闇に消えた光・3

緋翠の事を思い出したヒョウが振り返ると、緋翠はさっきと同じ、葵竜と向き合ったままの状態で立っている。

再び闇天に戻った世界では、僅かな大気のうねりがまだ余韻に残り、二人の髪だけが、微かに‥‥靡いていた。

緋翠は目の前の葵竜に言った。


「葵竜。幻想はこれで終わりよ。‥‥私はあなたを止める」


「緋翠、言った筈だ。俺は、スタルオの力で漂う魂と彗祥の為に生きていると。‥‥お前は、化け物になった亡霊を全て相手にするのか」


━━冷たい表情でそう言った葵竜に、緋翠は「ええ」と厳しい眼で答える。


「あなたの目的は間違ってなかった。‥‥全てを解放してあげるわ、ヒョウの星で」


それを聞いたヒョウは思わず、え?という信じられない顔に変化したが‥‥。



‥‥この世界と同じ闇の中、葵竜の姿は美しい幻影に見えた。

あの日から一変した心のように‥‥まるで、終わりの無い星幻の世界を映しているようだ。

‥‥すると、緋翠は表情を変え、緋いガラスのような眼を向けて静かに口を開いた。



「全てはあなたからだった。星を破壊したあの日から。‥‥永い時と共に、私達は貴方の為に他の星へと現れた」


緋翠は過去の、全てを思い出すように呟いた。そして今‥‥‥。



「でも、私は闘うために甦ったんじゃない。私は‥‥葵竜を助けるためにここに来た」



‥‥次元を超えた、この星幻の中で緋翠は葵竜に再び会い‥‥二人はまるで、星屑に漂う星のように互いを見ている。



「葵竜はずっと姉さんと‥‥私を助けてくれた。だから今度は私があなたを助ける。姉さんは救える‥‥だから‥‥」


「‥‥緋翠‥‥」


葵竜はそう呟くと、緋翠に眼を向けた。


「俺は今まで‥‥あの星で平和になる事を願ってずっとた戦っていた。‥‥だがそんなものは、無意味なのかもしれない」


‥‥それは《スタルオ》そのもののように美しい眼だった。彼の表情は相変わらず哀しげだったが、どこか穏やかでまるで過去の星で生きていた頃と同じ眼を向けている。


「たとえどれだけ平和になっても‥‥人の想いの相違で悲しみへと変わる。だから俺は、スタルオを破壊し、それを背負い異なる世界まで犠牲にしようとしていた」


それが彼の答えだった。

あの日‥‥闘いの中で精神を破壊された彗祥は、本当は元に戻ったまま命を落としていた。

‥‥だが、彼女の事を期に喪失感から憎しみへと変わっていった葵竜はその時思った。

骸へと変わり果てていくしかなかった彗祥を見て、この世界全てが彼女と同じだと‥‥。

‥‥そして葵竜は彗祥を抱き、星の滅びと共に魂を繋ぎ止める決意をし、それと同時に緋翠達三人を蘇らせたのだ。



そうすると葵竜は、


「‥‥ありがとう緋翠」


と言うとこの全てを見渡しながら、緋翠から背を向ける。


「俺は‥‥彼らを生かす為にこの場所で星の罪を背負い生きるしかなかった。だが、ようやく俺は‥‥彗祥と共になれる」


いつの間にか、彼は白い光の中で消えていくように歩いていくと‥‥それまでただ葵竜を見つめていた緋翠は、はっと我に帰り、その先へと追いかけていた。


「嫌!」


葵竜の胸に飛び込んだ緋翠は‥‥目の前から居なくなってしまう彼を止めようと、すがりながら必死で叫ぶ。


「嫌よ。私は‥‥葵竜に戻ってきてほしいから‥‥!」


緋翠は‥‥葵竜が自分たちと同じように生きる事を願っていた。あの頃と同じように‥‥。

そんな気持ちが高揚したまま、私は‥‥ずっと前から‥‥という言葉が、緋翠の唇から思わず出ようとする。

だが葵竜は、自分にしがみついている緋翠の手を握ると‥‥

そのとっさに眼を見開いた緋翠は、信じられない表情に変わった。



「緋翠‥‥俺は戻ることは出来ない」


緋翠は、その葵竜の表情を見ると、全てを悟った。


「あの日、全てを棄てた日から‥‥そして今も」




葵竜は居なくなると、ヒョウはそこに立ち尽くしている緋翠に尋ねる。


「緋翠、葵竜は‥‥」


「葵竜は‥‥‥‥」


緋翠は背を向けたままヒョウに答えた。


「彼は、ずっと一人で生きてきたから‥‥」


‥‥彼女はそう言い、人知れず涙を流していた。

その日、彼女の密かな想いは‥‥終わりを告げたのだった。

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