第17話 濃くなる霧

 ゆっくりと静かに、再びこちらに向かって接近し始めた。


「背中を向けず、正面を向きながら下がれ。あいつは俺が見てるから」


 そう言い放ち、立ち上がろうとしたが、力を入れても全く動かない。まるで自分が銅像のように、俯せのまま。動けない事への焦りが僕を襲う。

 異変に気づいたのか、すぐにラスが僕を片手を掴み、後方へと吹き飛ばした。同時に、急接近した敵は右手に持っていた短剣で、ラスを切りつけた。と思ったが間一髪、イズの超スピードが間に合い、攻撃を受け止めた。


「大丈夫か、ラス」

「あぁ、助かった」


 甲高い音が鳴った短剣で弾き、2、3と連続した速い攻撃で仕返した。しかし、相手もイズと同じくらい速く、攻撃を全て避けきっていた。そして、一度敵は後ろの方へ引いていった。

 そのタイミングで、ラスもマナヒアの方へ下がり、態勢を整え、それぞれに指示を出した。


「イズとハラマの二人がかりで敵を討伐、俺とスーアクはカルマの守りに集中する!いいな?」


 2人とも「了解!!」と返事を送り、前線へ行った。

 スーアクとラスがそばに来て、防御態勢に入る。それと同時に、僕の身に何が起きているのかをラスが軽く説明し始めた。


「カルマ。お前、奴の目を見たりしたか?」

「姿を現してじっと見てたら、青い光が見えて…」

「恐らく……、いや、その時だな。お前さん、今奴の特殊効果にかかってる状態だ」

「え……。特殊効果…?」

「そうだ。奴には色々と面倒な特性というか、特殊効果というか、まぁそういうのがある。その特殊効果というは行動不能だ。だから、動けないのはそういうことだ」


 動けないのなら、解けるまで待つしかない。動けるまで、どのくらい掛かるかは分からないため、じっと観戦するしかなかった。



 イズ達の攻撃や相手の行動が素早く、素人同然の僕が理解できるものではない。

 しかし、唯一分かることは二人がかりで攻撃しているので、流石に相手も対応できなくなっていった。岩がぶつかったような強い衝撃が発生し、その瞬間敵は後方へと吹っ飛ばされた。体勢から見て、攻撃をしたのはイズである。

 周囲の霧と砂埃で見にくいが、敵は右腕を失ってた。


「くそっ!身体ごと切るつもりだったが、駄目だったか……」

「いや、そんなことはない。確実にこちらが有利になっている。しかし、問題は次だな…」


 イズとハラマは何やら話をしている。僕とイズ達との距離は少し離れているため、細かい事は分からない。しかし、微かに聞こえたのは、『問題』という部分のところだった。




 時間が経っても敵の姿が現れない。イズ達の姿も霧の中に入ったのか、いつの間にか見えなくなっていた。すぐにその異変に気づいたラスは一声かける。

「俺のこと、見えるか?」と。すぐに答えたら、「武器を持て」と指示が出された。

僕の体は動かないんじゃ……と思ったが、『行動不能』から開放され、体を自由に動かすことが出来た。


 しかし安心するような時間はない。周囲の霧が濃くなっている気がする。いや、確実に濃くなっている。これが原因で、イズ達や敵が見えないのだと理解した。


 すかさず武器を取り出し、奇襲をかけられてもいいように構えた。緊迫した状況なのか、耳がやけに冴えている。ふと、思った。気配が感じなくなった。霧が濃くなる前は威圧感が感じられた。しかし、今はまるで最初からなかったように、スッと気配が消えたのだ。こんな不気味なのは、今までに感じたことがない。

 すると急に、物音が激しくなった。敵の猛攻撃だと思われる。先程よりも攻撃する速さが上がった気がした。


 瞬きせず、じっと状況を整理しながら構えていた。基本的に正面を向いているが、時々左右を気にして視線を向ける。そんな事をしても、敵が見えるはずはないが。そのとき、ラスと目があった。状況を整理している事に気づいたラスは、「考えを話してみな」と言った。続けて「敵なら見てるから」と。


 そう言われても目を離せない状況なのは変わらないため、簡潔に伝えた。


・敵の気配が感じにくくなった

・霧の影響なのか、身体的の強化がされてる


「そうだな、俺と同じ意見だ。そしたら次だ。この濃い霧を解く方法は何だと思う?」


 言葉が喉から出ていかない。敵の姿を捉えて解く方法を考えたいが、濃い霧のせいで困難である。濃い霧が発生した理由が分からないのに、それを解く方法なんて尚更だ。考えれば考えるほど、分からなくなる。


