第21話 遠征実習が始まる
ついに遠征実習の当日がやってきた。
登校した特別クラスのメンバーたちは、教室で遠征実習におけるアシスタントを紹介されていた。
「初めてのお方は初めまして。エーデル家に仕えるメイドのノエル・フランシールと申します」
教壇に立つメイドが侍女服のスカートを指で摘み上げ、一礼する。きっちりとした装いに獣耳のカチューシャが目立つメイド、ノエルは笑顔を浮かべて自己紹介を終えた。
「本日付けで皆様方の遠征実習における送迎役を担当させて頂きます。よろしくお願いいたします」
「やっぱり、あんただったのね」
「まあ、遠方へと送り迎えできるような足を持つお方は限られていますし、予想の範囲内ですわね」
エーデル家の令嬢は我が家に仕える侍女がアシスタントであることを予想していたようだ。
シロウは以前に寮舎の前に停まっていた魔導自動車を思い出す。あのような乗り物で送り迎えしてくれるのだろう。
「それじゃあ、皆。出発の時間だから、校門前に集合だよ」
ネオンの言葉に一同は従った。
校舎を出て校門へと到着した一同は、駐車された大型の魔導自動車に驚きの声を上げた。
「凄い、おっきくて長いね」
「この車だと、私たち全員が乗っても問題なさそうですね」
ジェシカとシャルンは車体の窓から覗く後部座席を見ている。
シロウとユリリカは運転席と助手席を覗き込んでいた。
「ノエルが運転するのよね……はあ」
「何か問題があるのか?」
「そうね、私たちの命に関わる問題よ」
「それはまた物騒だな」
ユリリカは額に手を当てて溜め息を吐く。頭を悩ませているような主人に向かってノエルは淑女の笑みを湛えた。
「大丈夫ですわ、ユリリカお嬢様。さすがの私も皆様方を危険に晒すような運転はいたしません」
「そうだといいけど。子供の頃、鹿撃ち場に連れてもらった時に車の中で揺れて飛び跳ねるアトラクションを堪能させられたのは覚えているわよ?」
「ふふ、そのような出来事まで覚えていらしてましたのね。感激ですわ」
「嫌な記憶って、なかなか忘れられないわよね……」
主人の皮肉をノエルは笑顔で受け流した。
「皆、どうか気をつけて。無茶はダメだよ?」
ネオンが校門の前で見送ってくれる。
一同は教官に頷いてから魔導自動車の後部座席に乗り込んだ。
運転席に座ったノエルが陽気な声で号令をかける。
「それでは皆様方、リーウェン辺境区までの長旅をかっ飛ばして参りますわよ!」
「だからかっ飛ばすのはやめなさいって!」
「おほほ、ただのジョークですわ。安全運転で参ります」
魔導自動車は発進する。本当に安全運転で進行したので、後部座席の一同は、ほっと息をつくのであった。
王国の最北端に位置するリーウェン辺境区に到着するのは夕方過ぎになる予定だった。現地についたら、まずは休める場所を確保する必要がある。
特別クラスのリーダーはユリリカが担当しており、彼女が皆に向かって声をかけた。
「実習内容の再確認よ。現地の人たちがいくつかの要請を出しているわ。辺境区内の魔物の討伐や荒くれ者の鎮圧。これらはサブの実習で、最悪クリアできなくても問題ない。もちろん、クリアしたほうが評価は上がるけど」
「そしてメインの実習が、辺境区のあちこちで出没するという“
補足するアリシアにユリリカは頷く。
「不死者は半不死の存在で、倒すには特殊な武器が必要よ。代表されるのは
「もし第一級危険対象に襲われたのなら、自衛のために殺害しても構わない……そうだよね?」
「よく知っているわねジェシカ。その通りよ。でも吸血鬼の場合は通常武器で殺せない上に、人間程度なら片手で捻り潰すような強い力を持っているわ」
吸血鬼を殺すには、ある特殊な素材で造られた武器が必要だ。
現地に現れるという不死者らしき対象が吸血鬼であるかは分からないが、そうであった場合は逃げるしかない。人間より強い力を持つ上に武器が通用しない吸血鬼と戦っても待ち受けるのはこちらの死のみだ。
「不死者らしき対象の正体は現地で調査するしかないわね」
「もし本当に不死者であった場合は、どういたしますの?」
「状況に応じて行動。もし話が通じる相手だった場合は、なぜ辺境区に出没するのか問いかけてみる。問答無用で襲いかかってきた場合は……死ぬ気で対処するしかないわね」
不死者は星辰器でも殺せないのだ。そんな相手にどのような対処をしろというのか。その問題をユリリカも理解しているがゆえに頭を悩ませているようだ。まったく、学院側も無茶な要請を受けるものだとシロウは思うのであった。
魔導自動車は、王都郊外を抜けて長い道路に出る。草原を分割するように伸びる一本道の前方には、果てしなく続くような地平線が広がっていた。
爽快な風をまとった車が、目的地に向けて走っていく。
昼食を調達するための中継地点に到着するまで、シロウは仲間たちの和やかな歓談を聴きながら目を閉じているのであった。
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