第31話 小さなバケモノ
──鮮血が舞う。首元から夥しい量の赤が吹き出し、リビングを真紅に染め上げる。
「ヒッ……!?」
「キャァァッ!?」
クズたちが悲鳴を上げる。日常生活では決して目にすることのない光景は、クズであろうとも怯ませるには十分だった。
まあ当然か。久遠家、日本最上位の家に産まれた男と、そこに嫁げるだけの家に産まれた女だ。このような血腥い光景とは、無縁の生活を送ってきたのだろう。
それがまた腹立たしい。ダンダン無印の知識を持つ私は、このクズたちが相応の罪を犯していることを知っている。
ボリュームの関係で具体的な内容は明記されてはなかったが、間接的には誰かを死に追いやったこともあるはずだ。そんな人間がこの程度で狼狽えるということは……つまりそういうことなのだろう。
「ペッ。──こんな血飛沫ぐらいで叫ぶなんて、随分と温室育ちなんですわね? 霧香さんのことを、見殺しにしろなんてのたまった癖してだらしない」
「ヒッ……!?」
口に溜まった血を吐き捨て、手に収まっていた肉片を床に叩きつける。
そのたびにビクつくクズたちに、どんどん心が冷えていく。血を見て怯えるなど、悪人としての程度が知れるというもの。娘の凶行という異常を加味してなお、この反応は不愉快極まる。
大の男が子供を全力で殴り飛ばしている時点で、人を殺しているようなものなのだ。その癖、こうして血溜まりを目にして動転しているのだから救えない。
もし私が普通の子供で、さっきの一撃で死んでいたら、コイツらはどういう反応をしていたのだろうか? 可哀想なぐらいに狼狽える姿を想像したら──まったくもって笑えない。
「ま、所詮はラスボスに言いくるめられて利用される小悪党。悪人ならば、せめてそれに相応しい風格を備えていて欲しかったのですが……。高望みした私が馬鹿でしたわね」
「や、八千流……? お、お前、一体なにを……?」
「ただ首の肉を抉りとっただけですよ。あなたの拳に対する皮肉みたいなもんですわ」
殴りも恫喝も、今更効きやしないという証明だ。四肢をもがれ、臓腑を潰され続けた半年間で変質した精神性は、小悪党如きでは揺るがすこともできないと見せつけたまでのこと。
「ひ、皮肉って……そんな、自殺みたいな……」
「私、お兄様と半年間修行したおかげで、後天的なリジェネレーターになりましたの。この程度、傷の内にも入りませんわ」
「ば、バケモノ……!」
「あら失礼な。後天的リジェネレーターなんて、有名なダンジョン関係者を当たれば何人かはいましてよ? ダンジョンを保有している久遠家の当主が、そんなことも知らないんですか?」
カタカタと震えるクズに対し、あからさまに嘲笑を浮かべてやる。
これでカッとなって言い返そうとしたら、それに合わせて殺気でもぶつけてやろうと思ったのだが──そんな様子も見られなかった。
これには怒りを通り越して呆れてしまう。ここまで腑抜けだとは思わなかった。先ほどまでの威勢の良さは何処へやら、だ。
「後天的リジェネレーターって、世間では尊敬される能力のはずなんですがねぇ……。人を落ちこぼれだのなんだの言っておいて、いざ娘が優秀と分かった反応がコレですか。やはりあなたは、いやそこで固まってる人も合わせて、親として失格ですわね」
「な、な……」
「ついでに言うと、だから私は霧香さんを助けたんですよ? 絶対死なないと分かっていたから。それも伝えたつもりだったんですがねぇ……」
自発的なものと何度も訴えた。遠回しではあったが身の安全を確保していたと主張した。
それでもなお、このクズたちは見当外れな敵視をやめなかった。被害者である霧香さんをさらに追いつめようとした。
「空虚なプライドなために、本当に馬鹿なことをしたものですわ。都合のいい人形扱いしていた娘に見限られ、こうして無様に驚かされて。腰を抜かして見下される気分はいかが?」
「お、お前、本当に八千流、なのか……?」
「ええ。あなたたちが散々サンドバッグにしてくれた娘ですわよ? 娘の顔を忘れまして?」
「ち、違う……! や、八千流はそんな、お前みたいな子供じゃない……! お、俺の言うことに、逆らうような、子供じゃない!!」
「……あ゙あ゙?」
「ひいっ……!?」
おっと。予想以上に酷い言葉が返ってきたせいで、淑女にあるまじき声が出てしまった。今の私は前世の男性じゃない。私、お嬢様。
「んんっ。……あなたがどう感じようが、これが現実ですわ。大人しいかつての八千流はもう死にました。今いるのは、お兄様の猛特訓によって逞しくなった八千流ですの。──だから、こういうことも躊躇なくできますの」
同時に【同調圧力】を発動。精神の触覚を伸ばし、クズ……ではなくお兄様に繋げる。
(お兄様。師匠の力をお借りしてよろしいですか?)
(いいよー。面白いからどんどんやっちゃってー)
……実に楽しそうな声が返ってきたが、とりあえず許可が下りたのでよしとする。
というわけで師匠、アジ・ダカーハの権能を発動。顕現はさせず、力だけを借り受ける。
ついでに今更ながら、遮音の術で使用人たちの横槍を防ごうと動き……とっくにお兄様がリビングに結界を張っていることに気づく。
(道理で誰もこないはずです。感謝いたしますお兄様)
(うんうん。こんな楽しそうな見世物、邪魔が入っちゃもったいないからねぇ)
(左様でございますか)
これまた酷い感想が返ってきたものだが、もはや慣れたものである。
怪物たるお兄様にとって、生みの親でしかない男女の末路なんて余興にしかならないのだろう。
(生みの親でしかないねぇ……。そういう感想が出る時点で、ヤッちゃんもこっち側に来てると思うけど?)
(だからこちらの心の内まで覗かないでくださいな。……ただまあ、否定はいたしませんわ。それにお似合いと言えばお似合いでしょう?)
(と言うと?)
そんなの決まっている。
「人でなしから産まれてきた私たちが、バケモノじゃなければなんと言うんですの?」
「アッハッハッハッハッ!! ──最高だよそれ」
──そして血染めとなったリビングが蠢いた。
ーーーー
実験兼あとがき
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