02 金魚

 とりあえず近くの公園に行こう、と女性がアウリオンをいざなった。


 もうすぐ夜の帳が辺りを完全に包み込もうとしている時間だ。本来公園で遊んでいるはずの子供達はもういない。


「それで? 異世界から来たって?」


 女性は肩までの黒髪を揺らして首を傾げた。


「そう。俺は元々ストラスという星で暮らしていた。ここと似たような景色だから文明レベルが似たような感じなんだと思う」


 アウリオンは自分の境遇を話した。


 ストラスで暮らしていた時、アウリオンはごく普通に学校に通っていた。

 だが、いつものように学校から帰る途中の道で、突然足元が光り、物語などで見る魔法陣のようなものが浮かび上がった。

 自分だけがそこへ吸い込まれていき、声が聞こえた。

 どうか、我らの世界を助けてほしい、と。

 これまたよくある異世界召喚のような話だ。


 召喚された世界はエルミナーラといい、ここやストラスよりも自然が多く、ひと昔もふた昔も過去にタイムスリップしたような景色の中、魔物が闊歩している星であった。


 だんだんと脅威を増す魔物に対抗するべく、異世界から素質のある者を召喚しているのだとエルミナーラの王に言われた。

 もちろんエルミナーラにも騎士団など戦える者達はいる。だが異世界から呼び寄せた者は自国の戦士や騎士よりも強力な剣技や魔法を即座に使えるようになるのだとか。


 アウリオンとしてはとても不本意だが、帰ることもできないのであればエルミナーラで生活するしかない。そこで生活するには魔物と戦うしかないのだ。


 先ほども魔物と戦っている最中であった、と、突然出現した穴の事も含めて話した。


「じゃあ、その髪も、目も、染めたりカラコンつけてるとかじゃ、ないんだ?」


 言われて、アウリオンはうなずいた。


 彼の髪は夜の闇に近づく今の時刻の空のような群青色で、瞳は濃い赤色だ。


「ここには、魔物はいないのか?」

「うん、そんなのは本当にマンガやアニメなんかのお話よ」

「ストラスも、そうだったよ」


 どうしてこんなことになったのか。

 これからどうすればいいのか。

 アウリオンは途方に暮れてため息をついた。


「行くところも、ないのね?」


 問われて、うなずく。


「なら、とりあえず、うちに来て」


 思わぬ申し出に、アウリオンは驚いて女性を見た。


「いいのか?」

「言っとくけど、変なことしようとしたら容赦なく投げ飛ばすからね」


 女性はジュードーのクロオビだという。なんとなく強さをアピールしているのだとは理解できた。


「わかった。ありがとう」

「わたし、三橋みつはし新奈にいなよ。よろしくね」


 まだ完全に警戒を解いたわけではないが、といった雰囲気のまま、新奈が微笑んだ。




 新奈は大学生で、親元を離れてアパートに一人暮らしだそうだ。

 公園から五分もかからないところにあるアパートの一階の角部屋が彼女の部屋だ。


 キッチンと居間、奥には新奈の部屋がある。

 一人暮らしにしては、ちょっと広めだ。

 なんでも、アパートを探し始めた時にはもう、一人暮らしに手頃な広さの部屋はなかったのだそうだ。

 両親はのんびりしてるから、と新奈は笑う。


「そのおかげでこんな珍事にも対応できたわけだけど。――とりあえずご飯作るわ」


 新奈がキッチンへと向かう。


 アウリオンは部屋を見回した。

 水を張ったガラスの鉢の中に、オレンジの魚が三匹いる。


「こいつを食べるのか? 食用にしては小さいな」


 アウリオンが言うと、新奈が彼と蜂を見て、笑った。


「違うよっ、金魚はペットだよ」


 ひとしきり笑った後で、新奈はうなずいた。


「今のが演技じゃないなら、あなたが異世界から来たっていうの、ちょっと信じてもいいかなって思ったわ」


 言って、またくすくすと笑う。


 間違いを指摘されて恥ずかしいが、それが自分を信じてくれるきっかけになるのならまぁいいだろうとアウリオンも苦笑を返した。

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