第4話 レイピアと宝石


森の都グリダニア、高名な白魔道士ギルドのある街。その都の奥、巨木に囲まれた一角にその古い屋敷はある。屋敷の主人はヴィー。スラリとした長身で、長い耳を持つヴィエラ族。


ヴィエラ族は他の種族よりもずっと寿命が長い。

彼女がいつから冒険者だったのか、それを知るものはほとんどいない。

細剣と魔法を巧みに操り、瀕死の味方を癒すこともできる赤魔道士。

彼女は「死の天使」と言われる凄腕の冒険者であった。


しかし現在のヴィーは冒険者というよりは実業家である。

現場に出ることはなく冒険者に金銭的な支援を行っている。いわゆる「金貸し」だ。



ヴィーは窓辺で書類に目を通しながら、お茶を飲んでいた。暖炉の火が小さく揺れる。

窓の外を見ると絹の糸のような雨。森の都グリダニアには雨がよく似合う。


彼女の耳がピクリと動く、ゆっくりと立ち上がると書類を暖炉の火に投げ入れ、

壁にかけてあるレイピアを指でなぞる。もう現場に出ていないとはいえ手入れは怠っていない。

銀色のレイピアは魔力を帯び淡く輝いていた。


扉がノックされる。ヴィーが振り返る。ゆっくり扉が開き執事が現れた。

「ヴィー様。アルベルト様がお越しです。」

そう告げると執事は恭しくをお辞儀をし視界から消えた。

続いて褐色の大男が部屋に入ってきた。


「今月の払いを持ってきた。」

アルベルトは懐から皮袋を取り出すと、テーブルにおいた。

「イシュガルドの仕事はどうだったんだい?ちゃんとやったんだろうね。」

「イシュガルド!!なんでそのことをヴィーが!?」

「最近あんたの払いが悪いからね。ちょっと噂を流してやったんだよ」

「あんた!俺がどんな目にあったか知ってるのか?魔力が枯渇するまでひたすら回復魔法を唱えさせられて……」

「ふん。力仕事しかできないポンコツが、回復魔法をたくさん詠唱できて金までもらったんだ。感謝してもらいたいもんだね。」

「ぐっ……」

ヴィーは言葉に詰まるアルベルトを見てクスリと笑う。


テーブルに置いてある皮袋を手に取った。

「あれ?足りないね。」

「そんなはずない。今月の分はちゃんと……」

ヴィーの視線がアルベルトに刺さる。

「あんた、仕事の紹介してやったんだから仲介料もらうに決まってるだろ?ほらウスノロ!さっさと財布をだしな。」

ヴィーはアルベルトに向かって手を差し出す。

「鬼!鬼!!!みなさん!ここに鬼がいますよ!!」

「黙ってさっさと出すんだよ!」

アルベルトはゆっくりと財布をヴィーの手に乗せる。

ヴィーは財布の中の金貨をあらかた取り出すとずいぶん軽くなってしまった財布をアルベルトに投げつける。

「まだまだ払いは残ってるからね。せいぜい今月もしっかり稼ぐんだよ。イシュガルドの仕事は決して断らないようにあんたが逃げ回ってることも、しっかりこの耳に入ってるからね……」

「厳しい!死んでしまう!魔力が枯渇して死んでしまいます!!」

「そんな図体で簡単に死ぬか、それに死ぬなら借金返してから死にな。用が済んだらとっとと帰るんだよ」

ヴィーはアルベルトを睨みつけ、部屋から追い出した。


ソファーに戻ると執事がトレイを持って立って待っている。

ヴィーがトレイに金貨と皮袋を乗せると、滑らかな動きで部屋から出ていく。


ふと部屋の入り口を見ると、大きな荷物を背負ったひとりの少女が立っていた。

ぺこりと頭を下げる。

「ヴィーさんご無沙汰しております。」

「あら珍しい。わざわざわ手渡しに来たのかい?解読で忙しいんじゃないのかい?

 今月の払いはモグメールで受け取ってるよ」

「いえ、今日はご報告したいことがありまして。」少女は背中の荷物を床に置いた。

「フォル、あんたグラングリモワールを持ち出して来たのかい?」

「流石にこれを持ったまま旅はできません。先程入り口で引き寄せました。」



フォルは東方の種族アウラ族。この世の真理を研究していると言う。

数年前に突然ヴィーの元に現れると、途方もない額の融資を持ちかけていきた。


この世界の始まりから終わりまで記された書物「生命の書」を見つける鍵を買いたいと言った。

はじめは全くの騙りだと思って相手にしなかったが、

彼女は数日間、屋敷の前でひたすらに立ったまま、ヴィーに融資を願った。

結局ヴィーは融資を受けた。彼女の金庫がカラになるほどの額だったが、

冒険者としての勘が、この融資は「あり」だと告げたのだ。


ヴィーからの融資を受けフォルが手に入れたその鍵こそが彼女が背負っていた

巨大な魔法書「グラングリモワール」だ。


以来、彼女は寝食を忘れ解読に没頭している。

得られた知識で対価を得ているらしく、毎月の支払いが遅れたことはない。


「それで報告したいことって?」

「はい。一部解明できたページがありまして、それを見ていただきたいんです。」

フォルは自分の上半身ほどの大きさの書物をめくると、ある一行を指さした。


ーアーテリスの奥底。青白く輝く水晶の森あり。その奥に輝ける祭壇あり。知恵あるものは真紅の宝玉を得るであろう。それこそが生命の書の次なる鍵『太陽の石』なりー


「この太陽の石ってヴィーさんが探している赤魔道士の秘宝と同じ名前ですよね。

「ああ長年追いかけていたが、手がかりひとつ見つからなかった。しかしアーテリスってのは地名かい?聞いたことないね。」

「グラングリモワールは『生命の書』に導く最初の鍵。全て真実が書いてあります。ただほとんどが意味不明な文章で、固有名詞には謎が多いんです。このアーテリスと言う言葉も今まで解読できた箇所に記述がなく、地名だとは思うんですが……」


「いや、今はそれだけで十分さ。フォル、あんたに投資したことは間違いなかったようだね」

ヴィーはグラングリモワールをじっと見つめている。

「コスタ・デル・ソルに古い地名を研究している学者がいます。彼なら何か知っているかも」


「あんた私に探させようとしてるね?」

「いえ!決してそんなことは……私はこのまま解読を続けて、何か新しいことが分かり次第連絡します。きっとその方が効率がいいです」

「まぁいいだろう。太陽の石がらみとなると他の連中を当てにはできないからね」

「ありがとうございます。助かります」

フォルは魔法陣が描かれた敷布を広げると、グラングリモワールを置く。小さい声でしばらく詠唱すると、光と共に巨大な書物は消えてしまった。

「では、私はこれで」ぺこりと頭を下げるとフォルは部屋から出て行った。


ヴィーはレイピアを手に取った。冒険の旅が再び始まろうとしている。

世界は驚きに満ちている。あの宝石が実在していたなんて……

「お出かけですね」執事が現れた。

「しばらく留守にするから、その間仕事の方はしっかり頼むよ」

「債権回収はタナカ様にお願いすればよろしいですね」

「ああ、あいつなら大丈夫だ。何かあれば報告しておくれ」

ヴィーは着替え終えるとレイピアを腰に差す。

屋敷の扉を開く。先程までの雨はいつの間にか止み、グリダニアの街を柔らかな光のヴェールが包んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アルデナード小大陸冒険紀行 @unpaya80

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