第33話 館で待ち構えるのは

 ソーニャが明かした情報により一同は再びヴァレンシュタイン家に訪れた。


 洋館の扉をノックするが返事はない。だが不自然にも施錠はされておらず、扉は容易く開いた。

 シロウはユリリカと視線を合わせて頷き、先頭に立って洋館に足を踏み入れた。


「ソーニャ、臭うか?」

「うん。やっぱりゾンビと同じ臭い」


 鼻をひくつかせるソーニャが臭いを感じ取った。

 なぜ、この館にゾンビの臭いが漂っているのか?

 シロウの脳裏には確信に近い憶測が浮かんでいた。仲間たちもそうであるのか、緊張感を漂わせて静かに足を運ぶ。


 中央ホールに到達するが、ここまで来ても館の主の姿はなかった。シロウの鋭敏な感覚も周辺に人の気配がないことを告げている。


 周囲を見回したユリリカが言った。


「ロズベルト卿はどこに行ったのかしら」

「どこかに隠れてるんじゃないかな……?」


 ジェシカの言葉を聞いたユリリカは顎に手を添えて思案を始める。シロウには一つ気づいていることがあった。


「遊戯室だ。そこに向かおう」

「何か気づいていたようね」


 鋭いユリリカに頷く。一同はシロウの言う通り遊戯室へと向かった。


 索敵しつつ遊戯室に辿り着けば、やはりと言うべきか人の姿はない。放置されたぬいぐるみとピアノがあるだけで、一見するとおかしなところは何もなかったが……。


「ピアノの裏の床を見てくれ」


 シロウはピアノの裏に回り込み、片膝をついて床を撫でる。


「床に妙な切れ込みがありますね……これは隠し扉でしょうか」


 シロウのそばで床を見下ろしたシャルンが呟く。

 彼女の言う通り、大きな四角の切れ込みは隠し扉がある証拠だ。以前に遊戯室に訪れた時にシロウが見つけて頭の片隅に留めておいたものである。


「どこかに開閉するためのものがあるはずだ」

「皆で手分けして探しましょう」


 一同は遊戯室を調べ始める。

 そして、暖炉を覗いたソーニャが隠し扉のレバーを発見した。

 

 レバーを引くと、隠し扉が開く。空いた床の下に階段が続いていた。


「入りましょうか。全員、警戒態勢を解かないように」


 一同は星辰器を構えながら、隠されていた地下へと足を踏み入れた。階段の両端に吊るされたランタンの光源だけを頼りに進む。


 階段を下りきった先には地下室が広がっていた。


「こんなに広い空間が館の地下にあったなんて……」

「この荒廃具合を見ると、恐らく館が建てられる前から存在していたのでしょうね」


 エーデル姉妹は錆びついた壁を見て私見を述べる。

 この地下室が隠し扉で閉ざされていたのは何故なのか。この先に真実があるのだとシロウは確信を得る。


 そして一同が進んだ先に現れたのは、大広間だった。

 壁にあしらえられたランプ。天井にまで伸びた巨大な円柱が四方に一つずつ。広間の奥には扉があり、その前に黒衣をまとった仮面の男が立っていた。


「やあ諸君。どうやら真相に辿り着いたみたいだな」

「仮面の男……あなたが死体を弄って異形を作り出した犯人ね?」


 ユリリカの問いに仮面の男はクク、と喉を鳴らして笑った。


「そうだとも。死体を調達して解剖し、動く亡者に作り変えたのは私だ」

「墓泥棒に死体損壊。それだけでも頭がおかしいのに、それ以上におかしいのは領主であるあなたが猟奇的な行為を働いたことよ――ロズベルト卿」


 ユリリカに鋭い視線を向けられた男は仮面を剥ぎ取った。

 仮面の下から現れた顔は、リーウェン辺境区を治める領主であるロズベルト・ヴァレンシュタインそのものだ。


「やれやれ、意外と早くバレてしまったな。少しヒントを与えすぎたかね」

「何故こんなことを……答えなさい」

「ああ、ここまで辿り着いたご褒美に答えてあげてもいいだろう。どうせ諸君は――ここで死ぬのだから」


 ロズベルトが暗い笑みを浮かべた瞬間、円柱の影から異形が現れる。死した後に胸を切開され、異物を埋め込まれた領民たちの成れの果て。無数のそれらが亡霊のように呻いて近づいてくる。


「どうしよう、囲まれちゃってるよ!」

「焦るなジェシカ。俺たちから離れるな」


 異形の群れに包囲され逃げ場を失った。

 もはや衝突は避けられない。

 ならば剣を執るのみ。シロウは刀を抜き放ち、切っ先をロズベルトに向ける。


「俺たちを殺すと言ったな? それは口封じのためか?」

「それもあるがね。一番の理由は諸君が良質な素体になりそうだからだ」


 ロズベルトは片手に持っていた赤黒い球体を掲げた。

 

「これは“魔核”というものでね。星辰力を凝縮し造られたエネルギー源だ。この魔核を人体に接合すれば、死体であろうとも稼働させられるのだよ」

「そうか。星辰力に適合した肉体である俺たちは、お前が喉から手が出るほどに欲しい実験体モルモットか」

「ほう、中々に理解が早くて助かる」


 魔核を地面に置いたロズベルトは、黒衣をひるがえした。

 瞬間、かん高い音が鳴り響く。金属の擦れ合った音は、ロズベルトが投擲した短剣をシロウが刀で叩き落とした音だった。


「誠に残念だが諸君、私のために死んでくれ」


 新たな短剣を両手に持ったロズベルトと共に、無数の異形たちがなだれかかってきた。

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剣聖の弟子、騎士学院で無双する~東洋の剣技を修めた刀使いは学院の序列を駆け上がる~ 夜見真音 @yomi_mane

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