46.『彼女』デビュー

「おはよう! 和人君!」


「おはよう、都ちゃん」


久しぶりの朝の挨拶。

たったこれだけのことで、都はジーンと感慨深くなってしまう。

長かった一人ぼっちの登校。実際はたった数週間だったが、都には1年以上に感じた。

しかし、その苦行に耐えた対価は大きい。


『彼女』


その称号を得たのだ。


都は和人の傍に駆け寄った。


「和人君! 今日は都が『彼女』になって初めて一緒の登校ね!」


「え? あ、う、うん。そうだね・・・」


都の家に来るまでの道のり、緊張し通しだった和人だが、都のテンションの高さに圧倒され、自分の緊張が少し解れた。


「ふふ。じゃあ、はい!」


都はにっこりと微笑むと、手を差し出した。


「え? 何?」


和人はその手を見てたじろいだ。


「何って・・・。彼女だもん。手を繋いで登校したっておかしくないでしょ?」


「・・・っ!」


都はニコニコして和人が手を取るのを待っている。

和人は自分の顔が見る見る赤くなっていくのが分かった。


「べ、べ、別に、な、な、な、何も手を繋がなくてもっ!」


「何で? いいじゃない、彼女でしょ? 『許嫁』じゃなくて」


都は一歩前に出る。和人はぴょんと一歩下がった。


「それとも、『許嫁』の時と一緒で、『彼女』も二人だけの秘密なの?」


都はちょっと寂しそうな顔をして首を傾げた。


「うぐっ・・・」


グサリと心臓に矢が刺さり、和人は胸に手を当ててよろめいた。


「そ、そんなことないけど・・・」


もちろん、もう隠すつもりは無い。

周りから今まで以上に奇異な目で見られることも覚悟の上だ。

それを恐れていたら、一生、都の傍にいられない。


刺さった矢を抜き、必死に平静を取り戻そうとするが、


「本当! 良かった! じゃあ、もう誰に見られても平気ね!」


ぱあっと輝く都の笑顔から新たな矢が降り注ぐ。

トストスと幾つも矢が心臓と頭に突き刺さり、完全に理性と平常心が壊された。


「はい!」


都はもう一度和人に手を差し出した。

和人はギギギっと壊れたロボットのように手を動かし、ゆっくりと都の手に近づけた。


ちょんっと、都の指先に自分の指先が振れた。

途端に、プシューっと和人ロボットはショートした。


和人はバッと手を挙げて、


「ご、ごめん! 都ちゃん! 手を繋ぐのは今度ね! 早く行こう! 遅刻しちゃうよ!」


そう叫ぶと、くるっと向きを変え、スタスタ歩き出した。


「え・・・?」


都は手を差し出したまま、暫く固まっていた。

ハッと我に返って振り向くと、和人は既にかなり先を歩いている。


「え? え? 和人君?」


都は慌てて後を追いかけた。





(解せぬ・・・)


都は横断歩道を渡りながら、前にいる和人を見た。

和人は見知らぬお婆さんの手を引いて歩いている。


腰がほぼ90度に曲がっているお婆さん。

横断歩道の緑色信号が点滅しているのも関わらず、停まらずに突き進もうとするので、慌てて二人で止めたのだ。


その後、和人は優しくお婆さんの手を引いて歩き出した。


その行動自体は大変美しい。

さすが、和人君! 優しい! 素敵! と心の中で賛美を贈り、後ろからちょこちょこと付いて行ったが、長い横断歩道を渡っているうちに、ふと疑問が沸いた。


見知らぬお婆さんには、あんなにも格好良くスマートに手を取ってあげるのに、何故に自分の手は取ってくれないのか・・・。


もしや、このお婆さんよりも、自分の魅力は劣るのか?


いやいやいや、流石にそれはないだろう。


これはお婆さんの歩いているのだ。歩いているわけではない。

結果は同じだが・・・。


(う~~ん・・・)


都は腕を組み、難しい顔をして二人の後を付いて歩いた。





結局、手を繋いでランランランと登校することはできず、昇降口まで来ると、


「じゃ、じゃあね! またね、都ちゃんっ!」


と言うと、和人はスタコラサッサっと自分の下駄箱の方に走って行ってしまった。


「え? あ・・・」


都は呼び止めようとして中途半端に挙げた手をそのままに、和人の後ろ姿を見送った。


「う~ん・・・」


都は腕を組んで首を傾げながら唸った。

これでは許嫁の時と変わらない。


「せっかく彼女になったのに・・・」


つい、恨めしそうに独り言を呟いた。

しかし、自分の唇から漏れた『彼女』というフレーズにまたまた心が躍り出した。


そう、『彼女』! 自分は『彼女』なのだ! 何も気落ちする必要はない!


あっという間に気持ちが舞い上がり、ご機嫌よく自分の下駄箱に向かった。

丁度そこに、上履きに履き替えている静香がいた。


「おはよーっ!! 静香ちゃーん!!」


静香が振り向いて挨拶する前に、都はガバッと抱き付いた。


「く、苦しいから・・・、都・・・」


「都! 和人君の彼女になったの!」


「うん、昨日聞いた・・・。LI●Eで・・・」


「今日、デビューなの!」


「うん・・・、おめでと・・・。ね? 放して、いい子だから・・・」


都はやっと静香から離れた。

そして静香の両手を取ると、ブンブン振って、満面の笑みでほほ笑んだ。


「今日、彼女デビューなの!!」

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