第17話 あの日の後悔

「星辰器には、いくつかの特性がある。身体能力の向上や感覚の共有。それらを可能にしているのは、使い手同士の絆だ」

「やはり、そうだったのか」

「ムラクモは気づいていたようだな。エーデル姉と同調ユニゾンした感覚に」


 星辰器の使い手同士が絆により繋がる現象を同調という。

 お互いを想う感情を星辰器が読み取り、周囲の星辰力を励起させ、使用者の身体強化や感覚共有を可能にする。それが星辰器の秘められた特性だった。


「パートナーが不可欠というのは、そういうことだ。一人では星辰器の力を十全に引き出させない」

「絆が重要というのは分かりましたわ。でも、お姉様とシロウさんだけが同調できたのは納得できません。何故わたくしたちは同調できなかったのでしょう」

「それは、お前自身がよく理解しているんじゃないか、エーデル妹」

「うっ……それは」


 ニーナに言い返され、アリシアは気まずそうに視線を逸らす。

 同調できなかった理由を自覚しているようだ。シャルンとも目を合わせようとしない。


「気負わなくても大丈夫ですよ、アリシアさん。そのうち同調できるでしょう」

「うう……ごめんなさい、シャルンさん」


 シャルンは慰めの声をかける。アリシアは、やはり気まずそうだった。


 ニーナが模擬戦の総括を述べる。機器で読み取ったデータを参照してシロウたちのフィードバックを行ったニーナは、解散を告げた。


 トレーニングルームを出た一同は、休憩エリアで休息を取った。シロウは自販機で飲み物を買い、ソファーに座って身体を休める。


 しばらく訓練棟の設備を使っているうちに、外は夕焼けに包まれていた。授業時間の終わりを告げる鐘の音が聴こえ、一同は寮舎に帰る。


 夕食を堪能したシロウは入浴を済ませ、早めに就寝した。



 シロウは妹の手を引いて走っていた。吐く息は荒く、動かす足はすでに限界を超えて麻痺している。背後から双頭の魔獣が迫りくる気配がして、死の恐怖に突き動かされて無理やり足を動かす。


「もう少しだ。ここを抜ければ、村の出口に――」


 シロウが言い終わらないうちに強い風が吹いた。

 子供程度なら容易に吹き飛ばせるほどの強烈な風にシロウは転倒する。


「ああっ……」


 自分の持っているものを見たシロウは悲鳴を上げた。

 つい先ほどまで絶対に放さないと誓って握りしめていた妹の手。それが腕ごと斬り離されて自分の手に残っていた。


「うう……兄さん」


 片腕を消失させた妹が芋虫のように地面に這いつくばっている。シロウは立ち上がり駆け出そうとする。


 しかし、無情にも魔獣が妹のもとに辿り着き――またもや風が吹き荒れる。


「やめてくれっ!」


 シロウの懇願も虚しく、妹は風の刃によってバラバラにされた。肉塊と成り果てた妹の姿に絶望し、膝をつく。


「そんな……守れなかった……」


 刀すら抜けず、妹を救うことができなかった。

 果てしなく深い後悔の念が押し寄せてきて、胸を掻き毟りたくなる。息が上手くできず、シロウは声をつまらせて泣いた。


「どうして……兄さん」


 低く冷やかな声が、問いかけてくる。

 いつの間にか肉塊から元の可憐な姿に戻っていた妹が、血の涙を流している。


「どうして、私を救ってくれなかったんですか……?」

「違う、俺は救おうとした! でも、できなかったんだ!」

「あんなに愛してると言ってくれたのに……どうして助けてくれなかったの……?」


 どうして、どうしてと問い詰められ、シロウは頭を抱えてうずくまった。あんなに涼やかで聴き心地の良かった妹の声が、まるで悪魔の囁きのように思えて耳を塞ぎたくなる。


「赦してくれ……違うんだ……俺は、この手でキミを守りたかった……それだけは本当なんだ」

「本当なんかじゃない」


 すぐそばで、妹の声が聴こえた。

 顔を上げると、真っ赤な目をして鋭い歯を剥き出しにさせた“鬼”が自分を覗き込んでいた。


「兄さんは逃げたんだ。私から」


 違う、と首を振りたくても振れなかった。

 本当に妹を守りたかったのか? ただ庇護する対象を作って悦に浸りたかっただけなのでは?


 ――心の底から妹を救いたかったのなら、魔獣が現れた瞬間に刀を抜けたはずなのだから。


「兄さんは、何も守れない。その刀は、誰も救わない」


 鬼と化した妹の牙が喉笛に食い込む。

 シロウは妹に喉を噛み千切られ、絶命した。



「ユズリハ……ッ!」


 シロウは妹の名を小さく叫びながら飛び起きた。

 窓から差し込む朝陽を見て、そこが自分の部屋なのだと気づく。


「はあ、はあ……クソ」


 また悪夢を見てしまった。

 妹を見捨てて逃げた、あの日から……何度も何度も見る悪夢だった。


 汗ばむ額を拭って、瞑想を始める。

 どくどくと騒いでいた心臓を落ち着かせ、息をついた。


「ユズリハは、俺を恨んでいるだろうな」


 妹を見捨て一人で逃げ去った兄を恨み、憎んでいる。

 だから毎夜のように夢に出ては、不甲斐ない兄を責めるのだろう。何故、助けてくれなかったのか。何故、すぐに刀を抜けなかったのか。


 あの惨劇の後、シロウはリンカと共に村の様子を確認した。

 住民のほとんどは魔獣に食い殺されており、生き残ったのは桜花一刀流の師範代と僅かな村人たちだけ。妹の姿はどこにもなく、ただ千切れた片腕のみが血溜まりの中に残っていた。


「俺を赦さないでくれ……」


 赦してくれ、なんて、どの口で言えるだろう。

 どれだけ謝っても、その言葉を聞き届けてくれる妹はもういない。己が見捨て、見殺しにしたのだから。


 寝汗が酷く、服が肌に張り付いて不快だ。

 シロウはシャワーを浴びるために着替えを持って部屋を出た。

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