六、怪異の真実



 薄っすらと地面に積もる雪だが、先ほどまでと違い、その向かう先にはひとつの足跡もなかった。店主に借りた灯を黎明れいめいが持ち、先を照らす。


 そして、しばらく歩いた先に、それらしき場所に辿り着いた。盛り上がった土に板が刺さっているだけの墓が不規則に並んでいて、その中でも新しい墓はひとつしかなかった。


 灯りを地面に置き、黎明れいめいは片膝を付いて墓の状態を確かめる。


「これは、思っていた以上に深刻かもしれないな」


 墓が掘り起こされていたり、死体が土から這い出てきた跡はなかったが、その代わりにあったモノ。


 墓を囲むように血で描かれた禍々しい陣の跡。そしてその陣はすでに発動済みのようで、効果を失っていた。


烏哭うこくの連中が使う血陣けつじん


 しかも怨霊の憎悪を増幅させて操る厄介な陣であった。相手は死体ではなく霊体ということになる。怨霊は実体がないため、人の身体を引き千切ったりなどできない。


 考えられることはひとつ。


「殺された四人は、自分で自分の身体を引き千切ったのか」


 それはもちろん自分の意志ではない。怨霊に身体を乗っ取られ、人以上の力で自らの身体の一部を引き千切って、失血死したのだ。


「・・・ここにいたひとは、その四人に、もしくはこれから狙われるかもしれない誰かに、恨みがあったということ。彼女が恨むとすれば、男の死に関するなにか、」


 行方不明になった挙句、首だけになってしまった男の死の真相を、殺された者たちは知っていた、もしくは関わっていたのかもしれない。


 話を聞いただけでは怪異の仕業か、人の仕業かは解らない。その前後の関係が解らない事には。


「その恨みを晴らすために烏哭うこくにその身を差し出した、ということ」


 怨霊になり烏哭うこくの傀儡となれば、二度とこの世に生まれ変わることはできない。浄化は不可能なため、完全に消滅させるか、長い時間をかけて鎮魂させるか。


 村は救えても、その魂は本当の意味で救えない。


「ふたりが亡くなった竹林に行って、霊視をしてみる。これほど強い恨みなら、まだ残っているかも」


 黎明れいめいは立ち上がって、宵藍しょうらんの手を取る。


「待て。今からという意味なら、悪いが止めさせてもらう」

「大丈夫だよ?」


 そういう問題ではない、と黎明れいめいは首を振る。小さな村とはいえ、全体を覆う結界を張り、路地のすべてに怪異に反応する陣を敷いた。


「それに、君がいる。だから、大丈夫」


 掴んでいる手の上に冷たい手を重ねて、微笑を浮かべる。有無を言わせないその笑みが、黎明れいめいは唯一苦手だった。


 どうしてこうも無理をしたがるのか。いくら止めようと、その意志は揺るがない。


「今夜でこの儀式は終わらせる。でないと、もっと悲しいことになる」

「・・・君が背負う事か?」


 この国で起こるすべての穢れを祓うために、神子みこがいる。それが存在意義だと。そんな重責をひとりに背負わせていいわけがない。


 知ったつもりでいて、まだ知らないことがあるのだと、こういう時にふと思い知らされる。


「・・・・ここから歩いていては時間が足りない」


 はあと嘆息して、了解も得ずに宵藍しょうらんを抱き上げる。


 姮娥こうがの一族の直系だけが持つ力。あらゆる物の重力を操る力。それを応用することで、霊力を節約して宙を飛ぶことが可能だった。

 

 冬の夜空はかなり寒かったが、黎明れいめいの首にしっかりと腕を回して、地上にいた時よりずっと近づいた下弦の月に眼を細める。


「ありがとう、黎明れいめい。ごめんね、」


 ぎゅっと身体ごと預けるように強く抱きついて、耳元で囁いた。最後のごめんね、の意味を黎明れいめいは知る由もない。


 両手が塞がっているので、肩に埋められた顔を見ることもできなかった。


 神子みこの望みを叶えるのが華守はなもりの役目でもある。


「・・・しっかりつかまって。このまま竹林の中に降りる」


 うんと宵藍しょうらんは頷く。地面に降りるのと同時に、衣に笹の葉が掠ってがさがさと鳴った。


 足元は枯れた笹の葉が降り積もっているせいか、ふかふかとしていて危うい。

 

 抱き上げていた身体をゆっくりと下ろして、しっかり足が付くまで腰に手を回したまま支える。


 宵藍しょうらんはその場に座禅を組み、集中するため眼を閉じた。しばらくすると、竹林のあらゆる所から緑色の光たちが集まって来て、周りを漂い始めた。


 関係のない情報を省いて、必要な情報を視る。霊視は情報によって精神的に消耗する。特に怨念の霊視は邪に吞み込まれる危険もある。


(危なくなったら、すぐに止めさせる)


 周りを警戒しながら、黎明れいめい宵藍しょうらんの表情に気を配る。緑の光に照らされてより青白く感じる。


 少しして、眉が歪んで瞼が震え始める。光がくるくると素早く回り出し、次々に宵藍しょうらんの中へ入っていく。その度に表情が歪んだが、まだその時ではないと首を振る。


 しかしそのすぐ後に頬を汗が伝ったため、黎明れいめいは肩を掴んで自分の霊力を送り、強制的に霊視を止める。


 はっと覚醒した途端、肩で息をして苦し気に心臓の辺りを握りしめる。落ち着くのを待って、黎明れいめいは膝を付いて宵藍しょうらんの身体を支える。


「・・・・平気か?」


「うん・・・それに、成果はあったよ、」


 散っていく緑の光を見送って、まだ虚ろな瞳で答える。


「殺された者たちは、首だけになった男の死に関わっていた。女はそれを知ってしまい、男たちを殺すため烏哭うこくと契約し、首を吊った。もうひとつの望みを叶えるため、男たちの四肢を奪った・・・」


「そんなことをしても、望みは叶わないだろうな、」


「うん、でも彼女はそれを信じてる。烏哭うこくにしてみれば、強い傀儡にするには、より強い憎しみと望みが必要で、むしろ望みが叶わなければ、彼女は次の儀式のために、また殺す。それは永遠に繰り返される」


 この村で本来の恨みが果たせても、男を取り戻すという彼女の望みは叶わない。だが彼女がそうだと信じている限り、次の場所でまた同じことをするだろう。


 そうして怨念がどんどん強くなり、最終的には望みなど関係なく殺し始める。それが烏哭うこくの思惑通りだと知りもせずに。


「行こう、黎明れいめい


 黎明れいめいは何も言わずに宵藍しょうらんの腕を掴んで立たせる。


「そんなに私を甘やかして。君は、私を怠惰な人間にするつもりなの?」

「冗談はいいから、さっさと終わらせて帰ろう」


 そうだね、と小さく笑みを浮かべ、背伸びをして黎明れいめいの首に腕を回すと、そのまま抱き上げられる。再び宵闇へ浮かび上がり竹林を後にすると、村の門の前まで一直線に移動した。



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