第三章 帝都炎上

第30話 人形と ”安宿”

 神聖イゼルマ帝国の帝都 ”ヴェルトマーグ” は、人口二〇〇万に達するハイセリア有数の大都邑とゆうである。


 国土のほぼ中央に位置し、四道しどう交通の要衝で東西に大陸幹道血の道が貫き、西は港湾都市 ”ターセム” を終着点に ”よいの大海” に、東は大氷壁と塩の原野を越えてヒューベルム諸公連合王国に通じている。

 北は肥沃な平野部で、国民の腹を満たして余り有る一大穀倉地帯。

 南は ”大赤竜の背骨” に近づくにつれて森深い地方となっていて、豊かな森林資源を供給していた。


 ヴェルトマーグ自体は外郭と内郭、二重の城壁を持つ巨大な城塞都市である。

 特徴的な六芒星の外郭は守備側の死角を無くし、殲滅力を高める効果があった。

 東西南北の城門はその最奥にあるので、攻城側は言うなれば翼を広げたおおとりの懐に飛び込む形になる。

 城門に近づけば近づくほど翼は狭まっていき、両翼から雨あられと降り注ぐ矢とつぶてと煮えたぎる油によって、攻城側の兵士は石臼で粉を挽くように消えてしまう。

 難攻不落とうたわれる大城塞都市だった。


 そのヴェルトマーグは現在、活況の最中にあった。

 三ヶ月前に即位した新皇帝 ”ルシウス五世” の戴冠の余韻が、未だに続いていたのである。

 国土の広さに比して交通手段が発達しているとは言いがたいこの世界では、むしろこれからが本番とさえ言えた。

 物見遊山に、それを相手にする行商人。

 新皇帝即位の慶賀に、帝国中から人が集まってくる。


 だから今の帝都で大変なのは、何にも増して宿探しだ……。


◆◇◆


「ああ、空いてるよ。ただし一人部屋だけどな」


 ”女神の口づけ亭” の主は、そういって胡乱うろんげな眼差しを向けた。

 場末のうらぶれた宿屋だが、足を棒にしてようやく探し当てた空き室である。

 今の俺たちにしてみれば、まさに幸運の女神の接吻だ。


「構わない。しばらく借りたい」


 衣嚢いのうからクエストラント中金貨を一枚取り出すと、カウンターに置く。

 クエストラントはヒューベルム諸公連合の一翼で、領内に有望な金鉱を有していて金貨の質が高く、信頼がある。

 硬貨を囓って真贋を確かめると、主は懐に入れた。


「字は書けるか?」


 書けるとうなずくと、俺は差し出された分厚い革表紙の宿帳に、ふたり分の名前を記した。


 ”自由騎士サイモン・ロートレック”


 その娘、


 ”ディーヴァ”



 ”女神の口づけ亭”は一階が酒場、二階以上が客室という、この世界の標準的な造りの宿屋だった。

 俺とディーヴァが借りた部屋は二階にあったが、古びた樫のベッドがひとつ置いてあるだけで一杯一杯の間取りしかなかった。

 ベッドに腰掛ければ話もできただろうが、それもなんだかやりにくいので、部屋を確認すると俺たちはすぐにまた一階に降りた。


「わたしは別にベッドで会話をしても構わなかったぞ」


「いいんだよ。こうやって面と向かった方が話しやすいだろ」


 微妙にきわどいセリフを口にするディーヴァに、微妙な表情で答える。

 昼時を大きく回っていたが酒場は盛況で、厨房に近い騒々しい小さな卓にようやく着くことができた。

 新皇帝の即位で国中から人が集まっているためだろう。


 俺はソバカス顔のやたらと肉感的な女給に、黒パンと山羊のチーズと兎の煮込みをそれぞれ五人前頼んだ。

 女給は注文の量に目を丸くしたが、金の含有量の高い小金貨を一枚握らせてやると上機嫌でうなずいた。

 なんでこんなに頼んだのかといえば……まぁ、すぐに分かる。


「以前から思っていたのだが、マスターナイトは食べられもしないのに、なぜいつもそんなに注文をするのだ? 金銭の無駄だぞ?」


「それは……まぁ、すぐに分かるよ」


 チップが効いたのだろう。

 量が多かったにもかかわらず、料理は比較的早く出てきた。


「いただきます!」


 狭いテーブル一杯に並べられた料理に手を合わせると、俺はガツガツむしゃむしゃ古強者の旺盛な食欲を見せた。

 マキシマム・サークは騎士としては標準的な体格だったが、それでも屈強な戦士として常人以上の食欲がある。


 右手に千切った黒パン。

 左手に匂いの強い山羊のチーズ。

 交互にかぶりつきながら、その合間に香草ハーブの効いたシチューを搔き込む。

 意外なことに料理は結構イケた。


 そんな俺をディーヴァは、


 ジ~~~~ッ、


 ……と見つめている。


 正確には俺が口に運ぶ料理を、


 ジ~~~~ッ、


 ……と見つめている。


「ディーヴァも食べるかい?」


「マスターナイト、以前にも言ったと思うがわたしはBDバトリングドールの能力を兼ね備えた、最新の汎用量子オートマトンだ。食事をする機能は与えられているが強いて実行する必要はない。食物から活動エネルギーを摂取するのは非効率すぎるのだ」


「そうか。そうだったね」


 あの地下墳墓を抜け出てから、すでに何度となく繰り返してきた会話である。

 そして俺はまた、ガツガツむしゃむしゃと食べ始める。


 ジ~~~~ッ、


 ジ~~~~ッ、


 ジ~~~~ッ、


「うへ、やっぱり食べきれないや――ディーヴァ、悪いけどあとは頼める?」


 二人前ほど平らげたところでお腹をポンポンと叩いて、満腹満腹のサイン。


「マスターナイトは学習することを知らない。どうして毎回適量を注文しないのか。物質的にも金銭的にも非合理だ」


「でも精神的には合理的で満足なんだよ」


「仕方のない人だ」


 小言を終えたディーヴァは華奢な外見からは想像できない、豪快な食べっぷりを見せ始めた。


 なぜ五人前もの料理を注文したのか――ディスプレイやモニターの前のみんなも、もうわかったよね。

 食べたいとディーヴァのために、一手間かけているというわけなんだ。


 岩のように堅い黒パンも、ディーヴァにかかれば綿菓子のようなもの。

 ミシミシッと引き裂いて、それでも顔の半分ほどもある塊を無造作に口に放り込む(当然、顔の下半分の幅は倍にもなっている)。

 酸味があり、そのまま食べるよりもお粥にすることが多いようなパンを、無表情にモシャモシャと咀嚼する様子は、とてもとてもエモい。

 同様にチーズの塊と兎の煮込みも、猛烈な速度で平らげていく。

 消化吸収機能が人間とは段違いなので、いくらでも食べられてしまうのだ。

 フードファイターになっても最強間違いなし。


「片付いたぞ、マスターナイト」


「違うでしょ、ディーヴァ。そういう時はなんて言うの?」


「ご、ごちそうさまでした」


 俺に注意されれたディーヴァは、合掌して空の器に頭を下げた。


「よくできました」


「……」


「さて、それじゃお腹も膨れたところで、これからの段取りを決めるとしますか」


 無言で恥ずかしがり悔しがっているディーヴァに微笑を浮かべたあと、俺は表情を引き締めた。

 この都に来たのは、安宿でお腹を膨らませるためじゃない。


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