17 その名前

 蒼の夜。


 その名前がテレビやネットに飛び交った。


 突然、政府からの発表があるというのでアウリオンは新奈にいなと一緒にテレビの前に座っていた。


『にわかには信じられないかもしれませんが、我々の住む地球と、異世界を繋ぐ空間が頻繁に出現するようになりました。我々はその事象を「蒼の夜」と名付けました』


 総理大臣が真面目腐った顔で話し始めた。


 突発的に辺りが暗く夜のようになり、異世界から魔物がやってくるようになる現象が何例も報告されるようになった。政府はそれを『蒼の夜』と名付けた。


 普通の人は蒼の夜の中では意識を失ってしまうが、ごくまれに、意識を保っていられる人もいる。

 その人には一時的に異能とも呼べる力が使えるようになるようである。


 だが無理に戦おうとせず、とにかく、辺りが急に夜のようになったら、もしもその中でも意識を保っていられるのなら、逃げること。

 蒼の夜を見かけても中に入らず、政府専用ダイヤルに連絡すること。SNSもあるのでそちらも活用してほしい。


 現在、政府が全力をあげて蒼の夜に対抗できる人材を確保しているところなので、必要以上に怖がることなく生活してほしい。


 そのようなことが述べられた。


 首相の説明が終わると次々と記者が質問を飛ばしている。

 だが現時点で判っていることは先ほど申し上げた通りです、との答えがほとんどだ。


 新奈を見ると、彼女もアウリオンを見た。


「公表するなんて、思い切ったことをしたな」


 率直な感想だった。


「そうだね。こんなの知っちゃったら、パニックになるよ」


 新奈の言葉の最後の方ではすでに、彼女のスマートフォンがひっきりなしに着信を告げている。


「大学の友達とか、家族からメールとか来てる」


 アウリオンはパソコンを借りて掲示板やSNSを開いてみた。


「……まぁ、当然だな」


 思わずつぶやくほどの大量の書き込みが流れていく。


 もしも蒼の夜に巻き込まれたらそのまま魔物に食い殺されるのではないか。

 意識を失った方がある意味幸せかも。

 どうせ殺されるなら意識ない方がいいよね。

 そんなネガティブな意見もあるが、一方で、異能が手に入るなら戦ってみたいなどという前向きな書き込みも散見された。


 しばらく、ネット上で、もちろん現実の生活でも、混乱するだろう。

 だがそれでも政府が発表したということは、蒼の夜をどうにかする手立てがあるのだろうか、とアウリオンは考える。

 それとも、増え続ける事象を隠しきれなくなっただけなのか。


 どちらにしても、もしも蒼の夜が近くで起こったなら、自分が戦わねばならないことに変わりはなさそうだ。


 新奈は蒼の夜の中で意識を失ってしまうのは、出会った時のことで判っている。


 守らないと。


 アウリオンは決意を新たにした。

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