第7話 放課後の予定

「誠に申し訳ありませんでした」


 俺は、キッチンにたたずむ艶のある黒髪ロングのお姉さんに向かって、深々と頭を下げていた。


「そんなに謝らないで。スマホを没収されちゃたなら、連絡もできないし仕方ないわよ!」


 色気のある声で優しくなだめてくれたのは、アルバイト先『RAMS(ラムズ)』の店長である大塚理恵おおつかりえさん。

 俺のアルバイト先のお店『RAMS(ラムズ)』は、閑静な住宅街の街角にある小さなお店で、昼はカフェ、夜はイタリアンレストランとして地元住民から根強く愛されている。

 元々は、理恵りえさんのご両親が経営するお店だったが、三年前に不慮の事故でご両親が亡くなってしまい、理恵さんが当時通っていた大学を中退して後を継いだのだ。

 

 ちなみにお店の名前の由来は、『安心性・信頼性』とのこと。

 一瞬『RAMS』がASMRに見えてしまうのは、礼音がおそらくASMR中毒末期症状患者であるからだろう。


「スマホを没収されるようなことが無いよう、以後気を付けます」

「えぇそうね。にしても、こんな時間までお説教なんて、一体何しちゃったの?」

「えっ⁉ それはですね……」


 俺がどう言い訳しようかとあたふたしていると、理恵さんがくすくすと笑い始める。


「冗談よ。礼音君の年頃になると、言いたくないこともあるでしょうし、無理に言及するつもりはないわ」

「心遣い感謝します」


 理恵さんの寛大さにより言及されずに済み、俺はほっと胸を撫で下ろす。

 本当は、説教が長引いて遅れたのではなく、奥沢さんに保健室へ耳かきしてもらっていたら、いつの間にか眠ってしまい、起きた時には下校時間ギリギリになっていたとは、口が裂けても言えないな……。


 理恵さんへの謝罪を終えて、キッチンからホールへ出ると、アルバイトの制服姿に身を包み、手持ち無沙汰にトレンチをくるくると回す、金色の髪の女の子が壁に寄り掛かって待ち構えていた。


「スマホ没収されてこの時間まで説教とかウケる。んで、何やらかしたわけ?」


 嘲笑するような笑みを浮かべながら尋ねてきたのは、幼馴染の大塚黒亜おおつかくろあ

 褐色色の肌に、輝かしく染められた金髪の髪が特徴的な彼女は、いわゆるギャルであり、喫茶店『RAMS(ラムズ)』のアルバイト仲間兼幼馴染。

 店長を務める理恵さんの妹であり、俺は理恵さんには小さい頃からよくお世話になっていた。


「まあそれはその……授業中にゲームしてたんだよ」

「授業中にゲームしてたくらいじゃ普通こんな時間まで説教食らわないっしょ。どうせエロイ動画でも見てたんでしょ?」

「ち、違う! 俺はただっ――」

「ただ?」


 にやにやとした顔で続きを促してくる黒亜くろあ

 口車に乗せられて完全に嵌められた。


「えっと……そのぉ……」


 俺は言葉がつっかえてしまい、視線が泳いでしまう。


「何々? 聞こえないなぁー」


 黒亜は自身の耳に手を当て、煽るような口調で尋ねてくる。


「お、俺はただ、ちょっと休憩がてらASMRを聞いてただけで……」

「えっ、何だって? パコってる女のエロイ喘ぎ声聴いてたって⁉」

「ちげぇよ! ただ俺は、夏川ゆらちゃんのASMR動画をY〇utubeで聴いてただけだっての!」

「ASMR! アーシ知ってる。シコ素材のエロイボイスっしょ?」

「ちげぇよ!! ったくお前みたいな知識足りないやつが居るから、説教何時間も食らう羽目になったんだよ」

「えっ、アーシの認識って間違ってる?」

「大間違いだ!」


 ASMRを何だと思ってんだ⁉


「ってか、アンタが授業中にASMRボイスを大音量で教室に垂れ流してスマホ没収されるとか、マジでウケるんですけど」

「う、うるせぇな……」

「あーあっ、アンタが来るまで、アーシ一人でホールの仕事さばかなきゃいけなかったんですけどぉー? 疲れて肩がバキバキだし。あーあっ、誰かマッサージしてくれないかなぁー」


 黒亜はいかにもわざとらしい口調で言いつつ、自身の肩をとんとんと叩いてあからさまなアピールをしてくる。


「いや、今日いてるじゃねーか。これぐらいの客足なら、黒亜一人で余裕だろ」

「ふぅーん。そんな態度取るなら、アンタのお母さんに今回の件言っちゃおうかなぁー?」

「全力で肩を揉ませていただきます!」


 俺はすぐさま態度を一変させて、黒亜の背後へと回り、両手で肩甲骨から肩にかけて指圧マッサージを開始する。


「ふむふむ、それでよろしい」


 一方の黒亜は、大層ご満悦な様子。

 母親に授業中耳かきASMRを聴いてたなんて知られたら、たまったもんじゃない。


「ってかさ、アンタASMRっていうの聴いてるってこと、アーシ初耳なんだけど」


 肩を揉まれながら、何の気なしに黒亜が尋ねて来る。


「まあそりゃ、黒亜に俺の趣味の話したって興味ないだろ?」

「んなことないし。アーシだって、アンタが普段何してるかぐらい興味あるっての。アーシら付き合い長いのに、アンタの趣味の話初耳とか、なんかちょっと心外だし」

「別にいいだろそれぐらい。逆に付き合いが長いってだけで、何でも知ってる方が怖いだろ」

「そういうもん?」

「あぁ。実際黒亜だって、俺や理恵さんに言えない秘密の一つや二つあるだろ?」

「うーん……アーシは別に言えないようなこととかないけど? 質問されたらなんでも答えれる自信あるし。例えば、週に何回オナ〇―してるとか」

「よーしっ、今すぐその口を塞げ。仮にも営業中だぞー」


 黒亜の暴走を止めるように、俺は両手でぐりぐりとこめかみを押し込んだ。


「イタイ、イタイ、イダイ、イダイ! ちょ、何すんだし!」

「黒亜が暴走するからだろ。っていうか、幼馴染の性事情なんてこれっぽっちも聞きたくねぇっつーの!」

「はぁなにそれ⁉ 超ムカつくんですけど。こうなったら、意地でもアンタの脳内に叩き込んでやる! アーシのオ〇ニーの回数は週――」

「あ“ぁもううるせぇ黙れこの処女ギャル! 今すぐその軽口を止めろ!」

「あーあー! アーシの乳首の色はうっ――」

「二人とも静かにしなさい! 仮にも営業中よ!」


 直後、キッチンから飛び出してきた理恵さんに怒鳴られ、二人してこっぴどく叱られる羽目になった。

 今日で二回も説教を食らうとは、とんだ一日だぜ。

 しかし、今日の説教はこれだで終わりではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る