10:クエストは命懸けで(2)

『さぁ、それではこれから、赤兎さんが覚醒クエストに挑みます。皆さん、頑張って応援しましょう』

『『『おーっ!』』』


 先生の宣言に、「私」とガーネット、ヤマトが拳を突き上げて応える。四人に囲まれた赤兎のマスターは、周りからの期待に些か緊張気味だ。


 ギルドに入った後の赤兎は毎日「私」やガーネット達と行動を共にし、「わーるど」を楽しみながら少しずつ行動域を広げ、皆の支援の下で狩りに勤しんだ。そして、昨日ついにレベル20に達し、本日「かくせいくえすと」へ挑戦する日を迎えた次第である。


【新たなる旅立ち】は、アーチャーが二次職へクラスチェンジするための「かくせいくえすと」だ。赤兎はこれから山奥にある寒村へと赴き、村の存続を賭けて戦う事になる。「かくせいくえすと」とは言ってもレベル20、二次職へのクラスチェンジだ。難易度は低い。私達はピクニック気分で雑談を交えながら、目的地へと向かった。




 ***


 寒村に辿り着くと、入口に立つ薄汚れた門番が赤兎に話し掛け、彼はいきなり村長の住む家へと通された。村の中は暗い雰囲気が漂い、村人達は粗末な衣服を身に纏い、絶望を顔に貼り付かせたまま当てもなく周囲を彷徨っている。「私」達は先導する門番に従って村の中を進み、村長の家へと辿り着いた。


『おぉ、おぉ、旅のお人よ。私はこの村を治める村長です。今この村は、存亡の危機に立たされております。旅のお人よ、どうかこの村を助けて下さい!』

『お願いします、旅のお人よ!』


 村長とその家族は、赤兎の姿を見るや否や彼の許へと駆け寄り、彼の手を取って涙ながらに懇願する。赤兎の氏素性を質そうともせず、しかも周りに佇む「私」達四人はガン無視である。村長一家は、レアリティ溢れる煌びやかな装備に身を包んだ三次職四人を無視し、一番身なりの乏しい、何処の馬の骨かもわからぬはずの一次職赤兎の手を取り、村の将来を託そうとしている。プレッシャーに圧し潰され、この一家は錯乱している。私はそう判断した。


『 わ か り ま し た 』

『あ、ありがとうございます!この村の未来を、よろしくお願いします!』


 赤兎が頷くと、村長は彼の手を取ったまま目を輝かせ、何度も頭を下げる。村長は再び顔を上げ、「くえすと」の最初の試練を口にした。


『この村の畑はイノシシ達によって荒らされ、明日の食べ物にも事欠いております。旅のお人よ、まずは村の畑を荒らすイノシシ達を、退治して下さい!』




 村長に案内されて向かった先には、畑が広がっていた。しかし、其処に生えているはずの野菜は無残にも掘り返され、幾つもの大きな穴ができている。そして畑の至る所にイノシシの親子が群れを作り、食べ物を探して畑を掘り返していた。


 野菜がなければ、イノシシの肉を食べればいいじゃない。マスター達から聞いた、何処ぞの貴婦人の台詞を思い浮かべていると、先生が赤兎にアドバイスした。


『あのイノシシの親子は、リンクします。まずは足元に罠を張って足止めを計ってから、1頭ずつ倒すのが良いでしょう』

『 は い 、 わ か り ま し た 。 ≪スネアトラップ≫』


 先生のアドバイスに赤兎が頷き、その場に屈んで罠スキルを仕掛ける。そして再び立ち上がると弓を構え、親イノシシに向かって矢を放った。


『≪ポイズンショット≫』

『ブヒッ!?』


 緑色の光を放つ矢が親イノシシに突き刺さり、HPが2割ほど赤くなる。親イノシシは赤兎に向かって突撃を開始し、4頭の子イノシシも親の後を追い突撃を開始した。赤兎が後退し、イノシシ一家が、先ほどまで赤兎が居た場所を通過しようとする。


 すると、突然畑から土飛沫が舞い、イノシシ一家の移動速度が極端に遅くなった。スネアトラップの移動速度低下効果だ。赤兎はイノシシ一家から距離を取ると弓を構え、矢を放った。


