06 筆
彼女は自室から筆入れを持ってきて、玄関で受け取りのサインをした。
「あ、家からだ」
彼女は両親の元を離れてここでひとり暮らしをしながら大学に通っている。
両親は時々彼女に食料などを送ってくれているのだ。
アウリオンが注目したのは、荷物ではない。
彼女が持ってきた筆入れに、見慣れた筆記具が入っていたのだ。
「これは、インクをつけて書く筆記具だな」
「あ、うん、そうだよ。インクはもう入ってるからつける必要ないけどね」
それは便利だ。つけるタイプはインクの量の調整が難しいから。
「ちょっと、触っていいかな」
「いいよ」
万年筆を手渡されて、やっぱり懐かしい感触だとアウリオンは目を細める。
紙を渡してもらって、試しに言葉を書いてみる。
懐かしい、ストラスの文字を。
「それは、あなたの世界の言葉?」
「あぁ、名前を書いてみた」
「ふぅん、全然読めないわ。そういうの見ると異世界の人なんだってより実感しちゃうね」
しみじみと言われて、本当に信じてもらえてよかったと思うと同時に少し寂しい気もした。
感傷を振り払うように、アウリオンは考える。
ここで詠唱魔法は使えない。唱えても、体の中の魔力が顕現することはない。
だが通訳の魔法石は動かすことができた。
声に出して発動はできなくても、道具ならいける、ということかもしれない。
アウリオンは紙に魔法陣を描きはじめた。周りの空気の温度を少し下げる魔法だ。簡易な魔法で失敗しても悪い影響がないので、エルミナーラに召喚された直後にはよく魔法陣を描く練習で描いたものだ。
魔法詠唱を覚えてからはほぼ使わなくなったが、まさかこんな形で描くことになるとは、と思いつつアウリオンは紙の上にペンを走らせる。
「わぁ、綺麗だね」
新奈が目を輝かせている。
「……できた。涼気の魔法陣だ」
手をかざし、発動するように念じる。
魔法陣が光り、涼やかな空気がふわりと肌をくすぐった。
「成功だな」
やはり、物品にかかった魔法や魔法陣は発動するらしい。
「わぁっ、ひんやりな空気が」
「これでエアコンいらずだな」
「あははっ、経済的ね」
二人で顔を見合わせて笑った。
しかし部屋全体を冷やそうと思ったら、それこそ床全体に魔法陣を描かないといけないと気づいて、早々に断念したのであった。
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