私の秘密の恋

星宮コウキ

それでも君の隣に

 人の感情は不思議なものだ。

 手に入らないものほど欲しくなる。

 叶わない恋ほど、惹かれていく。


 ——例えば、友達の想い人とか。





「おーい彩純あすみちゃん! 早くー!」

 中学校からの帰り道。

 考え事をしていて歩くペースがゆっくりになっていると、先を歩いていた幼馴染にして親友の陽子ようこちゃんに呼ばれる。

 名前に負けないくらい陽気な性格で、お姉ちゃん気質。話しやすくて愛嬌があって、それでいて運動も勉強もできる。そして何より顔が整っていて可愛い。嫉妬すら覚えないほどで、人気者だった。

 一方の私は根暗で教室の隅で本を読んでるだけ。人と話すのは苦手で、陽子に助けてもらってばかり。テストの点も高くないし、体育の授業は恥をかきたくないから休みたいくらいだ。

 そんな両極端の二人が一緒にいると、当然私の周りには人は来ないわけで。

 私より陽子ちゃん目当ての人が多いわけで。

 私が密かに片想いしている翔吾しょうご君も、今、陽子ちゃんの隣を歩いて帰っている。

 多分二人は、両想い。

「今行くー!」

 陽子ちゃんに返事をする。でも正直、並んで歩きたくない。

 楽しそうに話してる二人を。普段見せないような顔で笑う翔吾君を、ただ後ろから眺めていたいだけ。

 夏のじめじめとした暑さが、惨めな私を嘲笑うかのように苦しめてくる。

(彼のことは好き。……だけど)

 幸せそうにしている二人の邪魔する真似なんか、できっこないよ。



 ***



 私が翔吾君と出会ったのは梅雨に入ってから、中学二年生になってから二ヶ月経ったころだった。

 きっかけは、とある私が日直の日。

 その日はたまたま日直が運ぶ授業で使う道具が多かった。

「それ重くない?」

「えっ」

 話しかけてきたのは、短髪で校則を破ってワックスでかっこよく立てている少年。ワイシャツは第二ボタンまで空けられていて、少し焼けている肌が覗いている。私より高い身長を見上げると、綺麗な整った顔がことらを見ている。

「大変でしょ。手伝うよ」

「で、でも、日直の仕事だし……」

「遠慮しないで良いって。これくらい男子に任せなさいな」

 そう言って声をかけてきた男子は、軽々と荷物を持って運んでくれた。

「あ、ありがとう」

「いいのいいの。んじゃ、またね」


 翌日、翔吾君は話しかけてきた。

「彩純、その本好きなの?」

「……あっ、昨日の」

「そ。それ、好きなの?」

 授業の合間のわずかな時間。

「う、うん。この作者さん、表現が豊かで読んでて楽しいの」

「へぇー」

 少しだけ生まれたその会話から、全てが始まった。

「……ねぇ、それ今度貸してよ」

 その日から毎日、一日一回の休み時間。

 たった五分間だけだけれど、翔吾君は話しかけてくるようになった。

 本を読むのに慣れてはいないのか、貸した本を読むスピードは遅いみたいだ。

 けれど一日ごとに少しづつだけど感想をわざわざ私の席まで言いに来る。

 二人だけの時間が楽しくて。

 この関係が続くのが、心地良かった。





「彩純ちゃん、最近機嫌良いね。何かあった?」

「そ、そんな。何もないよ……」

「えぇ? ほんとかなぁ」

 翔吾君に話しかけられた日の、陽子ちゃんとの帰り道。

 誰にも言ってないことを根掘り葉掘り聞かれそうになったので、私は慌てて話題を逸らす。

「そういう陽子ちゃんこそ、最近部活楽しそうじゃん」

「そうなの! 聞いてよ〜」

 陽子ちゃんも私とは違う、日々の楽しみを見つけたようだ。

「サッカー部のマネージャーやってるんだっけ」

「そうそう。同じ学年のがかっこよくてさぁ」

 同じ学年の、同じ名前の人なんて、一人しかいない。

 楽しそうに話す陽子ちゃんを見ながらも、その話は一切入ってこなかった。

(もしかして陽子ちゃん、翔吾君のこと……)

 私が翔吾君と話すようになったのは最近。

 陽子ちゃんは今年度の初めから部活に入っているから、私よりも距離も近くて良い関係なのかもしれない。

(だとしたら)

「どうしたの彩純ちゃん、顔色悪いよ?」

「な、なんでもないよ」

 私の密かな1日の楽しみは。翔吾君との時間は。

(邪魔なのかもしれない)

