は、本日ニ度目となる牢獄へと連れてこられた。

 簡易的といえど、森の民の医療の技術は、素晴らしく、マイクとダンの体の負担は、大幅に軽減したのだった。


「ダン、そろそろ起きろ」


 マイクがダンの肩を揺する。ダンの瞼に、確かな反応があった。

 背中の痛みに耐えながら、尚も揺すり続けるマイク。


「起きろ、おい」


 懸命に声をかけるが、やはりダンが目覚める気配はない。


 マイクは諦め、うつ伏せに寝転がる。牢の床は冷たく、埃っぽい臭いがした。

 しばらくその体制のままでいると、足音が近付いてくる。


「ゲリラの畜生め、錠をこんなにしやがって」


 ボロい服に身を包んだ森の民は、リコによって破壊された、扉と錠前を、錆びた鎖で補強していたのだが、鎖を外すのに苦戦していた。


 ガチャガチャと、鉄格子に鎖が擦れる音が、牢に響く。


「ちっ」


 森の民の男は、苛立ち、だんだんと手荒になってくる。


 だいぶ時間が掛かったが、なんとか鎖を外すとマイクとダンに話しかけた。


「おまえら、来い。和光さんが呼んでる。そこの寝てるやつも」


「こいつは、まだ気絶してるみたいで、起きないんだ」


 立ち上がったマイクが言う。


「起きないだと。起こすんだよ」


 気怠そうに言う森の民は、牢に入ってきたかと思うと、気絶しているダンの頬に平手打ちをした。


「起きろよ、こら」


 強めの平手打ちを食らっても、一向に目を覚まさないダン。

 その姿に、さらに苛立つ男は、ダンの顔面目掛け、靴底を振り下ろそうとした。



「おい。なにやってるんだ」


 牢に冷たい空気が走る。


 男の動きは、ピタリと止まり、ゆっくりと足を元の位置に戻した。


「わ、和光さん。この野郎が、全然起きなかったもんでして」


 男の体は震え、冷や汗をかきはじめる。


「俺は、傷を癒やしてから連れてこいと伝えていたはずなんだ。おまえがそいつらの傷を増やしてどうする。血だらけで、俺の部屋に連れてくるつもりだったのか」


 返り血を浴び、甚平を汚している和光は、冷静に男に詰め寄った。


「あ、そうか。おまえは血が好きなのか。よし、足だせ、足」


 和光は、腰につけた日本刀を鞘から抜く。

 その光景を見た男は、ダンを踏みつけようとした右足を、自然と前に出した。


スパッ


 マイクは、目の前の光景を理解出来ずにいた。

 固くて冷たい床目掛け、男が倒れてゆくのだが、何故か右足の脛から下が直立しているのだ。

 こんな時は、大声を上げるものだろうと身構えていたが、マイクも、片足の先のない男も、声は出さず、グッと頭と歯に力を込めるのだった。


「お、結構綺麗に切れたな。スパッと、スパッと」


 和光は、刃先についた血を、倒れこむ男の服で拭うと、日本刀をゆっくりと鞘に納めた。


「申し訳、申し訳ございませんでした」


 なんと男は、右足の先から、どくどくと血が溢れ出ているのにも関わらず、それを止めようとはせず、和光に向かい土下座をしたのだ。


 異様な光景に、言葉を失うマイクは、牢の壁に寄りかかってしまった。


「いいよ、いいよ。反省が良く感じられた」


 和光は、不気味な笑顔を男に向けたが、男の体はみるみるうちに横たわってゆき、まもなく床にへばり付き、離れなくなった。



「よし、やっと君と話せるね。名前は、なんと言ったかな」


 和光は、マイクを冷徹な目で睨むのだった。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る