『≪ファイアショット≫』

『ピキィ!?』

『≪ポイズンショット≫』

『ブヒィ!?』


 ダメージ系スキルが子イノシシの1頭にヒットし、HPが一瞬で真っ赤になった。赤兎は続けて別の子イノシシに継続ダメージスキルを放ち、HPの少ない子イノシシは数秒で力尽きる。その間に移動速度低下効果を振り切った親イノシシが、継続ダメージでHPを減らしながらも突進を再開する。


『ブヒィィィィッ!』

『≪スネアショット≫』


 新たに放った赤兎の矢は黒い尾を引き、親イノシシに矢が刺さった途端、再び親イノシシの移動速度が低下する。赤兎は再び後退して親イノシシから距離を取ると、迫り来る残りの子イノシシ2頭へと矢を放ち、次々と仕留める。


『≪ファイアショット≫』

『プギィィィィィ…』


 そして、最後にファイアショットを放ち、親イノシシを斃した。


『 ふ ぅ 』

『お見事です、赤兎さん。その調子です』

『あと4グループよ、頑張って』


 危なげなくリンクを処理した赤兎に先生が拍手し、ガーネットが声援を送る。その間、「私」マスターはひたすらハイキックを繰り返し、その都度顔を覗かせる下着に焦点を当てていた。


 結局、赤兎は残りの4グループも順調に仕留めていき、畑からイノシシは居なくなる。何度か子イノシシに纏わりつかれ、幾分ダメージを負ったが、先生からヒールを受ける事もなく、独力で対処する事ができた。


 最初の試練、無事クリアだ。




 ***


 最初の試練から戻って来た赤兎を引き連れ、村長が次に向かった先は、畑とは反対側にある、村の出入口だった。最初に入って来た村の入口とは異なり、板張りの高い塀に囲まれ、何人かの村人が塀の上に立って外に向かって腕を振り上げ、怒鳴り声を上げている。どうやら塀の外で諍いが起きているようだ。村長は閉ざされた塀の門の前に立ち、振り返って赤兎に語り掛けた。


『連日山賊達がこの村に押し寄せ、目ぼしい物を奪って行ってしまいます。このままでは私達は食べる物が無くなり、飢え死にする他ありません。旅のお人よ、どうか山賊達を退治して下さい!』


 連日襲撃を受けていると言うことはすでに防御線が崩壊しているはずなのに、何故今日に限って村を守る塀が健在で、侵攻を押し留めていられるのだろうか。素朴な疑問を浮かべた私の前で赤兎が村長へと頷き、門をくぐって塀の外へと出た。「私」達四人も、赤兎の後を追う。


 塀の外には15人程の山賊達が居座り、武器を掲げて村を威嚇していた。「私」達が門の外へ出ると、背後の門が閉まり、閂を架ける音が聞こえる。やがて、塀の上に村長が登り、山賊達に向かって声を張り上げた。


『貴様らの悪行は、今日でお終いだ!今日こそ、この旅のお人が貴様らを成敗してくれる!覚悟しろ!』


 赤兎はアーチャーだから、本来彼も塀に登り、高所から敵を倒すのがセオリーだ。しかし村長は赤兎を塀の外に出してたった一人で15人もの山賊達と対峙させ、しかも門の閂を架けて退路を塞ぐ。村を救おうとする恩人への裏切り行為とも言える、鬼畜の所業である。


『何だとっ!?貴様ら、アイツをやっちまえっ!』

『『『おおっ!』』』


 山賊の首領と思しき一人の男が村長の口車に乗り、5人の山賊が赤兎へと襲い掛かった。…何故5人なのだ?15人全員で襲い掛かればいいものを。そう疑念を抱く私の前で山賊の一人が立ち止まり、緩慢な動作で弓を引き絞る。


『赤兎さん、弓が来ます。敵弓に行動阻害と持続ダメージを』

『 は い 。 ≪ラピッドショット≫、≪ポイズンショット≫』

『ぐわっ!』


 屈んで罠を仕込んでいた赤兎に先生からアドバイスが飛び、立ち上がった赤兎が矢を放つ。2本の矢は弓を構えていた山賊に次々と突き刺さり、山賊は痛みに顔を顰め、矢を放てなくなった。すぐさま赤兎が後退し、押し寄せて来た4人の山賊達の足元でスネアトラップが発動、彼らの足が遅くなる。赤兎は移動スキルを使って素早く距離を取り、敵の刃の届かない安全な場所から素早く矢を放ち、やがて5人の山賊は力尽き、地面へと斃れ伏した。


 …あ、ちなみに全員、三次職高レベル帯のエキストラです。誰一人、死んでいません。


『クソ、アイツ手強いぞ!?てめぇら、心してかかれっ!』

『『『おおっ!』』』


 警戒の度を上げる首領の一声の下、第二陣、5人の山賊が赤兎に襲い掛かって来た。…だから、何で5人なのよ。学習能力、無いの?


