第28話 第二妃の誕生日パーティー

 完璧な変装!


 どうやったらこんなにスッキリするのかっていうくらい綺麗に編み込まれた髪の毛は、太い一本の束になって背中で揺れ、そばかすは化粧で隠された。カリナとお揃いの分厚い眼鏡をして、濃紺の足が全て隠れる侍女服を着れば、立派な侍女の出来上がりだ。しかも安定のよいシークレットシューズを履いているから、身長もぐんと伸びて普通の女性並みの身長になった。


 なにより!おっぱいがある!!


 いきなり成長する訳ないから、もちろんパッドを入れてるだけなんだけどさ、女性らしい身体のラインが嬉しくて、鏡の前で前向いたり横向いたりして確認しちゃったよ。


 そしてこのパッドの中身、裏庭で栽培した薬草から作った丸薬にする前の粉薬が入っている。お腹の薬から各種毒消しまで、もちろん媚薬の効果を薄める薬も仕込んだ。なんで苦い粉薬のままかというと、丸薬をパッドに仕込むと、ゴツゴツした胸になっちゃうからね。なにかあったら、アダムには我慢して飲んでもらおうと思う。


「これならばバレませんね。カリナ、シャーロット様をよろしくお願いいたします」

「はい。シャーロット様、けしてその眼鏡をとらないようにお願いいたしますね」

「うん。凄いよね、この眼鏡どうなってるの?かけたら目の色が変わったんだけど」


 私の桃色の瞳が茶色っぽく見える。ということは、茶色に見えているカリナの瞳も、実際の色は違うということだろうか?変装している侍女が後宮勤めとか、後宮の管理体制どうなっているのかな。まぁ、私には関係ないからどうでもいいけど。


「ガラスの中央に薄くですが色をつけてあります。光が通りますと、その色が瞳に反射されますので色が変わります。多少眼鏡がズレても問題ありませんが、大きくズレますと元の色がバレますのでお気をつけください」


 私は眼鏡を外してよくよく見てみる。言われてみれば、確かに中央が少しくもっているように見えるが、ガラスの歪みと言われればそれで納得してしまえるくらいの僅かなものだ。


「では、侍女見習いのシャーリーということで、今からはそのように扱います。誰かになにか聞かれたら、まだ見習いですからと言うんですよ。万が一貴族の子弟についてこいと言われても、ついていってはいけません。休憩室に連れ込まれたら、なにをされても侍女には文句を言えないのだから」

「そうなの?そういうことってけっこうあったりする?」


 カリナはあまり動かない表情ながら、わずかに眉を下げて「残念ながら」と頷く。


 貴族子弟と密室の情事か……。ヘノヘノモヘジの顔をした貴族子弟とのアレコレを想像してみたが、子宮は無反応だし全然萌えない。前世では子宮で考えてたり行動してたんだけど、この身体の子宮は未成熟なせいか、誰にでも反応する訳ではないようだ。


 カリナに付き添われて私は王太子宮を後にし、主宮殿の裏門からこっそりと侵入した。


 私はシャーリー!ほんの少しばかり好奇心旺盛な見習い侍女よ!


 ★★★


 テレジア第二妃の誕生日パーティは、主宮殿の大広間の一つ「大鏡の間」で行われる。私はカリナの指示の元会場造りにいそしんでいた。生花を会場の至る所に飾り、大広間と繋がる小広間に軽食やドリンクを並べる。大広間の一角にもドリンクブースを作り、私はカリナとここの担当になるらしい。ここはね、柱とかに遮られることなく広間が一望できる優れスポットなんだよ。お客様がなにをしているか一目でわかり、かつ迅速にドリンクのおかわりとかを提供できるようになっているらしい。


