本当は戦いたくないのに

DITinoue(上楽竜文)

モンスターバトル世界選手権

 ここで言うモンスターとは、小人のボクサーような見た目の未知の生き物の通称である。身体の構造の実態は解明されていないが、恐らくは非常に精巧なロボットだろうと学会では考えられている。姿かたちは分権によって様々だが、モンスターバトルという戦いで使用されるモンスターの上半身裸で下はトランクス、拳にバンテージをはめているという姿が一般的である——現代語全館より


 これは、人類が歩む一つの選択肢となる未来である。我々人類が命を軽んじた結果、どうなるかは私が死んで百年が経った後、見ることになるだろう——某生物学者の遺書より




 この、生き物のような人工知能のような「モンスター」たちは、日々人間に遊ばれていた。その代表格が「モンスターバトル」と呼ばれるものである。

 モンスターバトルはそのモンスターの飼い主と飼い主が、公式的な道場でモンスターを真剣勝負させるというものだ。方法は、手足を使って、相手にダメージを加えていくというシンプルな戦いだ。それに加え、三回だけ「ビーム」と呼ばれる音波攻撃を出して相手にさらなるダメージを加える方法もある。いわゆる、闘牛や闘鶏の進化版のようなものである。

 さらに、ギャンブル――賭け事という要素があることも他の格闘技とは違う特徴だ。

 日本やアメリカをはじめ世界各地ではモンスターを戦わせるとき、どちらのモンスターが勝つかに金を賭ける。賭けに負けた者は金を支払うという、一般的なギャンブルである。

 そんな、ギャンブル要素を含んだ人間の娯楽、それがモンスターバトルである。




 そんな、モンスターバトルの国際大会が日本で開かれることになっていた。横浜市にある、「VSモンスターアリーナ」で第88回モンスターバトル世界選手権が開催されるのだ。

 会場には巨大なスクリーンが設置されており、観客席を目に金マークを浮かべている人間が声援を飛ばす。


 そんな、モンスターバトル世界選手権に出場する……いや、させられるモンスターがいた。

「世界選手権だよ……ヤバい気しかしない」

「だりぃ」

「なんで、こんなことしなきゃいけないんだよ」

「人間には、俺らはおもちゃでしかないんだよ」

「ほんとうにそうだ」

 日本代表の小人ボクサーはみな目を吊り上げて愚痴を漏らしていた。

 その中の一人、タニカゼは眠りとの境界を彷徨っていた。

(んで、そんな戦いなんかしなきゃいけねぇんだよ……)

「どうした、タニカゼ。生きてるか?」

「大丈夫じゃないよライデン。もう、明日の試合のことを考えるともう吐き気がする」

「そりゃあひでぇな」

 角ばった顔をしているライデンは一緒に練習“させられる”仲間だ。

「なんで、俺らはそんなことさせられるんだよ。やりたくてやってるわけじゃねぇんだ」

「人間にとって、俺らはギャンブルの対象なんだからな」

「本当に、ひでぇよな。どうにかしようぜ」

「この世界選手権の会場でか? それに、トレーナーも見てるんだぜ?」

「どうにかするしかないだろ……」

「おら!!!! 最後の練習だ!!!! さっさと来い!!!!」

 トレーナーに言われ、渋々みんなは練習場へ向かった。




 ――次の日。

 開会宣言が首相からされていた。賭博を楽しむクズ人間からすれば血が沸騰する程興奮するものだがモンスターたちにとっては不幸の始まりだった。


 開会宣言が終わると、試合が始まった。運の悪いことに、第一回戦はいきなりタニカゼの番だった。相手はドイツのモンスター、シヴァーだった。

「始め!」

 カーンと低い音が腹に響き、試合が始まった。

 ――くっ、いきなりか。

 欧米の巨体で次々に鮮やかな蹴りをむき出しのボディに矢のように浴びせてくる。

「おいタニカゼ! しっかりせんか!」

 ――なんで俺が。けど……今は目の前の敵をボコすだけだ。

「オラッ!」

 魂を燃やしたタニカゼは目をとがらせ、強烈なアッパーを打った。

「グッ」

 シヴァーは呻き声を漏らした。

 だが相手も負けてはいない。頭に向けて強烈なフックを上げてきたが、しゃがんで寸前で避ける。そのまま、タニカゼはアッパーをバキバキに割れている腹に打ち込んだ。両者とも、早速汗で身体が光りはじめていた。


