敗因

 ライフカウンターがゼロになったの見て、エミリは呆然とした。右手から手札がするりと落ちていく。テーブルの上に広がったそれを拾い集めることもせず、呆然とただ対戦相手を見つめた。

 勝利の余韻に浸ることもなく、こちらを鋭く睨みつける眼光。揺るぎない意志を持つ少年の姿に、エミリは頭を殴られたような衝撃を覚えた。


「嘘……よ」


 テーブルの上に両手を付く。まだ片付いていない盤面に視線を下ろせば、エミリのエースカードが視界に飛び込んだ。宇宙に羽ばたき、地上を睥睨する美しい魔女のイラスト。エミリの分身たる彼女。だが今、自信に満ちた彼女に、自分を重ね合わせることができなかった。


 ――私が、勝つはずだったのに。


 エミリは朱唇を強く噛み締めた。そう、自分が勝つはずだった。勝てると思っていた。カードは回っていて、手札は完璧だった。プレイミスなど起こすはずがなく、運も巡っていた。

 それなのに、最後の最後で、相手に覆された。

 相手が引いたたった一枚のカードが、エミリの完璧な布陣を崩してしまったのだ。何が起こったのか、分からない。分かりたくない。この結果を受け入れるわけにはいかない。


「待ちなさいよ」


 勝者の余裕だとでも言うのだろうか、涼しい顔をして立ち去ろうとした相手を、エミリは無意識のうちに呼び止めていた。

 少年は眼鏡の下から、年齢に見合わぬ冷静な眼差しをこちらに向けた。そう、取り乱したエミリとは異なる冷静な眼差しを。


「もう一度……もう一度よ! もう一度私と勝負なさい!」


 エミリはテーブルを回り、相手に縋りつかんばかりに詰め寄った。


「こんなの、何かの間違いだわ! 私の完璧なデッキが、貴方なんかに崩せるはずがないっ」

「何度やったって同じだ」


 だが、対戦相手は表情を変えることなく――いや、わずかに哀れみを持って、エミリのことを見つめ返した。


「貴女には、欠けているものがある。それを埋められない限り、僕には勝てない」

「欠けている、ですって!? いったい私の構築のどこに、欠陥があるというの!」


 エミリは悲鳴を上げる。それが、普段の冷静な装いと異なり、感情的になっていると気付いているのか、否か。


「デッキは完璧だ。プレイイングにも隙がない。でも、それだけじゃ勝負には勝てない」

「他に何が必要だって言うのよ。……まさか、愛とか情熱とか言うんじゃないでしょうね?」


 馬鹿にしたようにエミリは付け足すが、彼は反応を返さなかった。その冷静な沈黙こそ肯定の証。エミリは笑い飛ばす余裕すら持たず、苛立たしげに声を張り上げた。


「ふざけるんじゃないわよ! そんな、そんなもので簡単に勝てるほど、世の中も勝負も簡単じゃないわ!」


 しかし、相手は解っていないとばかりに首を振るだけ。エミリの再戦の求めにも応じず、この場から立ち去ってしまった。

 あとに残されたのは、敗者だけ。



―・―・―・―・―・―

『KAC2023 第3回お題「ぐちゃぐちゃ」』不参加作品

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