 まさに私の為にセッティングされたような場所だよね。アダムに不埒な真似を仕掛けようとする人物がいたら、速攻潰しに行けるもの。


「シャーリー、なんか鼻息が荒いです。落ちついて」

「ごめん。やる気に満ち溢れちゃって」

「叔父様に聞いた通りの人ですね」

「叔父様?」

「私の本名は……カリアンナ・ジェルモンド」


 カリナは、声をひそめてさらに周りに誰もいないのを確認してから言った。ジェルモンド?ジェルモンド……ジェルモンド、なんか聞いた記憶があるようなないような。


「イーサン・ジェルモンドが私の叔父です」

「あー!」


 そうだ、イーサンの名字がジェルモンドだった。名字なんか呼ばないから、つい忘れちゃうんだよね。


「シーッ!」


 カリナに口を押さえられ、私は何度も頷いて大声を出さないことをアピールする。


「イーサンの姪かぁ。なんか顔に見覚えがあるような気がしたんだよね」

「私はあんなに厳つくありません」

「でもほら、口の形がそっくり」


 カリナは納得いかなそうに眉をしかめた。


「だから護衛もできるんだ」

「ええ。小さい時から叔父に鍛えられましたから」


 イーサンはアダムの師でもある筈だ。


「アダムとは小さい時から知ってるの?」

「殿下とはたまに手合わせをさせられてました。剣術は殿下にはかないませんが、体術ならば負けたことはありません」


 体術……。

 柔道の寝技をイメージして、なんかモヤモヤする。


「お客様が入場開始するようですよ」


 楽団が音楽を弾き始め、扉が開いて着飾った紳士淑女が大広間に入っできた。いっきに大広間が賑やかになり、侍従達がドリンクを運んで配りだす。次から次へ侍従達がドリンクを取りに来るから、人の観察なんかする暇もなく、ワインやシャンパンをグラスに注いでいく。たまにジュースが良いとか炭酸水が良いとか、個々に取りに来る人達に対応し、ある程度飲み物が行き渡った頃、やっと周りを見る余裕ができた。


 私はすぐにアダムを見つけることができた。アダムは騎士の正装用の白い制服を着て、周りの誰よりも格好良く見えた。顔はもちろん色気がある優しげなイケメンなのは言うまでもなく、スタイルが抜群に良い。アダムを見た後だと、周りの男達が芋や大根に見えてくるくらいだ。


 貴族子女や夫人方が、輪になってアダムを取り囲んでいた。一応、既婚未婚の見分け方としては、既婚女性は髪を結い上げて露出の多いドレスを着て、未婚女性は髪は一部下ろすハーフアップに結い露出は少なめのドレスを着ることになっている。しかし、露出の多い少ないは主観が混じると曖昧になる為、背中が大胆に開いたドレスや、胸が強調されているドレスを着ている未婚女性も多々いる。


 アダムの前に立って猛烈にアピールしているのも、そんな胸の谷間がガッツリ見えるドレスを着た令嬢だった。その横には、後ろから見たらほぼ上半身裸なんじゃないの?というくらい背中が露出した夫人が、令嬢を牽制するように立っていた。他にもうじゃうじゃアダムを囲んでいるが、この二人がツートップでアダムにちょっかいを出しているようだ。


「あれは誰?」

「金髪碧眼の令嬢の方は、ダリル侯爵家令嬢ミシュア様です。殿下の婚約者候補筆頭です。ブルーシルバーの髪の女性は後宮の夫人でアナベル様です。お二人ともテレジア様の派閥に属していらっしゃいます」

「他にも婚約者候補の人とか、ほら、夫人でアダムを狙っている……ダイアン……マルガリータ、ポリネシアン?とかはいる?」

「ダイアナ様、マーガレット様、ポリアンナ様ですね」


 カリナは冷静に訂正しながら、視線を女性の集団に向けた。その先には派手で騒がしい軍団と淑女の集まりのようなおとなしげな軍団があった。


 見事に派閥でわかれていて、ド派手な軍団の中心にいるのは輝くような銀髪のルチア第六妃で、集団はテレジアの悪口で盛り上がっているらしく、ルチアの言葉に笑い声をがあがっている。マーガレットとポリアンナはことさら大きな声で笑い、お互いに競うようにテレジアをこけおろしているようだ。


 もう一つの集団の中心には、栗色の髪の一見穏やかで優しそうにみえるミランダ第三妃がいて、大人しそうなというか、明らかにミランダのイエスマンと思われる女子がその周りに集まり、ミランダの話にただ頷いたりミランダを称賛したりしている。その中に夫人であるダイアナもいた。可愛らしい感じの女性だが、常にミランダの機嫌をうかがっているような卑屈なイメージを受けた。


 他にもアダムの婚約者候補達を数人教えてもらい、彼女達の動向に注視したのだった。

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