 どちらも全く防御はせずにパンチやキックを繰り出している。

 恐らく五分ほど経った。試合はどちらかがノックアウト、つまり十秒以上立ち上がれないようにすると終わる。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ」

「ぜぇ、ぜぇ」

 すでにシヴァーは自分のフックで鼻を折ったのか、血を流している。そのため、相手の体に抱き着くと肩に血が付いて、少し気持ち悪い。

 ここで、タニカゼが音波攻撃を使った。

「行けっ!」

 相手をしびれさせる性質の音波を足に打ち込んだ。

 グラッと相手がよろけたところに、最後の気力を振り絞ってジョルトブローを顔面へこの拳で打ち込んだ。

 十秒後、ゴングが鳴った。


 

 だが、次の試合。モンゴルの選手にタニカゼは完敗した。

 モンゴル選手は、モンゴル相撲の稽古に付き合って練習するため、強いことで有名だった。

 相手選手はタニカゼを投げ、けり、パンチし、また投げる。たくさん地面にたたきつけられたタニカゼの意識がもうろうとしてきた。HPがヤバかったから、敗北は確定したのと同然だったが、せめて最後の反撃をと思い、音波攻撃を出した。さらに、怒涛の反撃として、パンチ、アッパー、チョップ、アッパー、キックキックキック、パンチ・・・・・多彩な攻撃をモンゴル選手に決めていき、相手のHPをかなり減らしたが、結局どかんと地面にたたきつけられ、敗北を喫した。




 ライデンは、準々決勝まで進んだが敗北。他の日本チームはというと、強いことで有名だったシラトリとテリトヨがなんと決勝で当たった。日本の選手同士の戦いは、熾烈を極め、それはもはや殺し合いに等しかった。最終的には僅差でテリトヨが勝ったが。なぜ、殺し合いに等しいほどの激戦を演じたのか。理由はこれだけだ。

 ――本気を出さずにやって、負けたりしたら殺される。




 そのまま、試合は終わり表彰式を待つことになった。そこで、日本選手団はある作戦をとることになった。

「表彰式には、出ちゃダメだ」

 ライデンが日本選手団みんなに言った。

「何でだ?作戦があんのか?」

「ある」

 ライデンは、話し始めた。

「皆行かなかったら、表彰式が伸びる。そしたら、担当者が呼びに行くだろう。その時に、こっちは『モンスターバトル反対』と書かれたプラカードを挙げる。そんで、色々反対するわけだが・・・・・実は、トレーナーの友達に打診してるんだ」

「何て?」

「演説さ」

「誰の」

「まあ、見てなって」

 ライデンは、自信満々にそう言った。


 モンスターバトル日本選手団は、作戦通り表彰式には参加しなかった。

 控室のドアの前には「本当は戦いたくないのに」と赤い文字で書いておいた。

 トレーナーは怒っているだろう。そして、ある中継で、言ってきた人物がいた。

明憲党めいけんとう党首 大井川佐久おおいがわさく氏」

 国会の質問である。


「ええ、先程のIR計画では、モンスターバトルを使ったギャンブルもあるということなのですが。モンスターは戦いたくてやってるわけじゃないんです。ご存じでしたか? 日本だけではない、世界の多くのモンスターが戦闘を躊躇していることを。日本は、モンスターバトル文化が特にひどい国です。モンスターは、もう限界に近づいてきています。以前、私の友人がモンスターのトレーナーでして。そこのモンスターに話を聞いたところ、本当は戦いたくないのに、と嘆いていました。そんなモンスターのためにも、日本から規制を始めるべきです。首相、これをどうしますか?! 日本は、世界の様々な国の中で、二酸化炭素を減らせなかった国の一つなのですぞ! そんな生き物で遊ぶ日本人に未来はあるでしょうか? 以上です」


「ちゃんと言っておいたんだよ。政治ってきたねぇもんだが、たまには、役立つこともあるんじゃないか?」


 この発言により、国民は割れた。賭博を楽しむ人間は大きく大井川を批判し、かねてより反対している人間は大井川を支持した。


 それでも、国民、世界中の人の過半数はモンスターをおもちゃ扱いする人間だった。




 生き物は玩具などではない。人間はクズしかいないようだ。僕たちはリングでトレーナーに無理やり仕込まれた技で殴り合いをしてきた。それは、自分も相手も深く傷をつけるだけだ。そんな辛いことをギャンブルで見る。そんなに悲惨なことはあるのだろうか。こんなクズな生き物に、果たして未来はあるのかい? ——モンスターバトルが示す人類の未来『タニカゼの問い』より

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