第18話 ロリッ娘と ”ヤバいマスター”

「駄目だ、マスターナイト。やめておいた方がいい」


 メタルワームの死骸から突き出た投げ槍ジャベリンを潜在化して、再び取り込もうとしたときだった。

 俺の意図を察したディーヴァが制止した。


「――え?」


「一度他の生命体に入れたナノマシンは汚染されている。ウィルス化する危険があるので、やめておいた方がいい。マスターナイトも変異体キメラにはなりたくあるまい?」


「……変異体……そ、それはもちろん」


 言葉の内容よりも、こういう時のディーヴァはとにかく怖い。

 もともと感情表現が(極々)控えめなこともあって、冷たい声と表情はマジで胸に突き刺さる。

 ”警告役” にはもってこいだ。


 俺は肩を落とすと、ナノマシンの回収を諦めた。


「でも俺の中にあるナノマシンは元はといえばディーヴァが注入したものだろう? 変異の心配はないのかい?」


「マスターナイトに注入したものは品だ。医療用機器を使い回したりしない」


「ごもっともで」


 そう考えると一度誰かを斬った剣なんかも、潜在化するのはやめておいた方がいいかもしれないな。

 どうも貧乏性は駄目っぽい。


「そうなると、またしばらく武器無しか」


 二匹のメタルワームから突き出した投げ槍は、がっちり体内にくわえ込まれていて、とても抜けそうにない。

 俺の体内に残っているナノマシンは一パーセント。

 ある程度増殖するまでは、兎をさばくような短刀ダガーすら創り出せない。


「出発しよう」


 トホホ……と情けない顔で、俺は告げた。

 武器もなければ防具もない。

 それどころか食料や、もっとも重要な水さえない。

 飢渇きかつで動けなくなってしまう前に、この謎の空間から抜け出さないと。


「ここは直径三〇〇メートルの半球形の空間のほぼ中心だ。用途は不明――マスターナイト、ひとまず壁際を目指すがよいか?」


「うん、それしかないよね」


 シックなゴスロリ風のドレスをしたディーヴァが、先行して歩き出した。

 対物センサーや動体センサー視覚

 音響センサー聴覚振動センサー触覚などを総動員して、周囲に走査スキャニングの網を張り巡らせているのだろう。

 本当にすごい女の子だよ。


「床に何か落ちてたら教えてよ。ヒューベルム兵の落とし物かもしれないから」


「イエス、マスターナイト」


 武器でも食料が詰まった背嚢はいのうでも、もちろん水筒でも、見つけられればしめたもの。

 しかし金属蚯蚓ミミズは、やはり貪食どんしょくだった。

 二個小隊はいたヒューベルム兵は、有機物・無機物問わず奇麗サッパリ平らげられてしまっていて、痕跡すら残っていなかった。


 ディーヴァだけに頼らず、俺も自身の感覚を最大限に研ぎ澄まして慎重に進んだ。

 もう一度あんなのが出てきたら、今度はヤバいかもしれない。


(というか、絶対にヤバい)


 だから三匹目のミミズに遭遇しないで巨大なドームの壁際にたどり着けたときは、心の底からホッとした。


「ふぅ……やっと着いた」


 ヘロヘロといった感じで、額の汗を拭う。

 たった一五〇メートル歩いただけなのに、死ぬほど疲れた。

 なんなの、この疲労感?


「空間に溺れていたのだ。人間ヒューマンは広大な空間で自分の位置を認識できなくなると、心理的な圧迫ストレスを受ける」


「……なるほど」


 確かにそのとおりだ。

 でも――。


「これはこれで、別の意味で圧倒されるなぁ」


 半径一五〇メートルの半球形のドームだ。

 その壁はまるで目前に迫った巨大津波のようで、圧迫感がました風さえに感じる。

 壁にはまったく接合部が見当たらず、鏡面のように滑らかだった。

 薄ぼんやりと発光しているのは床と同様で、きっと同じ材質なのだろう。


「どこかに出入り口があるはずだ。探してみよう」


 ディーヴァと俺は壁に触れないように気をつけながら、壁面に沿って歩き出した。

 なに一周したって一キロメートル弱だ。

 のろのろ歩いたって、一五分もあれば調べられる……。


 そして、きっかり一五分後。


「「………………」」


 無言で立ち止まった、ディーヴァと俺。


「マスターナイト。ここが出発点だ」


「……そうか」


 徒労感に目眩がする。


「……何か、見落としたかな?」


ノーだ、マスターナイト。壁面はすべて走査していた。どこにも差異は探知できなかった」


「んーーーー!!?」


 それじゃ、これか?


「開けーーーーゴマっ!!!!」


 俺は両手を広げて、壁に向かって叫んだ。

 もちろん広大な空間は深閑としたままで、何も起こらない。


「……何をしているのだ、マスターナイト?」


「……古典的合い言葉」


 氷刃のような瞳を向けるディーヴァに、ガックリと肩を落とす。


「……意味わかんね」


「同意する。マスターナイトは意味がわからない」


「……」


 マズイ……な。

 喉がカラカラだ。

 すでにして脱水症かもしれない。


 世界最強の鬼畜騎士も、水がなければ行き着くところは渇き死にだ。

 鍛え抜かれた頑健な肉体と強靱な精神力も、それを幾ばくかの間、先延ばしするにすぎない。


 一〇〇〇世代先?の最新型の汎用量子オートマトンであるディーヴァも、水までは作り出せないようだし。

 出せるならとっくに出してくれてるだろう。


(……やれやれ、最強と最強のチートコンビも、一滴の水に敵わないなんて)


「マスターナイトの体内水分量が減少している。このままでは生命維持が困難になるだろう。早急の対応が必要だ」


「……凄いな、そんなことまでわかるんだ」


「当然だ。わたしは常にマスターナイトの生体走査バイオスキャンを実行しているからな」


「ディーヴァ……君は水を飲まなくても平気なのかい?」


「まったく補給の必要ないかといえば、そういうわけでもない。わたしの身体はほぼ有機体で構成さているからな。だが年単位の補給で十分だ」


「……そうか」


(取りあえず、心配事のひとつはなくなったというわけだ)


「問題はマスターナイトだ。すでに八.一二九パーセントの水分が失われている」


「……便利なもんだ。俺にも数値でわかればいいんだけど」


 あいにく人間はそう便利にはできていない……。


「データで表示してほしいのか? ならばこれでどうだ?」


 ディーヴァが事もなげに言うなり、目の前にステータスウィンドウが開いた。


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