2-4 頼れる先輩?

 道ノ倉みちのくら先輩はじゃりじゃりと地面を踏みながら、不良たちとは少し離れた位置で立ち止まった。

 そして指先をびしっと校舎の上の方へ向ける。向けた先にいるのは区賀くが先輩だ。

「ったく、女子がピンチって時に上からギャーギャー騒ぐだけか、お前は!」

「何だと! いきなりしゃしゃり出て言う事がそれか!」

「だからとっとと人呼んで来りゃいいのに何もたついてんだって話だ! 本当、お前空気読めないな!」

「後から出てきて何偉そうな口を叩いてるんだ! お前こそ空気読め!」

 いや二人とも空気読んでください。

というか、なんで二人とも不良差し置いてまた口論し始めてるのか。

 しかも位置的に二人の距離が離れているため、声のボリュームがさっきより大きい。

 本当に、この二人が絡むとろくでもない方向へ流れてしまうんだと、改めて悟った。

「てか、お前もお前だ!」

 道ノ倉先輩は、不良生徒たちに連れてこられたいじめられっこの方へ向き直った。彼は少し離れた場所でがくがくに震えている。

「とばっちりで女の子が危険にさらされてるんだぞ。なんで見てるだけなんだよ。震えてないで動けって!」

「で、でも」

「でもも何もあるか! 自分のせいじゃないとか、行動する勇気がないとかそんな事言ってる場合じゃないだろ、この局面は!」

 弾かれたようにいじめられっこが走り出した。

「てめえ、何勝手なことしてんだよ!」

 男の一人がつかつかと道ノ倉先輩の方へ詰め寄る。そして先輩は逃げるように距離を取りながら「勝手なのはお前らの方だろ!」と悪態をつく。

 あれ、道ノ倉先輩がなんかいつもよりも頼りがいありそうに見えるんだけど?

 だって不良に特攻し、空気を読まずにあの状況で区賀先輩と口論し、いじめられっこに発破をかけるとか普通の人間の度胸ではできるはずがない。私は絡まれた時点で頭が真っ白になってパニックになってたのに。

 区賀先輩の言う、口先だけの身勝手で、協調性のないヘタレではないんだ、道ノ倉先輩は。正直、見直した。


 と思ったのは、たった一瞬だけだった。


「逃げんなあああああ!」

「逃げなきゃ殴るだろ、お前!」

 どう見ても逃げ回っている道ノ倉先輩を追い回す不良男という光景である。

「やっぱりヘタレじゃないか! 真面目に戦え!」

 上から区賀先輩の罵声が飛ぶ。

「無茶言うな! 僕、平和主義だし!」

 そのままゴミ捨て場の出口へと走る道ノ倉先輩だったが、校舎の角の近くで何かに躓いて、派手にすっ転んだ。

「げ。やば」

 起き上がる暇もなく、先輩に向かって蹴りが振り下ろされる。私は思わず目をつぶった。

「ぐはっ!」

 うめき声に近い悲鳴と共に、ドサリと何かが崩れる音がした。

 え? 崩れる音?

 この局面で何が崩れるのか。だって道ノ倉先輩は倒れている状態なのに。

 目を開いてみると、そこのあった光景は、地面に伸びている不良生徒と、高く足を振り上げたみやこ 喜衣乃きいの先輩だった。

「無事か、ミチ?」

「間一髪。てか、もうちょっと早く来てほしかったな」

 そして喜衣乃先輩はつかつかと私の前にいる残りの不良の眼前にまで迫った。

「よくもうちの部員を危険な目に遭わせたな」

 背筋に冷たいものが走った。私は未だかつてここまでおこった喜衣乃先輩を見たことがなかった。元々釣り目気味の瞳はさらに吊り上り、肩は完全に怒り肩。この世が漫画の世界だったら、絶対全身からオーラがほとばしっているに違いない。

