第21話 バケモノの討伐

 眠っていた悪魔が覚醒を知らせるために咆哮を轟かせる。びりびりと伝わるその存在感に、四人は圧倒され立ち尽くしていた。

地に住まう者ゲーノモス〟が動きだしたことはすぐにわかった。人間がどんな手を使って起こしたのかは謎だが、幸いまだ遠くの方。これだけの距離があれば逃げることは可能だった。

 逃げようと一歩後ろに下がったカエデ。それを見たケンシロウとユウも逃げようとする。だがルイは近くの木に登り始めた。森を見渡せる高さまで来ると目を見開き、〝地に住まう者ゲーノモス〟のいる方向を見つめる。


「何やってんのよ、ルイ! 悠長なことしてたら逃げらんなくなるわよ!」

「逃げちゃだめだ!」


 カエデの言葉に難色を示すルイは地面に降りる。


「逃げちゃだめってどういうこと?」

「俺たちはあのバケモンと戦わなきゃいけないってことだ」


 説明になっていないルイの言葉に三人は首を傾げる。


「っとにあいつら、やってくれるぜ」


 険しい表情を浮かべながらルイは背負っていた荷物をおろす。


「あいつらはゆっくりと移動している。真ん中に向かってな。この国の真ん中には何がある」


 ルイに問われ、カエデとユウは互いに顔を見合わせる。一息の間が空いて理解した二人は驚いた表情で声をそろえた。


「リビリー!」

「そ。あれがリビリーで暴れたらどうなる。大混乱どころじゃねぇ。間違いなく死者が出るぞ」


 低く唸る声に女子二人の背筋が凍る。ルイは覚悟を決めたように狐面を正面に持ってきて顔を隠した。


「で、でも、うちらがやることじゃなくない? 国兵たちに任せて――」

「無理ッスよ。少なくとも、現実的ではない」


 ケンシロウにばっさりと切られ、カエデは頬を膨らませる。


「なんでよ!」

「理由はいくつかあるけど、まずリビリーまで帰って報告している時間がないッス。国兵らに知らせるためにもあのバケモノを足止めする必要がある。そんでなにより……」


 ケンシロウの視線がユウに移る。


「とりあえず、荷物はユウに任せた。ケンは俺と一緒に来い」


 ルイが仕切り直すように少し声のトーンをあげて指示を出し始めた。


「う、うちは?」


 両手を握りしめながら訊くカエデ。自分も戦えるというつもりだろうが、その手は震えていて、やせ我慢であることは見え見えだった。


「お前はユウを守りつつ、できるなら俺たちの援護に回れ。なるべく遠距離から、ヤツの視界に入らないようなところから攻撃しろ」


 言いながらぐるぐると腕を回し、軽く体をほぐし始めた。


「っしゃー行くぞー、ケン」


 間の抜けた締まりのない号令に、ケンシロウも「おー!」と楽しげに返しながら二人で森の奥に消えていった。カエデは荷物を持ち、ユウの手を引く。


「ユウちゃん、うちらはとりあえず安全な場所に行きましょ」


 カエデとユウの視界から完全に消えたことを振り向いて確認したケンシロウは、今まで作っていた笑みを崩し無表情に変えた。


「言ってやってもよかったじゃないッスか」

「なにがだよ」

ユウおまえのせいだって」


 ああ、とルイの笑みもすぐに崩れる。


「お前、普段は優しいくせに突然毒吐くよな」

「だってホントのことじゃないッスか。ユウちゃんが大人しく帰ってれば人間の警察がこっちにくることはなかった。ただのワガママでこんな大事おおごとになってるんじゃないッスか」


 ルイは真っ直ぐ〝地に住まう者ゲーノモス〟を見つめる。まだ距離はだいぶ遠い。


「ユウの目的はなんとなく見当がついてる。さりげなくかわして早めに人間世界に帰すよ」


 ルイの方を向かずとも感じる冷徹な気配に、ケンシロウは苦笑いを浮かべる。

 〝地に住まう者ゲーノモス〟との距離が四百メートルにまで迫ったところで二人は足を止めた。


「ケン、こっから攻撃できるか?」

「できないことはないッスけど、ダメージが入るかどうかはわかんないッスよ」

「意識がこっちに向けば構わねぇ」


 ルイは腰につけていた日本刀を抜き、重心を落として構えた。ケンシロウは両手を前後に広げ、詠唱する。


旋風ウェルテクスアルクス


 静かに弓矢が出現し、それを握りしめる。標的に狙いを定めるが、まだ放たない。


「第二位階・暴風プロケッラ


 ケンシロウの辺りに猛烈な風が吹き、その勢いで弓矢を飛ばす。たった一本の細い矢だが周りの草木を巻き込み、まるで竜巻のように〝地に住まう者ゲーノモス〟の右脇腹付近を直撃した。

