13 切手

「あんなふうに言って、大丈夫かな」


 子供達が帰って、開口一番、新奈にいなはつぶやいた。

 アウリオンが自分は異世界人だ、と言ったことだろう。


「あの場はああいうしかないなぁって思ったんだ。大丈夫、子供って秘密はすごい大切だろう? 秘密って言われたら言わないことの方が多いよ」

「じゃあ、もししゃべっちゃったら?」

「子供の作り話って思うんじゃないかな」


 アウリオンも不安に思わないわけではない。だが他にいい言葉が浮かばなかったので仕方がない。

 新奈は新奈で、何か思うところがあったのか「そうだね」と言ってその話題は終わりになった。


 子供達が残していったすいかの皮を一つの皿にまとめる新奈に、アウリオンが後片付けを申し出る。

 新奈は「それじゃお願いね」といつものように笑った。


 皿を洗って居間に戻ると、新奈が机に向かっている。両親にお礼の手紙らしい。


「電話とか、メールとかにしないのか?」

「うん、それもするけど、ちょうど暑中見舞いの季節だから」


 暑中見舞いとは、暑い時期に体に気をつけてという時候の挨拶をはがきに書いて送るのだと新奈は言う。


「そういう風習があるのか」

「リオンのところにはないの?」

「改めて挨拶、っていうのはないな。はがきっていうのもない」


 ちなみにこういう場合の「リオンのところ」とは召喚先エルミナーラではなく元の世界のストラスを指している。もう二人の間では不文律のようなものだ。


「よーし、書けた」


 新奈ははがきに小さなシートを張り付けた。


「それは? 転送の魔法陣、なわけないか」

「これは切手。郵送料の証紙って言ったら判る?」


 うなずいた。


「転送の魔法陣なんてあるんだ?」

「あるのは、エルミナーラの方。ストラスには魔法とかなかったから郵送はこっちと同じような感じ。ただ、証紙は郵便物に貼らないけど」


 郵送料専用の台紙のようなものに証紙を貼って保管しておくシステムだったとアウリオンは説明した。


「召喚された世界ではなんでも魔法でできちゃう感じ?」

「なんでもかどうかは判らないけど、多分地球で“文明の利器”って言われてるものでやることは、たいていできると思うよ」


 そういえば、魔法陣を描いたら魔法は発現したのだったとアウリオンは思い出す。

 しかし詠唱魔法は発動しない。


 この違いに、何か意味はあるのか。と再び考えてみる。

 例えば、二つの世界がつながったのは、魔道具が関係している、とか?

 自分が通った穴は消えたのではなくて、実は見えなくなっているだけで、まだ二つの世界はつながり続けている、と考えてみる。


 だとしたら、地球にはなかった「魔法」という存在が、少しずつ流れ込んできているのかもしれない。

 どれもこれも、やはり仮説でしかないのだが。


「ご飯の下ごしらえ始めようかな。食材が一口サイズに切れてくれる魔法陣とかない?」


 新奈が笑って尋ねてくる。


 ……今は考えても判らないことだ。考えても、仕方ない。

 アウリオンは心に湧いてくる不安を消すようにかぶりを振って、新奈に笑い返した。


「さすがにそこまで便利なものはなかったよ。……俺も、手伝うよ」


 台所に並び立って、二人で魔法陣と魔法について、こんなのがあったら便利だなと話しながらご飯を作った。

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