第31話 人形と ”悪巧み”

『マスターナイトには、これからの具体的な計画があるのか?』


 ”接続” しているディーヴァが、脳内に直接語りかけた。

 さすがの脳筋コンビもこんな場所で声に出して ”謀議” を図るほど、頭蓋骨の中身は筋肉質じゃない。


『まず、俺たちがこの都にきた理由を言ってくれないか?』


 確認の意味で反問する。

 以前ならIFイマジナリーフレンドを相手にやっていたことだ。

 考えをまとめるには誰かと会話のキャッチボールをするのが効果的だと、個人的に思っている。


『パトリシア・サークの捜索と救出。

 反逆者の汚名を着せられた、タイベリアルのサーク家、ソファイアのテレシア家、ハリスラントのロウ家、ペリオのゴード家、ライセンのセダス家の名誉の回復。

 ――以上の二点と理解している』


『そうだ』


 ディーヴァの端的な理解にうなずいてみせる。

 ヴェルトマーグまでの旅程でわかったのは、帝国軍によって焼き討ちにされたのがタイベリアルだけではなかったことだ。


 アスタロテのソファイア。

 ロイドのハリスラント。

 ボーランのペリオ。

 カリオンのライセン。


 彼女・彼らの領地も正規軍に襲撃され、無残に滅ぼされていた。

 このうちカリオンのライセン領が帝都までの途上にあったので立ち寄ってみたが、そこにはタイベリアルと同じ光景が広がっていた。

 あの様子では、他の三領も変わらないだろう。


 焼き討ちにあった理由も同様で、各領から参じた騎士がヒューベルム遠征中に敵に寝返り、裏切ったからというもの。

 すべてはデタラメだったが、異を唱えようにもアスタロテたちは全員が生死不明。

 まさに ”死人ニ口無シ” だった。


 一〇万を超える味方を全滅からの危機から救った五人の騎士たちの英雄的戦いは、汚名に塗れて地に堕ちたのである。


『パトリシアの行方を知るだけなら簡単だろう。わたしが皇城おうじょうに乗り込んで、皇帝とやらの口を割らせればいい』


 おそろしく単刀直入だが、ディーヴァの能力をもってすれば可能だった。

 正門からの強行突破でも裏口からの潜入でも、彼女ならやってのけるだろう。


『だがマスターナイトたちの汚名をそそぐには、それでは不十分だろう。捕らえて民衆の前で自白させるか?』


 俺は頭を振った。


『いきなり目の前にも、彼らは皇帝だなんて信じないよ。そもそもが顔を知らない人が圧倒的なんだから』


 戴冠式の後にパレードがあったみたいだけど、それだって帝都の住人すべてが見物したわけじゃないだろう。


『ではどうするのだ?』


『それを今、考えてるの』


 ディーヴァは直接的な行動では無類の強さを発揮するけど、その前段階は得意ではない。

 良くいえば純粋で真っ直ぐ。悪くいえば脳筋。

 段取りや悪巧みは苦手だった。


(それも戦術支援AIとしては、どうかと思うけどね……)


『パトリシアを助けるだけでは駄目なのか?』


『駄目だ。アスタロテたちの名誉を回復する。これはマスト絶対だ』


 言下に答える。

 もし五つの騎士領が焼き討ちされた原因がマキシマム・サークにあるのなら、他の四人はその巻き添えになったことになる。

 そのままにしておけるわけがない。

 是が非でも彼女たちの汚名は晴らす。なにがあっても絶対にだ。


『……』


 ディーヴァも強いて、それ以上意見はしなかった。


「――どうしたの? 父娘おやこ喧嘩でもしたの?」


 皿を下げにきたソバカス顔の女給が黙り込んでいる俺たちに、怪訝な顔をした。

 脳内で直接会話しているので、傍目はためにはそう映るのだ。


「いや、そんなことはないよ。親子仲は良好さ――な、ディーヴァ」


 ディーヴァは、フイッとそっぽを向いてしまった。


「お父さんは大変ね」


 そういうと女給は皿を下げる振りをして俺の耳元で、


(――ねえ今晩娘さんが眠ったらあたしの部屋に来ない? あたし、あなたみたいな素敵なオジサマが好みなの)


 どうやらこの女給は、そういう商売もしているらしい。

 この世界では別に珍しいことでもないので、驚いたりはしない。

 むしろディーヴァが施している ”偽装” が見破られていないことにホッとした。


 マキシマム・サークは悪名高き鬼畜騎士だ。

 帝都でもいる。

 そこでディーヴァにイヤリング型の投影機を設計してもらって、その設計どおりに俺がナノマシンで創造クリエートした。

 設計イメージの共有は、接続しているので簡単にできる。


 光学投影は彼女が持つ基本的な機能だ。

 BDバトリングドールの能力も兼ねそなえる彼女には、必須とも言える。

 潜入、破壊活動サボタージュ――この機能があるとなしでは、任務の幅がまるで違ってくる。

 だからその機能は拡張記憶領域ではなく基本記憶領域に焼き付けられていて、今もアクセスが可能だった。


 そんなわけで女給が目にしているのは、両耳のイヤリングから投影されている、ディーヴァが合成した壮年の男の顔なのだ。


(ははは……娘が寝てくれてたらね)


 いささかグラマラス過ぎるけど、年は二十歳をまわってないだろう。まだ若い。

 パッチリとした目元の愛らしい顔立ちで、巻き毛のブルネットが官能的な雰囲気を醸し出している。


(あたしが寝ちゃう前に来てよね)


 もちろんこの会話はディーヴァにもダダ漏れなので、可愛い我が娘さんは今晩は一睡もしてくれないだろうことは確かだ。


「――お客さんたち、いつまで逗留するの?」


 話がまとまったと思ったのだろう。

 女給が話題を変えた。


闘技トーナメントが終わるまでは居てくれるんでしょ?」


「闘技?」


「あら嫌だ、それを観にきたんじゃないの? 新しい皇帝陛下の即位を記念した帝覧ていらん闘技よ。一旗揚げようと国中から ”騎士の鎧ナイト・メイル” を連れた騎士が集まってるんだから」


 その言葉に、眉間の奧で閃きスパークが散った。



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