下弦の月

 それから、一週間。

 ノートの持ち主は、わからずじまいだった。



 白い雲みたいな半分のお月さまが、朝の空に掛かっている。

 下弦の月、二十三夜のお月さまだ。


 わたしは、朝が大の苦手。

 時間ぎりぎりでジャムトーストも食べずに、家を飛び出すことだってある。今日は、そんな朝だ。

 漫画の「遅刻する食パン少女」みたいにトーストをくわえてきたら良かった。そしたら、転校生の男子と曲がり角で衝突するんだ。




 うちのクラスにも、二ヶ月前に転校してきた男子がいる。

 月里つきさと芽狼がろくんだ。

 スポーツ万能で、イケメンで気さくだから、すぐに人気者になった。

 彼を狙っている女子はたくさんいるけれど、月里くんはあんまり興味がないみたい。今のところ、だれとも付き合ってはいない。

 きっと、トーストをくわえて、彼と衝突したい女の子は、わたしも含めていっぱいいるはずだ。




 でも、ジャムトーストだったら、ベタって赤いしみが服について、血塗れみたいになる。やっぱり、ジャムトーストはやめたほうがいいんだろうな。


 わたしはトーストの妄想全開で角を曲がったけれど、だれともぶつからなかった。

 でも、サンザシの木の下に、見覚えのあるノートが置いてあった。


 ミッドナイトブルーの表紙に金色のマーカーで「交換日記」と書いてある。一週間前には、なにも書いてなかったのに。


 ドキドキしながらノートを開くと、わたしが書いて消したその下に、

 

 

  **さんは、おとといも、黒いこうもり傘を差していた。

  黒いこうもり傘に、サンザシの赤い実は、よく似合う。

  黒いこうもり傘に、サンザシの白い花も、よく似合う。



 と、表紙の文字と同じ筆跡で書いてあった。


 やっぱり、**さんは、わたしのことだ。おとといは一日中雨降りで、学校の行きも帰りも、こうもり傘を差していたもの。




「おはよう、小夜」

 クラスメートの山野有希ちゃんが声をかけてきた。あわててノートを閉じてスクールバッグに突っ込んだ。

「おはよう、有希ちゃん」

「なに、今のノート?」

「なんでもない」

「今日、テストだもんね。数学のノート?」

「う、うん」


 有希ちゃんと話していても、バッグの中のノートが気になって、ほとんど上の空だった。もちろん、テストも上の空で、さんざんだ。

 学校にいる間は、ミッドナイトブルーのノートを一度もバッグから出して見なかった。

 クラスの中にこのノート—— 交換日記—— を書いただれかがいると思っただけで、心臓が破裂しそうだった。





 走って家に帰ると、何度も下書きを書いて練習してから、交換日記に清書した。



  赤くても、ガーリックの入っているトマトのパスタは苦手。

  入っていなければ、まあまあいいけど。 

  シルバーのブローチやペンダントは、きらい。

  だから、お誕生日のプレゼントは、黒いこうもり傘。


 

 書き終わったときは真夜中をとっくに過ぎて、窓から半分のお月さまが、交換日記とわたしを照らしていた。




 翌朝、サンザシの木の陰に、交換日記をそっと置いた。

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