第4話 転成

 高校に入ればすべてが変わるものだと思っていた。


 環境の変化に漠然とした期待を抱き、その変化の甘い蜜だけを吸えるものだと勘違いしていたようだ。


 環境が変われば周りの人が変わる。


 それは紛れもない事実である。


 そこには何1つとして偽りわない。


 しかし言ってしまえばただ人が変わるだけ。


 さらに高校とは基本的に受験勉強を経て通うものである。


 それはつまりほとんど同じ学力の人間が集まるわけで。


 中学の時にいた補導されるのがかっこいいと思っている連中も、先生に怒られている自分に陶酔している輩も自然と消えると思っていた。


 僕の学力は平均よりも少し上の方であったからその期待はもはや青天井といっても過言ではなかった。


 だが、現実とはいつも幻想の真逆、もしくは少し外れたところにいるわけで。


 今思えば僕の幻想はあまりに他人行儀で、自分自身に課した努力はこれっぽっちもなく、変わらない日常を目の前にして輾転反側していただけだった。


 それでも、そんな僕にでも一縷の望みを期待してもいいのではと思えたのは、やはり今までの不幸の連続に自分自身をあたかも悲劇のヒロインのように見ていたことに原因の1つがあるというのが正しいのだろう。


 悲劇のヒロインは結局のところ最後の最後で幸運とも呼べる何かに運命的な出会いをし、手を差し伸べられ、その不運な境遇からなんとも見事に抜け出すのだから。


 そんな童話や物語を昔から1人で読みふけっていたのだから、最後の最後には報われるものだと勘違いすることになったのだろうか。


 と、このようにまたしても何かに責任転換をし、自分の罪を軽くしている自分にはやはり軽蔑することしか出来ない。


 そんなに自分を軽くして僕は一体どこへ飛び立ちたいというのだろうか。


 またまた今度は風に頼って行き先までもを自分で決めず、行きついた先で毒づき、不運な自分に陶酔するだけなんだろうか。


 そんな現状を打破する勇気も、また、逃げだす勇気も持ち合わせていない僕はその場所にいるだけで他人に心配されるだけの心底迷惑な存在になるのは自明の理だ。


 ・・・・・・・・まぁ、今回行き着いた先にあるのは『闇』なのかなとも思ってしまうのだけれど。


 僕の瞼がさらに重くのしかかろうとする。


 視界に写る闇がさらに色濃くなる。


 聴覚機能も気持ち軽薄になっている気がした。


 そんな体調の中で何故か頭はクリアになりまるで悟りを開いたかのような現象に陥る。


 血の流れを体全体で感じるという事はつまりまだ生きているという事なんだろうか。


 それとも最後の悪あがき?


 いかんせん僕は初めて『死』を体験するものだからどうにも勝手がわからない。


 あぁ、駄目だ。


 そろそろ限界のようだ。


 四肢が熱く重く僕の体にへばりついているような感覚。


 心拍数が異常に上がっているのを体で感じる。


 どうやら後者の悪あがきが正解だったようだ。


 覚醒状態だった僕の体の勢いはしだいに落ち着きを見せ、僕はゆっくりと静かにすべてを諦めた。


 最後の最後に僕が懸想したのはやはり・・・・・・・・







 「・・・・・・・・なさいよ」


 「・・・・・・ちょっ・・・・・・・・えぇ・・・・・・」


 僕の体をまるで薫風のような爽やかな風が撫でる。


 暖かな日差しが重い瞼越しにもわかる。


 「ねぇ・・・・・・・・」


 太陽のもとで干していた布団のような温かい香りが僕の鼻をかすめる。


 鳥の囀りと柔らかい風の音と「ちょっと!いつまで寝てんのよ!永眠は今ここで終了したんですけどぉ」といった頭の悪そうで頭の痛くなるような甲高い声が僕の耳を席巻した。


 こういう不謹慎なネタを平気で言うやつは将来必ずどこかでボロが出る。


 悪意のあるあだ名をつけた相手と話すときに不意にそのあだ名を本人の前で言ってしまったり、トイレで陰口を言っていたらその陰口の矢面に立つ人間がトイレから出てきたり・・・・・・・・


