浮気の残り香『解決編』〜消えたその香り〜【中編】



「あなたいってらっしゃ~い!今日も愛してるわ!」


今日も部屋から玄関で母親の気持ちのこもっていない言葉が聞こえた。


本当に聞く度吐き気がする。


ただ本当に吐き気がするのは俺自身だ。


母親と戦おうとする勇気がない。母親に浮気してるでしょという一言すら言えない。


こんな貧弱な俺自身に吐き気がする。



引きこもってもう何日経ったのだろうか、いつの間にか留年を言い渡されていた。


今が朝なのか昼なのかがわからない。夜はたまに母親の喘ぎ声が聞こえてくるため、その時だけ今が夜だというのがわかる。


携帯見ればすぐ日時が分かるというのに携帯の電源をつけようと言う気力が全く無い。ずっと充電器に刺したままだった。


毎日 食って・寝て・うんこして の繰り返しの生活をしている。


今日も一日その繰り返しだと思っていた。


しばらくして、腹が減った頃、普通なら昼飯時だが俺の家族は朝飯がまず遅い。そのせいで昼飯を食べるのが昼の2時くらいだ。


「ピンポーン」


突然インターホンが鳴った。


どうせいつものように母親が出てくれると思って無視をしていたが、何故か玄関へ向かう足音が全くしない。多分出かけているのだろう。


「ピンポーン、ピンポーン」


しばらく無視してればいずれ辞めるだろう。そう思っていたが…


「ピンポーン、ピンポーン」


「ピンポーン、ピピピピピピッピンポーン」


一向に止まないインターホンの音に腹を立ち、俺は止むを得ず玄関のドアを開け、久しぶりに日光に当たった。


久しぶりの日光は眩しく、しばらく目を開けることが出来なかった。


「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!」


幼い子供の声が聞こえた。


俺は目を擦り、目を開くとカボチャの怪人のコスプレをしたまだ7歳くらいの子供が空の籠を持ったまま目の前にいた。


「あの、君って…」


「奏汰だよ!橋本奏汰!」


(うーん、名前言われてもどこの誰やねんって話なんだけど…)


「えーと、奏汰くん………今日ってハロウィン?」


「そうだよお兄さん!だからお菓子ちょうだい!」


いつの間にかもう既に二年生の10月31日、ていっても留年が決まっているから来年も二年生だけど…


「・・・わかったよ、ちょっと待ってて」


子供の笑顔に「ごめんむり」というのはどうも心が痛く、俺はため息を付きながらもキッチンに向かう。


(とっととお菓子あげて帰らせよ…)


久しぶりにみたリビングとキッチンは結構変わっていた。


デーブルやテレビの配置が変わっていたり、家族3人で座る椅子が2つに減ったりして、不思議と寂しい気持ちになっていた。


(お菓子かー、どこに置いていたっけ?)


しばらく探していたがどこにもお菓子は無かった。


(てかお菓子食うの俺くらいだったっけ)

(お菓子買いに行くしかないけど…)

(・・・外が怖い)


「お兄さんまだぁ〜?」

「イタズラしちゃうぞ!」


ドアの向こうから奏汰くんの声が聞こえる。


(子供…恐ろしい。このまま裏無くに生きて欲しいな…)

(買ってすぐ戻るだけ…それだけ…)


俺はまた玄関に向かう、途中強い香水の匂いがした。母親はまた浮気相手に会いに行ったのだろう。


(母親なんて大っ嫌いだ!もう会いたくない)



「ごめん、奏汰くんだっけ?今家にお菓子無いから一緒に買いに行こ!」


「うん!」


まるで初めから分かっていたかのように奏汰くんはすぐに返事をした。


そのまま奏汰は俺の裾を引っ張ってスーパーへ連れて行かれる。


久しぶりの外の空気がこの上なく美味しく感じた。



「やっとスーパーについたよ…まじでやっとよ…」


道中奏汰くんがゲームセンターやおもちゃ屋に入っていったりして、色々と買わされたりと遠回りしたりして、歩いて20分ほどで着くところを2時間かけてしまった。


「お兄さん何買ってもいいよね!」


「あ、うん、そんな高いもん買うなよ!」


「分かったー!!」


スーパー前の扉で奏汰くんは満面の笑みで言葉を返す。


(まぁ子供だからお菓子とか色々買っても500円くらいだろ…)



しばらくして…   


「・・・・・・」



「お会計1万216円になります!」


(まさかこんなに買うとは思わなかった) 

(しかもどれも箱買い。この一個32円を絶対一箱32円だと思ってるだろ!てかなんでカツ丼も買ってんだよ) 

(まぁ買うって言ってしまったから仕方ない)


「1万1021円で!」


「805円のお返しになります!」

「ありがとうございました!」


会計を済ませた俺はそのまま外で待たせている奏汰くんのところへ行く。


いつの間にかもう夕方で太陽が沈んできていた。


「帰るか!家まで送って帰るよ!」

「はい、これ持って帰って食べな!」

(散々振り回されてもう疲れた、一年ぶりに外出たから体力無いのは当たり前か…)