 その日から、休み時間はなるべく自分の席から離れて、翔吾君に会わないようにした。


 廊下ですれ違う時も、学年集会で目があった時も。

 できるだけ避けるようにしてきた。

 一週間。

 その間彼と話さないようにしてきた。

 陽子ちゃんのため、親友のためと思って頑張った。翔吾君に対する申し訳なさと、よくわからない虚無感に苛まれながら。


「そうだ彩純ちゃん。帰りに翔吾君も混ぜていい?」

「はふぇ?」

 そんな私の配慮も知らず、週が明けた月曜日に、陽子ちゃんはとんでもないことを言い出した。

 予想外の提案に一瞬理解ができず、変な声が出る。

「でもそれって、私邪魔なんじゃ……」

「いやいや、彩純ちゃんにいてもらわないと意味ないの!」

 陽子ちゃんの言ってることが理解できない部分もあったけれど、私の意見を聞き入れずに三人で下校することが決まってしまった。

 今まで勝手に私の方が避けていたのに、一緒に下校するのは、流石に気まずい。

 その日の終業後。真っ直ぐに昇降口に足が向かず、階段でしばらくうずくまっていた。





「あ、ここにいた」

 時間はそんなにかかってはいないけれど、部活動のない生徒が帰宅した後。

 階段で座り込んでるところに、翔吾君が話しかけてきた。

「陽子、待ってるよ」

「……私なんか放っておいて二人で帰ればいいのに」

 二人は既に仲いいんだから、当て馬なんていらないだろうに。

 そんなことを考えていると、少し悲しそうな目で私に言う。

「せっかく仲良くなれたんだから。……話さなくなったら悲しいじゃん」

「……っ」

 結局自分勝手に、相手の気持ちも考えずに避けてただけ。

 その事実を突きつけられる。

(でも、これ以上関わったら)

 いや、おそらくもう手遅れだ。

 一滴、涙が頬を伝う。

「彩純?」

「……ごめん、何でもない」

 私は謝って、立ち上がる。

 一週間も避けたのに、それでも仲良くしようとしてくれる。またあの時間を求めてくれるのがたまらなく嬉しかった。

 ごめん陽子ちゃん。

 私、翔吾君のこと、好きだ。

「陽子ちゃんのとこ、行こ!」





 それから夏まで、みんなの予定が合う日は三人で帰った。

 二人とは、少し距離を取る形で、その隣、もしくは後ろを歩く。

 邪魔しない程度に。

 それでも一緒の空間にいられることを噛みしめながら。

「おーい彩純ちゃん! 早くー!」

 先を行く陽子ちゃんが私に呼びかける。

「今行くー!」

 横に並んでないとたまに二人に怒られるので、駆け足で二人に追いつく。

 今はこれが、一番幸せ。


「二人は夏休みの予定何かあるの?」

 陽子ちゃんは私が追いつくのを待つと、そう問いかけた。

「特にないけど、なんで?」

「俺もないけど」

「ほら、夏休みといえば夏祭りじゃん?」

 じゃーん、とそう言ってバッグから、二枚のチケットを取り出す。

「……陽子ちゃん、それは、何?」

「ふふふ、なんと商店街で夏祭りの花火の席が二枚当たっちゃったのだ!」

 自慢気に話す陽子ちゃんを見ながら、少し焦る。

(ここにいたら、邪魔しちゃう)

 この三人のいるところで話したということは、陽子ちゃんは私に気を遣って、翔吾君と二人で行かなかったのかもしれない。

 余計な気を遣わせてしまった……?

 それではだめだ。

 私は二人に幸せになって欲しいんだから。

「わ、私、急用思い出しちゃった。もう帰るね。それじゃまた」

「あ。おい、彩純待って!」

 静止されるけど聞かない。

 二人から逃げるように、曲がり角を曲がるまで全力で走った。

 お願い。

 私のことなんか気にしないで。

 二人で幸せになって。



 ***



「あ。おい、彩純待って!」

 声をかけても、少女は止まらなかった。

「あちゃー、行っちゃった。恋のキューピットは難しいねぇ」

 そう言ったのは、同じ部活の、俺の恋愛相談相手。

「彩純ちゃんも翔吾君のこと好きだと思うんだけどなぁ」

「俺と彩純はそんなに接点ないし、気遣わせて逃げ出したんじゃないのか?」

「んー、違うと思うよ」

 相談役の少女はやけに自信満々に俺の問いに答えた。

「なんでそう言い切れるんだ?」

「んー、幼馴染の勘、かな?」

 そういうものなのだろうか。

 疑問に思いながらも、でも不思議とこいつの言葉に納得している自分もいる。……ただ元気づけられてるだけかもしれないけれど。

「それで? 翔吾はこれ持って追いかけなくていいの?」

「そんなの」

 そんなの決まってる。

「追いかけるに決まってるだろ!」

 チケットを受け取り、追いかける。

「彩純ちゃんを幸せにしなかったら承知しないぞー!」

 後ろからの心強い激励の言葉が、俺に勇気をくれた。



 ***



 角を曲がると、私は走っていた足を止めた。

 二人で相談していれば、後も追ってこないだろう。

 そう思ったのに。

「おい! 彩純!」

 翔吾君は追ってきた。

「なんで……?」

「なんでって」

 翔吾君は息を整えてから、私の目を強く見つめて言った。

「お前と、夏祭りに行きたいからだ」

「……!」

 それは思いもしなかった言葉だ。

 陽子ちゃんじゃなくて、私……?

 驚いたのか、嬉しいのか。わからないけれど暖かい涙が瞳から溢れる。

 こんな卑屈な私だけど。

 それでも君の隣に、いてもいいんですか。

「一緒に、行ってくれるか?」

 私の心の問いを聞き届けたかのように。

 許すように、優しい表情で告げた。 

「……私でいいなら、喜んで!」

 その思いに応えるために、思い切りの笑顔を作った。

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私の秘密の恋 星宮コウキ @Asemu

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