独白

ゆきまる書房

第1話 ある怪談朗読者の語り

 こんばんは。私は普段、様々な怪談の朗読を動画投稿サイトにて投稿しています。いつも聞いてくださる方、ありがとうございます。そうですね、今回は、一味違ったお話でもしましょうか。私の体験談です。


 先ほども言ったように、私は様々な怪談を朗読しております。怪談の種類はそれこそ多種多様。実話であったり、創作であったり。定番の心霊がメインの話や人間が怖いものなど。怪談というものは、実にたくさんの「怖い」が存在するのだと、朗読を通して知ることができました。

 それに、その怪談を生み出した方々の味、というんでしょうか。似たような話はあっても、全く同じ話は存在しないんですよね。怪談を生み出した方々の個性がきらりと輝くと言いますか。まさしく人の数だけ怪談がある、ということなんでしょうね。


 少し話が逸れましたね。失敬、失敬。まあ、それだけたくさんの怪談に触れる機会が多いとですね、いわゆる不可思議な現象というんでしょうか、起こるんですよ。では、僭越ながら、私が経験した中で最も怖かった体験談を。

 その時は、たくさんの登場人物が出てくる怪談を朗読していたんですね。話が進み後半に差し掛かったところ、ふと、台本に書かれているのとは違う台詞を言っていることに気づきました。一度録音を止めて録り直したのですが、同じ台詞でまた間違えてしまう。そんなことを数回繰り返し、いったん休憩しようかと録音機器に手を伸ばした時、自分の口が勝手に動き出しました。先ほどの台詞の続きです。

 そりゃ、驚きましたよ。なにせ、自分の体が勝手に動いてしまうんですからね。口だけじゃない。録音機器を止めようとした手はぴたりと止まり、すぐに機器を操作して録音の再開をしていました。私の口は相変わらず台詞を喋り続け、やがて台本にない言葉までも話すようになりました。『俺が悪いんじゃない』『なんで俺がこんな目に』言葉はだんだんと恨みがましいものに変わっていきます。自分ではどうしようもできないことに怯える私でしたが、その時、私の頭にある映像が浮かびました。

 それは、私が朗読していた話に出てくる舞台のようでした。登場人物が理不尽な目に遭う話です。怪異に襲われて、恐怖に慄く感情で胸がいっぱいになります。やめてくれ、何も悪いことしてないじゃないか。俺は悪くない、なんでこんな目に……。理不尽な目に遭う怒りと、これから自分に起こることへの恐怖、自分ではどうしようもできないことに対する絶望。そういった感情がごちゃ混ぜになり、飲み込まれそうになった時。

 ──コンコン。

 部屋のドアをノックされる音で、我に返りました。「どうしたの?」と、ドアの向こうからは妻の声が。録音機器はいつの間にか止まっており、「大丈夫だ」と妻に答えた声がガラガラだったことで、自分の喉を酷使していたことに気づきました。後で妻に聞いたところ、私の部屋から罵詈雑言を叫ぶ声が聞こえたそうです。その声は私の声とは明らかに違っていたらしく、妻は心配して声をかけたとのこと。

 後にこの怪談の創作者に話を聞いたところ、私が朗読した怪談は、創作者のオリジナルの作品だったそうです。しかし、登場人物は創作者の知人をモデルにしたとおっしゃっていました。そして、その知人は怪談を作る数年前に亡くなっていたとも。


 これは私の推測ですがね、いくら創作者のオリジナルだったとしても、実在の人物をモデルにしてしまうと、その人の魂なんかが影響を受けるのではないかと。そうでなくとも、こうして創作者の手から離れて新しい媒体で発信されることで、その創作の人物が自我を持つのではないかと。何で自分をこんな目に遭わせるのか、この苦しみを他人にもわかってもらいたい。そんな思いが具現化し、力を持つのではないかと思うのです。


 この一件以降、私は怪談に対して、さらに敬意を持つようになりました。怪談には確かに力がある。人の心を動かすだけでなく、もっと具体的な、現実に影響を与える力を持つ、とね。

 え? 怖くはなかったのか、ですか? そりゃ、最初は怖かったですよ。ですがね、彼らと過ごすうちに慣れてしまいましてね。もちろん、敬意は忘れていませんよ。ほら、私の後ろに見えるでしょう。少年の姿が、三人も。私がある朗読の最中に噛んでしまいましてね。その怪談は確か、『この話を読むと少年に取り憑かれる』、だったかな。その文章を三回も噛んでしまったから、三人に増えてしまったのですが。慣れると楽しいものですよ。

 ん? ほうほう、なるほど。そうか、そうかい。──いえね、私の後ろにいる彼らがですね、あなた方のところにも行ってみたいと言うんですよ。どうやら、彼らも私の朗読を聞くうちに、私の朗読を聞く人が増えるうちに力をつけてしまったようでして。いやはや、こうも色んなものに興味を持つところは、人間の子どもと変わりませんね。


 ──でね、今夜、彼らがそちらにお邪魔しても構いませんよね?

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