「な、何だこの女、いきなり入ってきて!」

「部員たちを助けに来た」

「は? 何言ってんだ、この女」

 不良たちはそんな彼女の怒りには全く動じない。というより、空気すら読んでいない。

「一回痛い目に遭わせてやろうか、おい!」

 言うや否や不良の一人が喜衣乃先輩に襲い掛かった。

 だが、彼女はあっさりそれをかわすと、そのまま勢い任せに相手を投げ飛ばした。

「て、てめえ!」

 残りの連中も喜衣乃先輩を襲うが、十秒もしないうちに返り討ち。あっさり地面に倒されていた。

「今すぐ立ち去れ。さもないと、冗談抜きで病院送りにするぞ」

 私は生まれて初めて本物の殺気を見た。それが自分に向けられているものではない事に心底、本当に心の底からよかったと思った。

 だって、それほどまでに喜衣乃先輩は怖かった。




「いや、申し訳ない。これでも急いで来たのだが」

 不良生徒達撃退後、喜衣乃先輩は深々と私に頭を下げた。

「い、いえ、おかげで助かりました。というか、剣道以外でも武道か何かやってたんですか?」

「いや、通信教育の護身術に最近はまっててな。結構実戦向きで面白いし」

 170センチ越えの体格に運動神経規格外の女性が護身術を学ぶ必要が何処にあるのかとちょっとだけ思ったが、それは突っ込まないことにした。

「でもどうして、私がピンチなのが分かったんです?」

「ミチから電話があった」

「道ノ倉先輩が?」

 反射的に道ノ倉先輩の方を見る。

 あれ? でもどうして道ノ倉先輩は私がゴミ捨て場にいて、しかも不良たちに絡まれてることを知ったんだろう?

 区賀先輩はたまたま廊下の外を見たら私がピンチになっていたのに気付いた、という偶然で片付くが、道ノ倉先輩は直接現場に現れたのだ。しかも、不良に石を投げつけての登場だったし、現れた後の区賀先輩やいじめられっこへの対応も、まるで状況が分かっているかのようだった。

「あの、道ノ倉先輩はどうしてここに?」

「えー? そりゃああおいちゃんを助けに」

「それは結果的にそうなっただけですよね?」

「ばれたか」

 道ノ倉先輩が顔をひきつらせた。

「いや、本当は藍ちゃんに用事があって、教室に行ったらゴミ捨て場の方にいるかもって言われたから来たんだよね。そしたら不良どもに絡まれてたからびっくりしたよ」

「で、私に救援を求めたわけか。それで救援が来るまでの間、隠れて様子を見ているつもりだったと」

 喜衣乃先輩が冷ややかに言った。

「しかし、いざ駆けつけたらミチが襲われていたから何事かと思ったぞ。隠れていたのに見つかったのか?」

「仕方ないだろ、状況が変わったんだから。それに、奴にカッコつけさすのもシャクだったし」

 そう言えばあの時、道ノ倉先輩が姿を現した直後、真っ先に区賀先輩に食って掛かっていたっけ。

「なんで区賀に対して対抗心燃やしてるんだ、ミチは」

「いやいやいや、対抗心は否定しないけど大将が来るまでの時間稼ぎがメインなんだって!」

 それも結果論っぽい気がするが、道ノ倉先輩の名誉のために黙っておいた。一応、助けられたことには変わらないのだし。

「で、道ノ倉先輩。私に用事ってなんだったんですか?」

「え? あ? あー、それはその」

 先輩の顔が再び引きつった。

「今、このタイミングで言うのもなあ」

 何か歯切れが悪い。一体何だろう。言いにくい事なんだろうか。

「ま、いいか。実は藍ちゃんに謝りたくて」

「謝る?」

 私は首をかしげた。心当たりが思い浮かばない。

「ほら、さっき教室で見苦しいところ見せて、藍ちゃん怒らせたじゃん? まあ、大部分はあいつのせいだけど、さすがに紳士的な先輩としては何のフォローもないのは良くないだろうし」

 ぶつん。

 私の脳内で何かがショートした。そして。


「いやあああああああ!」


 恥ずかしさが爆発したと同時に私は叫んでいた。

 忘れていたわけじゃないけど、不良の件でどっかに忘れていた。

 そうだ私、さっき先輩たちにとんでもない失礼をかましたんだった!

「あ、藍? とにかく落ち着け」

 落ち着いてなんかいられない。

 何と言う事! 何と言う事だ!

 ああああああああああああああああああああ!!

