2話 sweet trap & possession

 birdの3人が到着したのは自警団U未然犯罪課の本拠地である巨大な建物。

 歴史的な建物に増築したというそこは典型的なイギリス建築ジョージアン様式の屋敷で、威厳あるシンメトリー、柔らかなクリーム色の石造り、シンプルかつ端正なペディメントが目を惹く。

 とてもこの中に犯罪者が勾留されているとは思えないほど美しい。


 駐車場に車を止め、一行はエントランスを顔パスで通り抜ける。

 階段を登る事4階、人目につかない突き当たりの部屋。

 白い扉を開けると


「お、来たな〜若人たち〜」


 待っていたその人はパソコンを携えたまま彼らを歓迎する。


「アルバさ〜んおはよ〜」


 四葩が挨拶したその人、コードネームアルバは自警団U未然犯罪課のメンバーで、本名をあかつき星空そなたという。

 もう40にもなるおじさんなのだが、今日も仕事着はヨレヨレの黒パーカーにダボダボのジーンズだ。

 おまけにまた髪を染めるのをさぼったらしい。毛先から中頃までは金色の髪だが、根元が黒い。

 相変わらずの星空の身だしなみには言及せずbird達は顔を左に向けた。

 その先にあるのはマジックミラー。隣の部屋の様子が見える……お察しの通り、ここは取調室の隣室ということだ。

 取調室に1人残されている男は上物のスーツを羽織り、荒く息をしながら俯いていた。

 あの調子で黙秘を続けていたのだろう。


「捕まえたnumbersは誰だ」


 星空にそう問いかけた梟介だったが、答えたのは違う人物だった。

 扉が開き、また新たな客人がやって来る。


「俺ですよ」


 彼らは特に驚く様子を見せなかった。

 まるでわかっていたかの様に客人の方へゆっくりと顔を向ける。


「おはようございます!幾仁いくとさん」


 明るい蓮陽の声を受けて柔らかに微笑む美男子は、自警団U警邏課、コードネーム1910の堀部ほりべ幾仁いくと

 幾仁はbirdの皆に短く挨拶をすると星空の隣に行って何やら資料を見せる。

 うなじにかかるサラリとした茶髪、制服である灰のロングコートは皺一つない着こなし……星空の隣にいると殊更にその綺麗さが際立って見える。

 話し終えると今度はbirdの面々に紙面を指差して言う。


「精密検査の結果が出まして、薬を使用したのは確実なんです。

 ……どうですかみんな。彼から何か感じますか?」


 4人は一斉に男の方へ向き直った。

 梟介と啓太は腕を組み、蓮陽は耳に、四葩は瞳に手を当てる。


「空振りです」

「……チッ特に何も無い」

「僕も聞こえませんね」


 ところが四葩は


「ん~うっすら見えるね~……昨夜の感情なのかな?」


 人間には無いとされたフェロモン。

 しかし、birdのトップ。金鶴和樹は感情の機微によって変動するそれを見つけ出した。

 五感のいずれかでそれを検知できるのは世界中でこの4人のみ。

 四葩の《見える》なんらかの感情を黙秘の男は抱いているらしいのだ。


「ちょっくら行ってくるね」


 軽い調子で扉の向こうへ去る四葩。

 そのあと、少し躊躇いがちに蓮陽は口を開いた。


「あの……啓太さん。僕まだ状況を把握しきれてないんですけど」

「あの男は覚醒剤を摂取した。効果がきれて脱力感に襲われていたところを幾仁さんが引っ張ってきた。だが、覚せい剤を使用した詳しい状況は黙秘……そして今に至る」

「それで薬とかなんちゃら反応って言ってたんですね」

「シモン反応だ。覚醒剤に含まれる物質で青く染まる呈色反応」


 話す2人の傍で梟介は幾仁を一瞥。幾仁もすぐに気づき梟介の方を見遣ると眉間には深い皺が刻まれ何やら渋い顔をしていた。


「……初見で薬物使用を察知するお前は化け物かなんかなのか」

「いや……職質かけるまではそうかもな〜くらいに思ってたんだけど、ビンゴだったのは正直僕もびっくり」


 そう言って眉を八の字にさせて笑うこの華奢な美男子は元SPで今や警邏課のエース。

 人は見かけによらないものだと梟介は密かに心の中でぼやいた。


 話を聞き終えた蓮陽はようやく察しがついたらしい。


「覚醒剤に拳銃……もしかして」


 皆もそれをわかったのか、蓮陽と啓太に視線を注いだ。


「そうだ。二件の裏には暴力団が関係しているかもしれない」

「拳銃の件を受けて未犯課もちょっと調べてみたんだけど〜……最近活発化してる暴力団と言ったらやっぱり剣菱けんびし組だろって話になってさ」

「ほう、なるほど?警察とパイプがあると噂の中堅暴力団か。

 警察の動向が筒抜けだったとしたら網の目をすり抜けて覚醒剤を売り、雑に儲ける。ありがちな話ではある」

「あ……ありがちなんですか?」

「栃木の中でも抜きん出た田舎者のお前は知らんだろうがな、暴力団には伝統的な金稼ぎの方法があるんだ」

「そうだね。代表的なのは4つかな……賭博、薬、恐喝、ノミ行為。警邏課の感覚として、なんだけど……最近はお金の出所がばれないようにマネーロンダリングしてるところも多いかな」