「ありがとう!」


きれいな笑顔を浮かべながら奏汰は俺から袋を受け取った。そのまま奏汰は続けて言う。


「それよりお兄さん!今日最初に会った時どうして暗い顔してるのー?」


「?!」


突然の質問にびっくりした。まさか顔に出てたとは…。本当に、子供はどうして観察力が優れているんだか、全員少年探偵団入っとけ



「・・・・・・」


返事に困った。今の俺にとって自分の息子に子供ってどうやってできるの?って聞かれたとき並みに返事が難しい。


「んー、奏汰くんってお母さん……好き?」


「うん!大好き…だけど嫌いな時もある!」


「例えばどんなとき?」


「ママはね、いつも優しいの!僕がテストでいい点取ったら沢山褒めてくれるんだ!」

「あとママとパパのコントは面白いんだ!ご飯の時とかたまにママがモナ・リザ?というモノマネをすると、パパがすぐに勃起しちゃいましたって変な声真似していうの!『勃起』ってなにかわからないけど、パパとママのコントはいつも僕を笑わせてくれるんだ!」

「でも僕がテスト悪い点取ったりするとすっごく怒るし!勉強しなさいとずっと言われ・・・お兄さん……どうして泣いているの?」


いつの間にか俺は泣いていた。目からダボダボと涙が溢れる。


俺は小さな子供(奏汰くん)の目の前で泣いていた。


(何も知らなければ苦しくなかったのにな…)


「奏汰くん…ちゃんとお母さんを大事にしてね…!今はまだわからないと思うけど、それらは全て奏汰くんを愛しているからね!」


俺は「何を言っているのか意味分かんない」のような顔のまま固まっていた奏汰くんの頭を優しく撫でてやった。



    〜奏汰の家の前にて〜


「じゃ、またね!奏汰くん!」


「あ!お兄さん!待って!」


奏汰くんは袋の中からどうして買ったかわからない『カツ丼』を取り出した!


「ん?これくれるの?」


「うん!あげる!」

「僕のママが言ってたの!」

「元気がないときは活を入れるために『カツ丼』が一番だって!」


「あ…ありがとう!奏汰くんは良い人だね」


「あ、あと!」

「はい!これ僕からのプレゼント」


彼はポケットの中から小さな箱を渡してくれた。結構高級そうな箱だった。


箱だけで結構値段する感じだ。


「え?俺に?!」

「今開けてもいいか?」


「うん!いいよっ!」


開るとそこには手作りのお守りがあった。


お守りの中央に大きく"大丈夫"と書かれていた。


「これ、貰っていいの?」


「うん!」


なんだか泣きそうな気分、ただ悲しい気分ではなく、とても嬉しい気分だった。


「ありがとう!奏汰くん!」

「これ大切にするよ!」


「どういたしまして!」

「あ、お兄さん!まだなにか入ってない?」


「ん?あっ…」


箱の下にまた一枚紙が入っていた。


俺はそれをひろげ中身を見る…


『Happy Halloween!ゆうき!もう引きこもって大体一年経つな!留年決まったのは残念だけど人生まだまだ長いんだ!一年留年になったって死にはしない!逆にゆうきはクラスの誰も経験したことがない一年間引きこもりを経験した!自分に自信を持て!お前は俺の誇りだ!ホコリじゃないぞ!誇りだ!』


どんどん手紙を読み進めると何故か段々と内容がぼやけて見える。多分俺は今泣いているのだろう。


『今日半日くらいやけど奏汰くんと過ごして楽しかったか?楽しかったらお前はロリコンな!まぁお前ずっと塞ぎ込んでたからな!会社の部下に頼んだら息子を貸してくれたんだ!めっちゃ優しい子だぜ!無理やりお前を連れ出すのは気が引けるし、子供相手ならお前を外に連れ出せるからな!』


(父さんそこロリコンじゃなくてショタコン)

俺は泣いているのにもかかわらずなんだかおかしくて笑っていた。


『もし、お前にとってこれが嫌なら本気で謝るから!でももし今お前が少しでも気分が良くなっていたら5時に俺の部屋にこい』


『ゆうき、あんまり一人で抱え込むなよ!親にとって自分の子供が苦しんでいるとこを見るのが何よりも辛いからな!』



        君の一番の理解者 父より



手紙を読み終わり俺は手紙を閉じる。


(親にとって一番辛いのは自分の子供が苦しんでいるとき……か。ごめんねずっと父さんに相談しないで一人で抱え込んじゃって!)

(ずっと父親に母親の浮気を言わず、苦しむのは自分だけでいい、これが父にとって一番幸せだと思っていた。でも本当はそれが一番父を苦しめているんだね…)


またポロポロと涙が溢れていた。


(色々とありがとな、父さん)


「奏汰くん!ありがとうね!お兄さんはもう"大丈夫"だから!もう抱え込まない!」

「完全に人間に戻ったから!」


「そうなの?それは良かったぁー!」


奏汰くんは両手を胸に手を当ててホッとしている様子だった。


「あ、でもなんで泣いているの?」


不思議と奏汰くんは聞いてきた。


「奏汰くん!これは嬉しい涙だよ!」


「嬉しい涙?どういうこと?嬉しかったら笑うんじゃないの?」


「んー、奏汰くんももうちょっと大人になったら分かることだよ!」


「ふ〜ん、まぁお兄さんが大丈夫なら僕も嬉しいよ!」


「ありがとう奏汰くん!今日奏汰くんと一緒にお出かけ出来て楽しかったよ!色々と心が軽くなった!」

「また遊ぼうね!奏汰くん!」


「うん!また遊ぼ!お兄さん!」


そのまま俺は一年ぶりの夜道を歩いた。

   

夜風が当たってもう明日から11月で寒いはずなのに、どうしてか俺の心は今、ポカポカと温まっている感じがする。


懐かしい父さんの愛、もう俺はひとりで抱え込まないと決めた。父さんには幸せになってほしい!もちろん俺自身もだ。


だから、"勇気"を出して母親と戦わなくてはならない。しっかりお別れをしよう。


そのためにまず、父さんに母親の浮気のことを伝えよう…


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