『赤兎、後2回よ!頑張って!』


 塀の門前に立っているガーネットが手を振り、赤兎を応援する。そんなガーネットのはしゃぐ姿に、山賊達は勿論、村人さえもガン無視である。そしてガーネットと並んで立つ「私」マスターは何をやっているかと言えば、…スカートをたくし上げ、中を覗き込んでいた。…え!?ちょっと、山賊の皆さん達、何で一斉にこっちを見るの!?


『ぎゃっ!?』

『ぐわっ!?』

『目、目がぁっ!』

『あ、赤兎凄ぉい!百発百中じゃないっ!』

『赤兎さん、素晴らしい命中精度ですね』

『 何 で 撃 て た ん だ ろ う ? 』


 よそ見をしていた山賊達の目に次々と赤兎の矢が吸い込まれ、山賊達が皆顔を押さえて蹲る。一次職とは思えない正確無比な速射にガーネットが目を瞠り、先生が賞賛した。赤兎!中の人から変なオーラが漏れ出ちゃってる!早く引っ込めてっ!


 撃った本人でさえも首を傾げる怒涛の神弓の前に、山賊達は次々と討ち取られる。第二陣はおろか、首領を含めた第三陣も瞬く間に屍を晒し、第2の試練も危なげなく幕を閉じた。


 …なお、目に矢が刺さったエキストラさん達ですが、三次職高レベル帯にとって一次職の矢なんて、目にゴミが入ったようなもの。後で目薬ポーション差せば、治ります。




 ***


『旅のお人よ、ありがとうございました。これで村が山賊達に襲われる心配はなくなりました』


 山賊達が全員討ち取られると、背後の門が開き、村長が外に出て来た。彼は赤兎を亡き者にしようと企てた事などおくびにも出さず、山賊達の背後に広がる森を指差し、最後の試練を口にする。


『ですが、この森の奥に住むボブゴブリン。奴らを倒さない事には、この村に幸せは訪れません。旅のお人よ、どうかボブゴブリンを討ち払って下さい!』


 村長、あなた、赤兎の名前を覚えるつもり、更々さらさらないでしょ。村長に対する不信感を募らせる私を余所に、赤兎は村長の要請を受け入れ、四人の観客を引き連れ森の奥へと足を踏み入れた。




 森の奥へと向かって暫く歩いていると、藪や茂みが増えて周囲が次第に暗くなり、不吉な鳥の鳴き声が聞こえて来た。赤兎と並んで歩く先生が、彼にアドバイスする。


『ボブゴブリンは頑丈で、一次職の攻撃ではなかなか倒れません。しかもアクティブモンスターですから、油断して複数に囲まれて殺されないよう、十分に注意して下さい』

『 は い 、 わ か り ま し た 』


 先生のアドバイスを元に、赤兎が慎重に森の中を進む。やがて藪の向こうを横切るボブゴブリンを見つけた赤兎は弓を構え、スキルを放つ。


『≪ポイズンショット≫』

『ガゥ!?』


 緑色に光る矢が森の中を飛び、ボブゴブリンへと突き刺さった。だが、ボブゴブリンは煩わしそうに頭を振り、棍棒を振り上げて赤兎へと突入して来る。HPはまだ1割しか減っていない。赤兎は迷うことなく次の矢をボブゴブリンへと放ち、「私」はスカートを捲って中を覗き込む。


『≪スネアショット≫』




『 ――― ≪デッドリーブロー≫』




 突如、「私」の後ろに佇んでいた先生が、あらぬ方向へと吹き飛ばされた。先生は太い木の幹に叩きつけられて地面に落下し、そのまま動かなくなる。振り返った「私」達の頭の中に、一つのメッセージが流れた。




 ///// ―――【ギルドマスター:姜尚】が、【プレイヤー:からす】に斃されました ――― /////

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る