「恐らくだが、奴は腕を切断されたときに吹っ飛ばされたよな。その直後に何か仕掛けたとすれば、」


そこまでの説明で、ハッと閃く。


「もしかして、魔法か何かを使ったってこと?」

「あぁ、恐らくな。だが、奴は一言も喋ってる様子はなかった。少なくとも詠唱はしていない」


 言われてみれば、確かに敵は一言も発していない。だとしたら、どうやって魔法を発動させたのか。

『腕の切断で魔法が発動し、濃い霧が発生した。喋らずに。』

 無詠唱の場合だったら、最初から使えばよかったはずだ。しかしそれをせず、剣で戦っていた。そう考えると、無詠唱はありえない。そうなると、最初から、そうなってもいいように事前に仕込まれていた、という事なのか。

 そこで僕は気づいた。


「つまり、腕を切断された時、濃い霧が発生する魔法が事前に用意されていたという事?」

「うん、そうだな。俺もそう思っている。それなら、この状況にも説明がつくな。スーアク、今のを聞いてどう思う?」


話のバトンがスーアクに渡される。


「腕に秘密があるんじゃないか?腕で開始して、腕で終了とか」


 単純な回答であった。確かに発動自体は腕である必要はない。腕で発動したという事は……。


 その時、2つの黒い影がこちらの方へ、徐々に迫ってきた。イズとハラマだ。2人の状態を見ると、全身が切り刻まれていて、イズに関しては左腕を失っていた。


「すまない、ラス。片腕を失って」

「俺もだ、簡単にやられて、、」


 不利の状況でも片腕は取った。しかし、依然としてこちらが不利なのは変わらない。

 僕は戦力外として、スーアクは相手と相性が悪すぎる。ラスも片腕を失っている。


「2人とも、よくやった。今回のは強さが別格だ。この状況で生きてるだけ、運が良いだろう」  


 ラスが急に動き出した。ラスが戦闘の準備をし始めた。残っている実力者はラスだけだが、片腕1本で対抗できる相手ではない。ラスが弱いとは全く思っていない。しかし、この状況下で勝利の場面が見えるとも思えなかったのだ。

 不安な感情を抱く僕に、ラスはこう言った。


「あとは任せろ」と。


 手斧を持ち、霧の中に消えていった。

 すぐさま敵の猛攻撃が始まった。しかも、先程よりも明らかに速い攻撃だった。視界は見えないままだが、刃物同士がぶつかり、甲高い音は絶え間なく鳴り響いた。


 はっきりは見えないが、一つの影がその場に留まっているように見えた。その影がラスかは分からないが、一瞬だけ揺れた気がした。その直後、何かがこちらの方へ吹っ飛んできた。骨でできた足。見た瞬間理解した。あの影は敵だということに。ラスは、ずっと攻撃し続けていたのだ。

 影が止まっているように見えるのは、敵が動けなくなっていたと理解した。無限に続くかと思うほどの連続の攻撃と速すぎる攻撃で、敵は防御に徹するしか無かったのだ。



 目を凝らしてみると、斧から微かに光のようなものを帯びている。そして、その光が下に移動した。同時に地響きのような大きな音がなり、何かが砕けた音が聞こえた。

 すると、霧が晴れていき、ラスの様子も見えた。そこには腕と胴体が切断された敵が横たわっている。切られた腕には魔法陣らしきものが薄く光っていた。



 敵はピクリとも動かない。その様子から、死んだと考えていいだろう。僕はしばらく何も喋らず、ただ呆然としていた。改めて振り返ってみると、敵のヤバさを痛感した時間だった。


「カルマ、ちょっとこいつの両腕と足を持っといてくれ」


 ラスに呼ばれて行ってみると、切られた敵の腕を持っていた。死んだ敵はそのまま放置するのではと思った。


「こいつは、ちょっと特別でな。放置しておくわけにはいかないんだ」

「確かに、腕には魔法陣があって、他のモンスターとはわけが違うけど」

「まっ、詳しくは帰ってからだ。まだ、試練は終わってないんだからな」


 ラスは敵の切断された胴体を片腕で背負って、スーアクがイズを背負っていた。僕は、マナヒアの樹液、両腕と足一本を持った。

 休むことなく、すぐにこの場を去った。

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死ねない転生者 魁羅 @apple4KT

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