「ノミって言うのはなんですか?」

「いや~…………僕は言っても構わないんだけど」


 ノミというのは所謂用心棒代だ。

 ドラマか何かで一度は見たことがあるはず。お店でお金を払おうとしたら予想以上の高額で「こんなお金ありませんよ!」と叫ぶと裏から怖い人達がゾロゾロとやって来る……

 幾仁が言い淀んだのは、だいたいそういうお店にいることが多いからで……蓮陽にどう伝えるべきか迷い、啓太に判断を仰ぐ。


「白羽、それよりも丹鵠の取り調べだ」

「あ、そうでしたね!」


 ……どうやらまだ言わない気らしい。

 ある種緊張した空気が緩やかに解れる中、梟介は1人表情を崩さなかった。


(だが、丹鵠四葩の見える感情は確か、きれいなものだけではない)


 鏡の向こう。ドアを開け男と目が合うと、丹鵠四葩は微笑んだ。


「おはようございます」


 彼の見える感情は恋情、愛情、愛に飢えた心……そして


「いや〜昨日の夜はお楽しみでしたか?」

「わァァァァァァァァッッ!!」


 咄嗟に出た啓太の叫び声が四葩の発言をかき消した。

 やっぱりか……という心の声が聞こえてきそうな梟介、幾仁、星空の顔とは対照的な戸惑い顔の蓮陽。


「び、びっくりしたぁ……どうしたんですか啓太さ」

「ッといけない……白羽耳に蚊が!」


 パチーン!と乾いた音が軽快に響いた。

 わかっているだろうが、12月に元気に血を吸う蚊などいない。


「いったぁぁぁっ!」

「四葩くんの見えたもの……今回はそっちだったんだね」


 また八の字の眉でそう言った幾仁だが、蓮陽は


「啓太さん?音が聞こえないんですけど?」

「啓太~純粋さを守りたいのはわかるけどさ?蓮陽一応18だし、そろそろ解禁してもいいんじゃない?

 おじさんが18の頃なんてね、荒れに荒れて有金全部で夜の街を」

「黙れ星空!いいか、こいつは幼稚園児なんだ……」

「啓太さん今僕の悪口言ってませんか!?」


 完全防音の隣室の様子など露知らず、取り調べ室では、1人の捜査官が黙秘の男に言葉を投げかけ、揺さぶる。


「おじさんさ〜これは俺の妄想なんだけど、いけないパーティにでも出ちゃったんじゃないの?」


 男は無意識に四葩を避ける様に座り直しまた深く俯く。

 極限まで強張った心身。

 何をすれば彼はのか、四葩にはすでに見えている。

 ここまできたらあとはもう簡単だった。


「まぁどっち道、もうお縄にかかることは確定してるんだからさ?おじさんをこんな目に合わせた人たちに恩を売ることないんじゃない?」


 旧知の仲の相手に向けられる様な優しい声の響き。

 緊張状態の男の脳裏を駆け巡っていた悪い妄想がピタリと止み、ゆっくりと顔を上げた。


 物にしろ人にしろ、張り詰めたものは最後、ちょっとの力を加えただけで中ごろからポッキリと折れてしまうものなのだ。





 ────────────────────




「んで俺が聞いた情報によると、おじさんはとある上場企業の上層部の人で、あの日は色んなとこの社長さんたちと一緒に大人のお姉さん方と遊んでたんだって」


 その際に煙状の覚醒剤を摂取したことは覚えているらしい。

 酔いが回り、薬でハイになったその勢いのままパーティ会場を後にし、気がついたら外にいたとのことだった。

 誰が薬を持ち込んだのかを明らかにすることは叶わなかったが、この丹鵠四葩という男は手ぶらでのこのこ帰って来る真似は絶対にしない。

 真隣にいる運転席の梟介と後部座席の蓮陽に見えるようにメモ帳を掲げた。


「おじさんと遊んでた社長さんたちの会社もバッチリ」

「この中に剣菱組と繋がる奴がいる。直接的か間接的か、どちらかは不明だがな」

「直接的だった場合……可能性は高いとは言えませんが、社長さんの中に剣菱組がバックについている。いわゆるフロント企業があるかもしれないってことですね!それを探しに行っているんですか?」


