第17話 ロリッ娘と ”ロングショット”

 頭部側のメタルワームA。

 尻尾側のメタルワームB。


 ワームAには尻尾が生え、ワームBには頭が再生している。

 どちらがどちらだか、もう外見上では見分けがつかない。


ミミズワームというより、まるでスライムだな!」


 古典ファンタジーでは有名な、不定形のモンスターである。

 液状質な身体を持ち、剣などで両断しても分裂・増殖するだけで、かえって窮地を招いてしまう。


「確かに言い得て妙だ。外皮は一見すると硬い金属質だが、実際は水銀のような流体金属の一種だ。斬撃すれば分裂し、打撃を与えても吸収してしまう」


「スライムは火や氷に弱い! ディーヴァは出せないの!? 口から火炎放射とか、目から冷凍ビームとか!」


「残念ながらその機能は備わっていない――来るぞ!」


 二匹のミミズが水面をわたる蛇のような滑らかさで、左右から襲いかかってきた。


「うわっ!」


 ディーヴァが俺の鎧下よろいした! とつかんで跳躍、回避。

 戦いはまたも振り出しに戻ってしまった。


(これじゃ元の木阿弥――いや分裂させた分、余計に不利になった!)


「どうする、マスターナイト」


 ディーヴァはまったく動じてない――どころか、どこか楽しそうだ。

 まるで俺がどう対処するか、期待しているようにも見える。


「この近くに ”騎士の鎧ナイト・メイル” は転がってない!? さっき逃げたヒューベルムのBDバトリング・ドールだ!」


「アクティブ走査スキャンに反応はない。どうやら奴に食われてしまったようだ」


「畜生!」


 城塞のときみたいに、精核コアをぶつけて氷付けにしてやろうと思ったのに!


(……まてよ?)


 精核――核か。


「スライムを物理的な攻撃で倒すには、核を潰すのが効果的だ!」


 あくまで古典ファンタジーの話でだけど。


「ディーヴァ、奴の核の位置はわかる!? 脳とか心臓とかの急所でもいい!」


ノーだ、マスターナイト。走査スキャニングが内部まで浸透しない。奴の核がどこにあるかまでは見通せない」


(レーダーとMRIじゃ、原理から用法からまるで違うからなぁ!)


 ディーヴァは俺をふん捕まえたまま、走り、跳び、着地してはまた走り、ワームABの攻撃を避け続けている。

 その間にどうにか打開策を見いだそうと無い知恵を絞ってはみたものの、ジェットコースターの方がよっぽどマシな環境に脳が揺さぶられて、アイデアを捻り出すどころではない。

 出来たことと言えば、いくつかの武器を思い浮かべたくらいだ。


戦斧バトルアクス!)


 ブッブー!


長弓ロングボウ!)


 ブッブー!


斧槍ハルバード!)


 ブッブー!


 頭に浮かんだ強力な武器はどれも、コストオーバーで却下された。

 創り出せそうなのは短刀ダガーとか短剣ショートソード とか、あとは言葉どおりの投げ槍ジャベリンぐらいで、どれも決定打にはなりそうもない。


(違う! この考え方じゃ駄目だ! この方向性は間違ってる!)


 発想を――転換しろ!


「ディーヴァ! 一度顕現けんげん化させたナノマシンを元に戻すことは可能!? この剣をまた元のナノマシンに戻せる!?」


「可能だ。そうでなければナノマシンの意味がない」


「顕現化できる距離は!?」


「近ければ近いほどよい。特に視覚内ならマスターナイトのイメージが明確になる」


「最後にもうひとつ――ディーヴァ! 君はナノマシンとも繋がってる!?」


 ディーヴァは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、そして答えた。


「――よし、ロングショット一か八かだ!」


 俺は右手に握られていた片手半剣バスタードソードが、粒子に分解する姿を想像した。

 自分が量子素粒子になってワームホールを駆け巡った経験があったからだろうか、潜在化はうまくいき、長剣はサラサラと分解され消失した。

 これで使えるナノコストは三五パーセントに回復だ。


「それで、次はどうするマスターナイト」


「こうするのさ! ――Let’s Party!!!」


 俺は景気よく叫ぶと、脳内のイメージを顕現化させた。

 振りまく動作をした手先からが出現し、キラキラと落下していく。

 そしてわずか時間を置いて、足下から響いてくるいくつもの澄んだ微音。

 途端に二匹のメタルワームが方向を変えて、床の上に散らばる音に襲いかかっていった。


「何をしたのだ、マスターナイト?」


 着地するなり、ディーヴァが訊ねた。

 ワームABは澄んだ音色に夢中で、こっちには気づいていない。


「これだよ」


 差し出した掌に載っていたのは、子猫の首につけるような小さなベルだった。

 チリンと微かな音をあげる、小指の先ほどの鈴。

 この世界でも日常的に目にする品でイメージもしやすく、構造も単純。


「三四パーセント分のナノコストを使って、こいつを大量にばらまいたんだ」


 二匹のメタルワームたちは鋭利な牙のついた円形の口を開けて、散乱する小鈴を次々に呑み込んでいく。

 だが鈴は無数にあり、ワームの巨体が動くたびにその振動や風圧で、さらなる音を上げていた。


 それでも疲れ知らずのメタルワームは、捕食をやめない。

 次から次へと散らばる鈴を呑み込んでいく。

 やがて、響いていた鈴音すずねが止んだ。


「どうだ?」


「見つけた。今、位置情報のイメージを送る」


 ディーヴァの言葉どおり、頭の中に明確なイメージが湧いた。

 あとは俺の仕事だ。


「――ジャベリン!」


 その瞬間二匹のメタルワームの体内に、長大な投げ槍が現出した。

 鋭い穂先は生命活動の源である核を刺し貫き、さらに内側から外皮を突き破る。


「GiAeEeeeeeッッッッッッッ!!!!!!!!!」


 鉄板に爪を立てるような耳障りな断末魔の悲鳴をあげると、二匹が火花を散らして床に倒れた。

 即死だった。


 メタルワームが呑み込んだナノマシンは、俺の細胞の一部だ。

 そして俺とディーヴァは ”接続” されている。

 ディーヴァは俺を通してナノマシンを操り、メタルワームを内部から走査スキャン

 核を見つけ出したのだった。


(初歩的な ”戦術リンク” だけど、上手くいってよかった)


「スライムみたいに透明なら、外から ”核” が見えたんだけどね」


 見えない以上、いろいろと小細工をろうするしかない。


「見事だ、マスターナイト。とても初めてのナノマシン戦には思えない」


「ありがとう。でもまだまだよ。もう身体の中のナノマシンが一パーセントしか残ってない。上手くやれば、もっと効率的に戦えたはずなんだ」


 賛嘆の表情を浮かべるディーヴァに、照れつつ苦笑する。

 リソース管理がまだまだだ。

 今回はたんに閃きが当たっただけで、あまり自信はもたない方がいいだろう。


「とにかく、これでこの空間を調べることができる。また今みたいのが出てこないといいけれど……」


 ディーヴァの表情が再び無機質になる。

 俺たちはまだここが、どんな場所なのかすらわかっていない。

 迷宮探索は、まだ始まってもいないのだ。


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