望月

 満月までの一週間は、とても長かった。


 最初にミッドナイトブルーのノートを拾ったのも満月だったから1ヶ月経ったんだ。お月さまは欠けて、満ちて、ぐるっと回ってまた満月に戻っている。


 1ヶ月前とは違って雨こそ降っていなかったけれど、お月さまは雲に隠れていた。いったん家に帰りサンザシの赤いジュースを飲んでから、交換日記だけ持って約束の場所まで行った。



 待っていたのは、月里つきさと芽狼がろくんだった。

 交換日記を抱えたわたしの両腕に、ギュッと力が入る。

 

「こんばんは、小夜ちゃん」


 月里くんはこれまで「夕日さん」と、わたしのことを呼んでいた。わたしも「月里くん」ではなくて「芽狼くん、こんばんは」と言った。なんか泣きたくなった。

 わたしの初恋、片思いの終わりが目の前まできている。


「満月は、望月って言うんだよ。『望み』と『月』と書くから、満月の夜は望みが叶うんだ。ぼくは叶った。新月の夜、交換日記のページを破いて書いた望みが叶った。小夜ちゃんの新月の望みも、きっと叶うよ」


 わたしは、首を強く横に振った。

「ありがと、芽狼くん。でもね、わたし、実は……」


「知ってる」

「えっ?」

「小夜ちゃん、八重歯がかわいいから。もしかしたらって、転校してきたときから、ずっと思ってたんだ」

「…… 芽狼くん」

「この間、見られちゃったのが小夜ちゃんで良かった。満月なのに、雨降ってるし、だいじょうぶだって油断してた。それなのに雲が切れて、月が出てきちゃったから、大慌てで、かばんだけ走って帰ったんだ。ノートを落としたのにも、気が付かなかった」

「もしかして、芽狼くん……」

「ぼくも1、10じゃない。小夜ちゃんみたいに、9つの欠けた木ではないけれど」


 1、10。1は。10は

 

 そう、わたしは人間じゃない、9つの欠けた木。

 ここのつは9。9は、。欠は、。木は、。きゅうけつき—— 吸血鬼なんだ。


 サンザシの木の杭は、銀の弾丸と同じ。吸血鬼の心臓を貫く。だけど、わたしはまだ子どもだ。サンザシの実は、子どもの吸血鬼を殺したりはしない。眠らせるだけだ。だから、わたしの中の吸血鬼を眠らせるために、サンザシの赤い実のジュースを飲んだり、ジャムを食べたりする。そのおかげで、昼間、学校にも通うことができる。クラスメイトの首筋から血を飲まずにいられる。


「満月のお月さまのおかげで、小夜ちゃんと交換日記をするきっかけができて良かった。それで、小夜ちゃんがやっぱり吸血鬼少女だって、わかって良かった。ぼくの新月のおまじないが叶って、小夜ちゃんが今夜、サンザシの木の下にきてくれて良かった」


 雲が切れ、お月様が現れた。月の光に照らされて、芽狼くんはきれいな灰色の若い狼になった。

 1ヶ月前の満月の日、わたしの前を走っていった大きな犬は、芽狼くんだったんだ。




 吸血鬼の女の子と人狼の男の子の小さな恋は、月光の中で今始まったばかり。


(了)





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お月さまいくつ。 水玉猫 @mizutamaneko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