 bird達4人は取り調べを終えるとすぐに未然犯罪課を後にし、車を走らせ何処かに向かっていた。

 捜査に行くのかと1人合点した蓮陽だったが、梟介は


「いや、可能性が低い上、フロント企業をこの人数で探すのは非効率的だ。

 面倒事は押し付けるに限る」

「誰にですか?」

「まぁ見てろ」


 信号待ちの間にポケットからスマートフォンを取り出し手早く操作すると四葩に持たせる。

 蓮陽の耳にCALL音が飛び込んできた。

 誰かと電話するんですか?そう言おうとしたが梟介が唇に人差し指を当てていたのが見えて、すんでのところで飲み込む。

 静まり返る車内の中、相手が電話をとった。


『も、もしもし?なんだぁ……?今日は非番なんだけどぉ?』


 その眠そうな男の声で蓮陽は電話の相手を察した。

 警視庁捜査一課、桃川太郎だ。

 数秒間、何も話さずに黙っていると


『おい~……間違い電話か?……ったく、birdめ。人の睡眠時間をなんだと思ってるんだこんにゃろ』


 ガサガサと衣擦れの音がして太郎が電話を切ろうとしたであろうその瞬間、梟介は少し遠くから電話の向こうに喋りかけた。


「丹鵠、活発化している剣菱会のフロント企業……なんとしても探し出せ」

『……ん』

「警察どもはまだ奴らの動きを察知していない……馬鹿みたいにチンっタラしてるから急がなくてもいい。上手く事が運べば一網打尽にできる。

 つまり……大手柄だ」


 梟介が強調したその言葉に太郎は抗えない魅力を感じているのだろう。

 電話越しの僅かな息遣いが、期待に跳ねる。


「はいは〜い調べる会社は?」

「いずれも株式会社。クリスタルスカイ、エイティースリー、ICE、Messだ

 ……よろしく頼むぞ」

『も、もしも~し……聞こえてないよな?聞こえてないんだよな?』


 期待と興奮が見え隠れする声音を最後に桃川との電話は終了。


「……あとはあの桃太郎カルテットが勝手に駆けずり回る。

 それを俺たちは悠々と監視していればいいというわけだ」


 梟介はまた「澪」と呼びかけた。

 今度はスマートフォンの画面に彼女が現れ、地図上の赤い点「子分桃」を指し示すと笑顔で去って行く。


「名前……もつっこみたいんですけど、それ発信機ですか……!?いつの間に!?」

「この前あいつのセキュリティガバガバ携帯にUSBを挿して一発だった」


 ステルスプログラムを組むのも、悪知恵が働くのも、キャリア警官を子分呼ばわりするのも、さすが偏差値トップ日東大学元主席と言ったところか。何食わぬ顔で言い放つ梟介に四葩も蓮陽も苦笑いを浮かべる。

 いつもの道を通って車はbirdの寮の前に停められ、梟介は鞄を携え降車した。


「俺は監視と、各機関の連携が必要になる際に備える。

 お前たちは銃の写真の送り主の元に向かえ」


 車窓越しにそう言う梟介に蓮陽は首を傾げた。

 送り主は判明していないのにどうして?

 その問いに答える様に四葩は蓮陽に今朝のメールをもう一度見せる。

 注目するように言ったのは送り主の名前である数字の羅列。


「この数字の並び……ピーンとこない?」

「3544……13948…あ……!緯度経度ですね」


 高校1年生から引きこもりがちだった蓮陽は勉強が得意ではなかったのだが、任務に使う地図の基礎知識や化学反応は一般常識だと言われ(違う)梟介から教育されていたのだ。

 教えた事を覚えているのがお気に召したのか、梟介は髪を弄ってそっぽ向き、踵返して去って行った。


「じゃあ梟ちゃん、また後でね〜」


 運転手が四葩に代わり、車はまたエンジンを蒸して動き出しす。

 程なくして蓮陽は不安そうに隣を見る。ミラー越しに気がついた四葩も蓮陽の隣でぐったりとしている啓太を気遣う。

 未然犯罪課から出てきた後、啓太はすぐに眠ってしまったのだ。


「啓太さんが居眠りなんて、珍しいですよね……」

「うーん……やっぱり銃って聞くと、啓ちゃんは変に力が入っちゃうんだよね〜……」


 蓮陽は以前の事件、そして自分が来る前にあったという事件の話を思い出していた。


 以前の事件は銃を持った誘拐犯に啓太が捨て身の猛進をし、銃と人質を奪取。早期解決に繋がったファインプレーではあったものの啓太自身の命が危険に晒された無茶苦茶な行動だった。

 そして捜査方針の行き違いから梟介と殴り合いの喧嘩をしたというbird最初の事件。

 この事件でも犯人は銃を持っていたらしい。


 啓太のそばにいるから、四葩や梟介よりもはっきりと蓮陽はわかっていた。

 啓太の中に押し込められている憎しみ。彼自身を食い破るほど激しいそれは、一体何から湧き出るものなのか……

 暴く気は無いけれど、どうか今度こそ無茶をしないでほしい。

 胸の内で祈りながら蓮陽は、両手をポケットに隠して眠る啓太を見つめていた。

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