09 団扇

 これからどうするのか。


 もしもエルミナーラに戻れないならこの世界、地球で生きていくしかない。

 そしてもし、エルミナーラに戻ることができる選択肢が現れたなら?

 ただただ、あの世界に引き寄せられた理由や過程を嫌悪しているから戻らない、というわけにはいかない。


 新奈にいなに「ずっとここにいていい」と言われた七夕の夜以来、アウリオンは考えていた。


 まずは生活するすべを手に入れなければならない。

 新奈にずっと頼るわけにはいかない。

 いや、今は新奈に頼っているようでいて、彼女の両親の財力で生活しているのだ。

 彼女は大学生で、あと一年半は親の稼ぎで生活していくことになる。そこにアウリオンが同居しているのだ。


 社会人になったら堂々とわたしの収入で暮らせるんだよと新奈は言うが、そこまで彼女の厚意に甘えっぱなしになるわけにはいかない。

 しかし、日本の戸籍を持たない、持てないアウリオンが普通の職を探すのは難しい。


「だったら、インターネットを利用した収入を考えたら?」


 新奈が言う。

 パソコンの通信機能を使い情報などをやり取りできるシステムで、これなら入金先を新奈の銀行口座にしておけばアウリオンの素性を怪しまれることなくあれこれとできる。


「その前にリオンはもっと日本や世界のことを知らないといけないけどね」


 新奈が言うように、学問、常識、世俗や人々の趣味嗜好などをもっと知っておかねばならないだろう。

 アウリオンは今まで以上に真剣にテレビを視聴し、新奈のパソコンを触らせてもらってインターネット上の情報を得るようにした。


「新奈、この、ひらひら振ってるのはなんだ?」


 アウリオンが指さす先には、テレビのニュース番組が。


 今年は急激に暑くなったとレポーターが報じるそばを、強い日差しに目をすがめながら人々が街を歩いている。その中に、紙でできた何かをあおいでいる人がいるのだ。


「あぁ、あれ、うちわよ。で、こっちが手持ちの扇風機ね」

「こっちは似たようなのがストラスにもあったな。自動で動くものがあるのに、どうしてウチワを使う人がいるんだろう?」


 わざわざ自分であおがなくてもいいのに、とアウリオンは首をかしげる。


「うーん、扇風機は動くのに音がするから使えない場面もある、とか、ずっと風を浴びてるのはイヤだから、とか、いろいろ理由はあるんじゃない?」


 なくしたり盗られたりした時に扇風機だとショックが大きいのもあるかもねーと新奈が肩をすくめた。

 そういうものか、とアウリオンもなんとなく納得した。


「リオンのいたストラスは、どんな感じ? 前にここと似てるって言ってたけど」

「あぁ。文明も、発展具合も。といっても俺がすんでいたところと、今いるこことを比べただけだから、星全体はもっと違うのかもしれないけど」

「それは、地球も同じよ。日本は発展している方だけど、まだまだ機械なんかはあんまり使ってない国もたくさんあるよ」


 それからしばらく、二人はそれぞれの世界の話をした。


 なんとなく、ここでなら暮らしていけるかもしれない、とアウリオンは思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る