 〝地に住まう者ゲーノモス〟の叫びとともに巨体が大きく揺らぐ。その様子にルイは口笛を吹く。


「ヒュー、いいねぇ。さすがじゃん」

「でも倒れないッスね。なかなかの頑丈さッス」

「足止めにはなったし。ほら、こっち向いてるぜ」


 ゆっくりと向きを変え攻撃してきた主を探す〝地に住まう者ゲーノモス〟を指さしながら、ルイは舌なめずりをする。


「行けっかな? 俺は」

「もしかしてヤコの力を使わずに戦うつもりッスか? ボクが主力なんはさすがに厳しいッスよ」

「ヤコの力はなるべく使いたくない。まあ、最終手段としてとっておくよ」


 ルイが二本の木の幹を蹴って高く飛びあがった。一気に最高到達点までたどり着いた瞬発力にケンシロウが驚く暇もなく、ルイは攻撃体勢に入る。木々より頭一つ出たルイは目いっぱい体をしならせる。目標をその眼で捉えると、力任せに両腕を振り下ろした。手に持っていた刀が空を切り、斬撃となって〝地に住まう者ゲーノモス〟に降りかかる。

 仮にも戦闘祭バトルフェス本選の常連で名前も知られている。神様たちの力がなかったとしても無力になるわけでもなく、そこらより実力は確かだ。

 木の枝に着地しようとするルイを見つけ、〝地に住まう者ゲーノモス〟が反撃に出る。


『グオォォォォ!!』


 咆哮とともに強い風が吹き荒れ、ルイを吹き飛ばす。


「とわっ!」


 咄嗟に近くの木の枝にしがみつき堪えながら額の汗を拭う。


「ふぃー、やっぱ強ぇな」

「ルイ、大丈夫ッスか!?」


 慌ててケンシロウが駆け寄ってきた。


「俺より自分の心配してな! ほら、来るぞ!」


 先ほどのケンシロウとルイの攻撃で見晴らしが良くなったことで〝地に住まう者ゲーノモス〟は瞬時に二人を見つけ、攻撃体勢に入った。

 背中に負ぶった森の中から太いつるを伸ばし、二人に襲い掛かる。二人はそれらを右に左にかわしながら、一気に〝地に住まう者ゲーノモス〟との距離を詰める。


向日葵ヘーリアンテス!」


 ケンシロウが手のひらを向けるとそこから黄色いビームが飛び出し、〝地に住まう者ゲーノモス〟の顔を攻撃する。視界を遮ったところでルイが飛び出し、腹部を切り裂いた。

 分厚い皮が破け、鮮血がほとばしる。小さく呻きをあげるが、それでも倒れるまでには至らない。


薔薇ロサグラディウス


 ケンシロウが薔薇でできた剣を〝地に住まう者ゲーノモス〟の胸に突き刺す。


「ッ!?」


 剣先が少し埋まっただけで血すら見せない。あまりの硬さに動きを止める。


「ケン! 避けろ!」


 ルイの言葉ではっとしたと同時に、太いつるがケンシロウの頭を直撃する。鈍い痛みに視界が揺らぎ、思わず膝をついた。

 ケンシロウに向いている意識をどうにかこちらに向けるために、ルイが体を張って〝地に住まう者ゲーノモス〟の正面に立ちふさがった。

 刀で〝地に住まう者ゲーノモス〟の鼻先を突く。深くは刺さらなかったものの、意識をルイに向けるには十分だった。

 怒った〝地に住まう者ゲーノモス〟が足踏みをし、ルイたちを踏みつぶそうとする。


「おい、寝てる暇ねぇぞ! 自分の身は自分で守れ!」

「わ、わかってるッスよ!」


 〝地に住まう者ゲーノモス〟から一旦距離を置きたい二人だったが簡単に見逃してくれるわけもなく、執拗に追いかけられていた。追いかけられながら隙を見て攻撃するルイを制止させようとするケンシロウ。


「攻撃やめなきゃ、タゲがずっとこっち向くッスよ!」

「だから攻撃してんだろ、バカ! リビリーに行かせるわけにも、ユウたちの方に向かわすわけにもいかない。ここで俺らが食い止めるしかねぇんだ! 腹くくれ!」


 ここから北に向かえばリビリーが、東に向かえばユウとカエデがいる。なるべく南西方向に移動し、〝地に住まう者ゲーノモス〟による被害を最小限に抑えるというのがルイの算段だった。

 息つく間もなく逃げ回る二人に勝機は見えない。体力も消耗していき、思考が鈍るのを感じていた。

 妖力で生み出したただの剣では歯が立たないことを知ったケンシロウは、一発目に打った弓矢で攻撃をしたかった。だが距離をとる暇もなければ弓矢を形成している時間もない。

 ただの弓矢であればさほど体力も集中力も使わない。だが先ほどの『第二位階』というものは形成型妖術に付け加えた強化型妖術。誰もが簡単にできるわけもなく、消耗する妖力値も集中力も並大抵ではない。

 〝地に住まう者ゲーノモス〟の前足でケンシロウが宙を舞う。


「ケン!」


 友のピンチに気づき、ルイも思わず足を止めた。ケンシロウは血だるまになり倒れている。助けようとするが〝地に住まう者ゲーノモス〟が先に口で咥える。そしてその体躯をへし折ろうとあごに力を込めた。

 強い風が吹き抜け、〝地に住まう者ゲーノモス〟が雄たけびをあげながらケンシロウを落とした。〝地に住まう者ゲーノモス〟の首に一本の赤い線が入り、血を滲ませる。そして落ちたケンシロウを抱えながら、片手で日本刀を構えるルイ。ずれた狐面から見えた瞳は黄色がかり、憤りに満ちていた。

 ケンシロウをゆっくりと下ろすと災厄のバケモノに向かって叫ぶ。


『舐めるなよ、バケモノが! 次はこのが相手をしてやるッ!』

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