『夜勤』前編

 ……もう……疲れた……。


 私『左右田そうだ しおり』は、短大を卒業し、憧れだった図書館司書の資格を取った。


 しかし、このご時世でなかなか内定も貰えず、やっと就職出来たのは高齢者施設の受付だった。


 半年は研修という名目で介護助手の仕事をしていたが、入職してから1年経つ今でも、介護助手ヘルパーの仕事をさせられている。


 これって、契約違反じゃない? ……と思ったが、せっかく就職出来た会社なので辞める勇気も無く、ズルズルと働いている。


 加えて私は元々、人との対話が苦手で、お世話するご入居者様とも、職員の方々とも、あまり話が合わない。


 今は息をするのも億劫おっくうだ……何もかも捨ててどこかに逃げてしまいたい衝動に駆られる時もしばしばだ。


 そんな状態でも、それなりに慣れたので、最近は夜勤の見回りもさせられている。 


 くどいけど、私は事務部所属、日勤契約の筈……なのに……。



 今日も夜勤だ。


 今晩、私と組む予定だった介護ヘルパーの方が、子供が熱を出したそうで、私が一人で見回る事になってしまった。


 1階の巡回が終わり2階を見回っていたら……


 ……ご入居者様が、カーテンレールにビニール紐をかけて首を吊っていた。


 明らかに頸部が不自然に伸びており、顔色も白く、亡くなっているのは間違い無さそうだ。


 なんで……よりによって私がひとりで見回っている時にこんな場面に遭遇するの?


 ご遺体を前にして、恐怖よりも自分の運の無さに愕然とした。


 

 フラフラと1階の当直室に戻り


「お休み中、申し訳ありません。 203号室の〇〇さん……カーテンレールで……首を吊っているようです……」


 と、上長の上野さんに電話した。


 

 脈拍や瞳孔反射を確認するように指示されたが、人が居ないから仕方ないとは言え『脈拍』? や『瞳孔反射』!?


 「はぁっ……」

 

 ……溜息が出た。 


 嫁入り前の、一介の事務員に一体何をさせようとしてるの? あの部屋に戻って、ご遺体に触れって言うの?


 もう、ご遺体は見たくないし、何より現場の保存が第一なのでは? ……と思い、それを伝えたら、直ぐに警察に連絡の上、〇〇さんの部屋に人が入らないように見張るように……と指示された。




 203号室の手前の廊下でベンチに座り、薄明りの中、誰かが到着するのを待った。


 この壁の向こうで、人が亡くなっている……。


 そう考えると、ますます気が滅入るので、好きなアイドルグループの曲を頭の中でヘビロテしていた。




 数分後……


 窓に回転灯の光が見えたので、一階に降りた。


 ガラス扉の前に、数名の警察官が見えたので、開錠した。



 ……扉を開いた瞬間、急に眩暈と吐き気を催した。


 今まで何ともなかったのに、急にどうして? ……警察官の姿を見て、安心して気が抜けたのだろうか?


 


 あ……! でもまずい……!


 今、私がここで倒れたら、警察官を部屋にお連れする事が出来ないし、何より他に職員が居ないので、ご入居者様がパニックにでもなったら一大事だ!


 ……と、必死に意識を保とうとするが、目の前が真っ暗になり、警察官に支えられながら、気を失ってしまった。



 (続きます)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る