 うっかりでは済まされないミスを何度もしでかし、その瞬間の反省はやりすぎるくらいに行うくせに同じ過ちを何度も繰り返す。


 そんな奴を世間は愛くるしいと過大評価し、真面目に社会に溶け込む卑屈人間たちは八方美人で汚い奴だと社会不適合者の烙印を下す。


 まぁ僕はそもそも他人の悪口を共有する友達がいるわけでもないし、また、嫌いな人間と積極的に話さなければいけない年齢に達していないから何も心配することはないんだけどね。


 「こいついつまで寝てんだよ。あっそうだ。口の中に虫でもいれてやろっと」


 ・・・・・・・そろそろ目を覚ますときなのかもしれないな。


 僕の危険が危ないみたいだし。


 僕は重い瞼の蓋をはがす。


 仰向けに寝かされていた僕の視界に移るのは晴れ渡る空。


 わざとらしいくらいに雲一つない快晴。


 体には芝生の感触が広がり、体中で自然を感じている気分だった。


 あぁ、なんて素晴らしい景色なんだろう。


 僕の視界に広がる無数の青に何故か根拠のない無限を感じる。


 どこまでも広がる青い・・・・・・・・あれ?なんだこの突如現れた黒いのは?


 もじゃもじゃ動くこの触覚みたいなの・・・・・・・・「ぎぇゃぁぁぁぁ!」


 「あら、リアクション芸人としては華を咲かせられたかもね」


 僕はそんな悪罵の発生源へ顔を向ける。


 「娼婦みたいな恰好のお前には言われたくねぇな。お前は寝具の上でわざとらしいリアクションでも取って小銭でも稼いでろよ」


 目に入った隣の女に見覚えはなかった。


 しかしどこか既視感を感じるのはやはりその見た目にどこか通ずるところがあったからなのだろう。


 まるでシルクのように透き通った金色の髪の毛は、太陽に透かされて幻想的だった。


 ブルーの瞳はどこにも混じりけがなく、何物にも侵されていない蠱惑的な魅力を保持している。


 白磁のような白い肌の頬には薄いピンクの温かみが備わっている。


 薄い口元に整った鼻。


 体つきこそ幼稚ではあるものの、その胸元には成長を感じられる少しの膨らみがあった。


 細かな説明を省いた容姿の説明をするならば金髪碧眼のブリテンのクソガキ女ってところだろう。


 やけに勝気なその目元も人を見下したようなその口元も胸糞悪いくらいに腹が立つが、それらを打ち消すくらいに神秘的な存在だった。


 ・・・・・・・・といった思春期を少しかじったややこしい美幼女の紹介文を想起してみたものの、それらすべてを打ち消すパーソナリティを彼女は持ち合わせていた。


 あれ?デジャブ?


 太陽に透かされさらなる魅力を振りまくその金髪の頭上には例のあの輪っかが浮遊している。


 見渡す限り導線はなく、背中にテープを張ってみたいな工作染みた部分は見当たらない。


 また背中にはテープはなくともまるで鳥のような翼が彼女のサイズにぴったりと沿うようなサイズで、しかしはっきりとその異質な存在感を放っていた。


 相変わらずこの手の存在は浮遊しており、まるで地面に足をつけることが大罪であるかのようだ。


 「・・・・・・・・ねぇ」


 僕の耳元でその幼女は囁く。


 彼女の吐息が僕の耳をかすめてくる。


 認めたくはないが体は正直だ。


 僕の体は相変わらず感じてしまっていた。


 「な、なんだよ」


 僕はそんな姿を隠すべく気丈なふるまいをした。


 嘘をごまかすのではなく、少しの真実を用いて塗り固め、自分でも見えなくする。


 相変わらずの行動心理に僕は自分自身に辟易した。


 やはり僕は変わらない。


 それはどこに行っても何を経験しても。


 「私のどこが娼婦ですってぇー!」


 彼女の分かりやすい明るい声に僕はまたしても堕落してしまうんだろうか。


 そんな不安だけが僕の頭の中を席巻していた。


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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