「藍ちゃん? おーい、って、聞いてないよな、こりゃ」




 あの後、区賀先輩からも同じ件で謝られ、私はまた恥ずかしさでいろいろ爆発する羽目になった。まあ、自業自得と言われたら、返す言葉が全くないんだけど。

 区賀先輩は、私の失態を気にすることもなく逆にいろいろ心配してくれて、それがありがたい様で申し訳ない気分になってくる。

 ちなみにあの不良たちはすぐに先生たちに引き渡され、処罰が下された。リーダー格は退学となり、そのほかは停学などの処分に。まさか学園ドラマでよくある退学処分と言うシチュエーションを現実でも見ることになるとは思いもしなかったが、これでもう私もあの苛められっこも、怖い目に遭わなくて済むようになった。

「で、やっぱり教室に手伝いに行かないんですか、道ノ倉先輩」

 翌日の放課後。一番乗りで部室に来たつもりが、そこにはすでに道ノ倉先輩が来ていた。

「大丈夫、うちの班の仕事は終わったから」

「道ノ倉先輩の仕事は?」

「大丈夫、それもきっちりこなしたから」

 そう言って先輩はクリアファイルから一枚の紙を取り出した。

「うちのクラス、ジュース屋やるからそのメニュー表のデザインをな。班の女の子たちのアイデアをいろいろ組み合わせて、部活の合間にパソコンでちょいちょいとつくっってたから」

 そう言えば、道ノ倉先輩の持ってるクリアファイルって、ちょっと前に見た覚えがある。確かそのファイル、廊下でクラスメイトらしき女子に渡していたっけ。となると、あの人は先輩と同じ班の人で、先輩の作ったデザインを確認に来たんだ。

「あれ? じゃあ、先輩って仕事をさぼってたわけじゃないですよね。だったらどうして、区賀先輩にあんな事言うんですか?」

「そりゃ、奴の前で仕事するのはシャクだからに決まってるじゃん」

 子供ですか。

「どうせ僕がデザインしたって言ったら、奴の事だから言いがかり付けて没にするのは間違いないだろうし。それだったらほかのメンバーが作ったってことにしといた方が、円満だろ」

「なんか面倒、いや、難儀ですね」

「だろ? だからああいう体育会系は嫌なんだ」

 私としては二人とも、という意味だったんだけども。まあ、いいか。

「でも今回の件は大将にも怒られたしな。うん、以後気を付ける。少なくとも部員に迷惑かけないくらいには」

 それクラスには迷惑かける気満々じゃないですか。言わないけど。

「道ノ倉先輩って区賀先輩の言う事は聞かないのに、喜衣乃先輩の言う事は素直に聞くんですね。同じ体育会路線なのに」

「だーかーらー、奴と大将じゃ話にならないくらい違うんだってば」

 道ノ倉先輩が顔をしかめる。

「どの辺がですか?」

「人徳」

 ものすごいシンプルな返答だった。

「もっと言えば大将は奴と違って、僕らをきちんと信頼してくれる。助けを呼べば何の疑いも抱かずに駆けつけてくれる。規律がどうとかよりも、人のために動くことができる。頭ごなしで人の考えを否定したり、自分の考えを押し付けたりもあまりない。僕は、自分勝手と叩かれても、僕自身を信じてくれる人間にはちゃんと応えるつもりだ。それがスタイリッシュってやつだ」

「最後のやつ、意味が分かりません」

「えー。ちょっとがっかりー」

 先輩がおどけた口調で言った。

「ま、信頼してくれる人間は信頼しろって話。僕は大将同様、藍ちゃんの事も信頼しているからさ」

 まだ、全て納得したわけじゃないけど、道ノ倉先輩の優しさは信じてもいいと思った。時々ちょっと残念で、時々ちょっとカッコ悪くても、やっぱり立派な先輩なんだと思えた。

 次の瞬間までは。

「だから今度はストレスを変に貯めて爆発させるのは禁止だからね?」

「!!」

 あの時の失態がフラッシュバックして、私の体温が急上昇した。

「藍ちゃん? あちゃー、思い出し自爆?」

 困った子だなあ、と笑う先輩。

 もう二度とあんな失態をやらかすものか。先輩の言う通り、変な爆発するのもやめよう、絶対に。私はそう誓った。


 だが、私はこの時点では知らなかった。

 まさか、数日後にその誓いがあっさり破られる『事件』が待ち受けているなんて、想像すらしていなかったのである。


 それはまた次回、沙輝さきの話で語られることになる。




 第二章 市原藍編 フラストレーション・ハレーション 完

 三章に続く

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