3.大好きな和人君

いつまで、空を見ていたろう?

足やお尻にアスファルトの冷たさが伝わり、体にも強風が吹きつけ、体がブルブル震え始めた。


都は血の気の引いた顔で、ゆっくり立ち上がった。

強い風のお陰で、髪はボサボサで青白い顔。まるで幽霊のようだ。


都はそんなことに構う余裕などなく、フラフラしながら、屋上を後にした。





許嫁の和人はいつも優しかった。

今まで、喧嘩らしい喧嘩など一度もしたことがない。

ちょっとした言い合いになっても、すぐに和人が引き下がっていた。


そこそこ良い家柄である都の両親は、一人娘の都を甘やかして育てた。

当然のごとく、都は若干我儘に育ってしまった。


そんな我儘の都に、常に寄り添い、面倒を見てくれた和人。

そんな和人は、ごくごく一般家庭の家柄だ。

それどころか、和人の父親は、都の父専属のドライバーだ。つまり雇用関係にある。


そんな使用人の息子が娘の許嫁に抜擢されたのは、一重に人柄だ。

誠実で実直な運転手の父は、都の父に絶対的な信頼を置かれ、その息子である和人は頭脳明晰。

そんな親子に惚れ抜いた父が、和人と都を引き合わせたのだ。


そして、そんな和人に惚れ抜いてしまったのは父だけではなく、都も同じ。


小学生の頃から、周りより小さく太っていた和人はまるで熊さんのようだった。

モソモソ喋るし、動きはドンくさい。

運動神経が良くないのか、目が悪いのか、何もないところでもよく転ぶ。


そんな和人に見かねて、都はよく手を引いて歩くようになった。

繋いだ和人の手はムチムチして柔らかい。

お父さんや従兄のお兄ちゃん達のような男の人の手と全然違う。

まず、都は和人の手の柔らかさを気に入った。


手を繋いでいる時間が長くなれば長くなるほど、心の距離も縮まっていく。

徐々におしゃべりも増えていき、一緒にいる時間も長くなっていった。


和人は普段はモソモソと自信なさげに話すのに、自分が好きな事や、興味のあることになると目を輝かせながらハキハキ話す。

そしてそれは、都が知らなかったことばかり。

和人といると自分の世界がどんどん広がっていくようで、都はワクワクした。

そしていつの間にか、和人の楽しいお話より、楽しそうに話す和人の顔の方がお気に入りになった。


女の子は男の子より早熟だ。

都はこの気持ちが恋だということにさっさと気が付いた。

それからというもの、都の世界は和人を中心に回り始めた。


中学生になって都は、自分が和人と頭の出来がかけ離れていると気が付いてから、女子力を磨くことに専念した。


とは言っても、あまりにもアホで和人に呆れられても困る。

それなりに勉強も力を入れた。

しかも、和人自身が勉強を見てくれるという、素晴らしい環境をこしらえた。

これなら大嫌いな勉強も頑張れる上に、大好きな和人と一緒にいれる。

我ながら天才と思いながら、中学時代を過ごし、高校生活に突入した。


高校生になってからも、和人は変わらず都に優しかった。

ただ、どんなに仲良くしてくれても、優しくしてくれても、それ以上の進展はない。

都がどんなに「和人君大好き」アピールをしても受け流される。


しかし、都はもどかしく思っても、焦りは無かった。

なぜなら、自分は許嫁だ。和人との将来は約束されている。

なので、恋人らしい甘い言葉は囁かれなくても、いつも自分の傍にいてくれる和人を信じて疑わなかったのだ。


それなのに・・・。

まさか、許嫁を辞めたいだなんて・・・。

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