第3話「私も大好き」

 練習相手になると言ってから、一ヶ月近くが経とうとしていた。

 告白を受けるのは毎日昼食後、人目のない場所で、一度だけ。


「優ちゃん、好きだよ」


「うん……」


「優ちゃん大好き」


「おう……」


「優ちゃん。優ちゃん。優ちゃん」


 土日を除いて、櫻子は私と毎日告白の練習をやっていた。

 日を重ねるたび、櫻子はどんどん可愛くなっていく。


 私は後どれだけドキドキしてしまえばいいのだろう。

 両手で数えられないほど好きと言われて、両手で覆えないほど顔は真っ赤に染まってしまう。


「優ちゃんってば」


「え。ああ、そうだ。今日はこれからだったな……」


 最初は私からやるぞと手を引いていたのに、今ではすっかり彼女から声を掛ける立場となっていた。

 私は未だになれないのに、彼女はもう、伝える事に躊躇いがなくなっているようだ。


 教室を出て、廊下を歩いて、いつもの空き教室の裏に行く。

 廊下から見えた桜の木はもう、すっかり来年へ向けて準備を始めているみたいだ。


 私達はいつまで今みたいな関係を続けるのだろう。

 櫻子の好きな相手は知らないし、無理に聞き出すつもりもない。


 でも、いつまでも練習中って訳にはいかない。


「櫻子」


「ん、なぁに?」


「練習、今日で最後にしよう」


 振り返った櫻子の顔が、一瞬にして曇る。


「迷惑……だった?」


「そんな訳ない。でも、もう一ヶ月近くも練習したんだよ。だったらさ、そろそろ言ってあげなよ。その人もきっと、待ってるんじゃないかな」


 私へ向けられる愛情は、本来別の誰かの為のものであるはずなんだ。

 これ以上私へ向けられても、私はもう我慢出来ない。


 告白のない土日が、どれだけ心足りなかったか。

 季節が移ろうとするたび、櫻子のいない時間がどれだけ苦しくなったか。


 四月が終われば、これから土日なんかよりずっと長い連休に入ってしまう。

 その間私は、どれだけ自分の気持ちを抑え込まなきゃいけないんだ。


 四六時中彼女の事ばかり考えているのに、他の事なんて手が付くはずもない。

 櫻子の笑顔が、愛情が、ずっと側で感じられるのは、学校にいる間だけなんだから。



 ああ、そうか。

 私、櫻子の事が大好きなんだ。



 自分の気持ちに気付いた時、決心がついた。

 私達は幼馴染で親友で、一生に一人出会えるか分からない大切な存在。

 だから。だから彼女の力になる事こそが、私の出来る精一杯の愛情なんだって、私は私に言い聞かせる。


「櫻子、最後の練習をしよう。とびっきりの好きを、言ってあげる練習を」


 そして、終わりにする。

 家族や友達に抱く愛情とは別の気持ちを、胸の奥へしまうために。


「優ちゃん……」


 櫻子はしゅんとした様子で、それでも私の気持ちを理解してくれたのか、目は逸らさないでいてくれた。

 だから私も、彼女の精一杯を受け止める。



「優ちゃん、大好きだよ」



 櫻子の笑顔が、瞳の奥へ焼きついた。


 桜のような頬も、先の先まで真っ赤な耳も、今にも泣き出しそうなうるうるとした瞳も。

 彼女の持つ魅力の全てが、今私の前で咲いている。でもこれから彼女は、誰かのものになってしまう。


 昔っからずっと一緒に居て、困った時はいつも優ちゃん優ちゃんって頼って来て、いつでも私にべったりだった櫻子が、私の手から離れてしまう。


 嫌だ。行くなって言いたい。誰のものにもなるなって手を引きたい。でも、それは私の身勝手だ。そんな事は分かっている。分かっていても、我慢なんて出来ないよ。


「櫻子」


 私もあなたと同じ感情を、知ってしまったから。



「私も大好き」



 言った。言ってしまった。


 戸惑う櫻子の姿が目に入った。そりゃそうだ。告白の練習なのに、私が返事をしてどうする。


 でも、それでも言いたかった。私も好きって言ってみたかった。

 これで私の、最初の好きは終わりなんだから。


 心からの愛情を伝えると、不思議と気持ちが楽になった。

 こんな気持ちを櫻子はずっと抱えていたなんて、思いもしなかった。


 この一ヶ月、彼女はどんな思いで過ごして来たのだろう。

 本心からの気持ちを伝えられなかった彼女は、私を相手にしてどう思っていたのだろう。


 練習相手になるなんて、軽々しく言うもんじゃ無かったのかもしれない。きっとそれは、彼女に頼られたいっていう私のわがまま。依存していたのは櫻子じゃなくて、私の方だったんだ。


 最後の練習を終えた櫻子は、今にも泣き出しそうだった。

 私のわがままに付き合わせて、彼女の好きって気持ちは大きくなるばかりで。


「ごめん、何でもない」


 つい漏れてしまった本音を、私は笑いながら誤魔化した。

 私からの気持ちなんて、これからの彼女には邪魔になってしまうだろうから。


 だからこれからは親友として、彼女の側に居てあげたい。

 彼女の恋が叶うのかは分からない。けど、これだけ真っ直ぐで純真で、素敵な愛情を伝えられる櫻子なら、いつかきっと大切な相手と結ばれるだろう。


 だから私は応援する。櫻子という、一人の女の子を。


「ねぇ櫻子。練習、役に立った?」


「うん、もちろんだよ。やっと私の気持ち、伝えられるから」


 櫻子は、とびっきりの笑顔を咲かせていた。

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【短編】好きっていって、いってみたい 夜葉@佳作受賞 @88yaba888

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