転校生とブロンド

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転校生とブロンド

 両親から突然リビングに呼ばれ転校を告げられたときの実感は特になかった。殊勝な雰囲気でテーブルを家族で囲う中、そっか、という生返事だけして、そのままオレは自室に戻りベッドへと寝転がる。寧ろ実感なんてものが、欲しかったくらいだ。


 それから着々と日めくりのカレンダーは破かれ転校当日を迎える。中学校でのお別れ会で、同級生からは向こうに着いたら連絡しろよと惜別の言葉を貰い、オレの名前である富良野 純太郎へ、と真ん中に記された寄せ書きの色紙を受け取る。これらを持ち帰り、この街で最後の帰宅。玄関をくぐりもぬけのからになった実家を見て、ここって意外と広がったんだなとしみじみ思う。


 両親と合流してすぐ、タクシーで国内線専用の空港まで行く。同級生からのプレゼントと、最低限の荷物が詰められたリュックを強く抱きしめながら。


 引っ越し先はというと、物心付く前から十三年も暮らしていた東京を離れ、遥々最北の北海道。一応母さんとその祖父母のルーツではあるけど、いつも向こうから逢いに来てくれていたため、オレ自身は一度も足を踏み入れたことはない。


「……あんま、変わんないな」

「純太郎、はぐれないようにね」

「……うん」


 初めてのフライトから地上に降り立ち、慌ただしく乗り換えの準備をする両親と、移動してロータリー付近から見える人混みについての率直な感想。


 構造は異なっているのに似ている建物。

 見分けが付かない他人が交差する風景。


 予め一枚上着を羽織っていたせいか肌寒くもなくて、皆の言葉が訛っている様子もない。それはなんというか、当たり前のように連れ添っていた同年代の子と離され、住む場所が変えられただけというか、こうして人は孤立するんだろうなというプロセスの一端を垣間見た気がした。



 翌日。転校先の中学校へと顔合わせのために向かう。まだ引っ越し先の家が段ボールに占拠されているというのに性急な話だ。


 新しい担任教師とおぼしき男性が両親と世間話を交えつつ転校に関する手順を伝えていて、時節俺は巻き添えになる形で適当に頷いて答えるばかりだった。


 学力試験なんてものもなくて、逆に東京の中学校にいた頃の教科の進行具合を訊ねられ、同じ箇所をまた勉強することになるかもしれないと忠告を受け取った後、良かったら校舎を巡ってみないかという提案に、どうしてか両親が賛同する。


 父さんと母さん的には単純な引っ越し作業より、これから過ごす校舎内に触れた方が気晴らしにもなって有意義と考えたらしい。間違ってはいないけど、どちらもそれはそれで退屈だとは感じた。


 結局両親は先に帰宅して、オレは残る。担任教師の男性は一人のほうが気楽だろうと同行せず、一度オレたち家族が通過した本校舎の靴箱に案内板があるとだけ伝える。


 言われた通りに戻り、正面の壁に額縁で掲げられている校内図を発見して、ぼんやりと眺める。同年代にあたる二年生クラスは四つあり、全て別館の二階に配置されていると知る。行く当てもないからと、とりあえずそこへと向かう。


「静かだね……」


 休日の校舎は窓越しに映るグラウンドや体育館からの掛け声や、たまに金属音がする以外は本当にのどかなものだった。制服を着た生徒とすれ違わないから私服が浮かないし、白い目で見られることもない。校舎を巡るには絶好の日と言えるだろう。


 階段を上り、本校舎と別館を繋ぐ細道を経由して、俺は二年生学級があるフロアへと辿り着く。まず手前にはA組があって、扉窓から覗くと案の定誰もおらず、安堵して取り手に引っ掛けようとしたところで、勝手に入るのは良くないと自制する。


 そういえばオレは何組なんだろうと疑問に思ったけど、いずれ分かることだし調べるのも面倒だからと有耶無耶にした。そんな流れから、大した感慨もなく隣のB組を覗いた……そのはずだった。


「……っ」


 その鮮烈をなんと表すべきだろうか。

 先程のA組と同じく机椅子が等間隔に並ぶだけの、なんてことのない内装だと思っていた。いや、それ自体は間違ってはいない。


 そんな当り障りのない教室に一人、クリームカラーのセーターに膝丈ぐらいのスカート、上靴にハイソックス、それだけなら普通の女生徒だ。だけど、つらつらと挙げた学校指定の格好が、彼女のなだらかに靡くロングのブロンドヘアーの前には霞んで見える。


「綺麗……」


 ただただ純粋に、そう思う。目測ではあるから正確ではないかもだけど、こじんまりとした彼女は教卓から自席に戻ると、開かれていたノートと睨めっこをして、幼さが残る丸顔が途端に渋さを帯びる。


 その可愛らしい容姿は難しい顔になっても表情の豊富さの一つでしかなくて、整髪だとは思うけど白みのあるブロンドヘアーとのアンバランスが、彼女を唯一無二の存在にしている。


「……あの子、同い年?」


 金髪に染めている知り合いは何人もいたはずなのに、どうして惹かれているのかオレにも分からない。もうあの髪が校則で許されているのかとか、なんで休日の教室で勉強をしているのかとかもどうでもよくて、しばらく校舎巡りも忘れ、彼女の動向を見守っていた。


 西洋風の少女が人知れず勉強をするという、古めのアニメにありそうなシーン。

 まるでフィクションのようだ。


 結局、俺が眺めていたことに気付いていない様子だった。途中で別の生徒が階段から降りてくる気配を察して、逃げるように来た道を戻る。どうやらその女生徒はブロンドヘアーの彼女と同じクラスのようで、どちらが言ったのか不明だけどお疲れー、とねぎらいの言葉が辛うじて耳に届く。


「何やってんだ……オレ……」


 我に返り、らしくもない行動を自嘲するように、壁に寄り掛かりながら苦笑する。割とクールというかドライな性格である自覚はあったからこそ、尚のこと行動とかギャップ可笑しかった。それは一目惚れか憧憬か、はたまた別の何かなのかは分かりっこない。


 でも一つだけ、確かなことがある。

 胸の高鳴りが肯定する。

 あのブロンドヘアーの彼女と、同じクラスになれたらいいなと……切に思う。

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