20 入道雲

 今日も朝から暑かった。

 こんな日は、入道雲と呼ばれる積乱雲が発達して夕立が降るのだと、アウリオンはテレビの天気予報のコーナーで学んだ。


 そして予報士の言う通り、午後には立派な入道雲が空にどっしりと居座り、夕方には存在感を増してきた。


 これは降るな、とアウリオンは傘を持って駅へと向かうことにした。

 まだ雨は降っていないが、むっとする空気にひんやりとした風が混じり始めている。

 アウリオンは足を速めた。


 駅に着くと同時に、ぽつりぽつりと地面に落ちる雫。

 あっという間に大粒になった。

 太陽に照り付けられていた地面が急速に冷やされて放つ独特のにおいが鼻をくすぐる。


 激しい雨が地面を叩く音と、稲光に続いて空にとどろく雷鳴に、駅舎の屋根の下で空を見上げて「あぁあ」と声を上げる人も少なくない。


 傘が一本じゃ、ないのとあんまり変わらないかもなとアウリオンも苦笑する。

 それでもないよりはマシかと気を取り直して、アウリオンは改札口を見つめて新奈にいなを待った。


 電車がホームに到着する音が聞こえて、そろそろ新奈が来る頃だなと一層注意を向ける。

 アウリオンが新奈を見つけるのとほぼ同じタイミングで新奈もアウリオンに気づいていた。


「リオン、来てくれたんだ」

「あぁ、けど、傘一本じゃ心もとない雨だな」

「なくてずぶぬれよりはいいよ」


 どうやら彼女もアウリオンと似たような感覚らしい。


 早速、傘をさして二人で肩を寄せる。

 屋根の外へ出ると途端に片側の肩が濡れる。

 だが、新奈と他愛のない話をしながらアパートに向かう道は、心地よいほどに穏やかで温かかった。


 こんな平和な時がずっと続けばと思っていたが、それだけじゃない。


 俺は、新奈が好きなんだな。


 ふとそんなふうに自覚した。アウリオンがずっとここにいたいと思うのは新奈のそばだからこそなのだ、と。


 けれど。


 この思いは、今は、告げるべきではないとも思う。

 少なくともこれからの自分がどうあるべきか、どうするのかを明確にしてからだ。

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