第6話ただいま、千尋の国ゾアン②

 そもそも半獣が王になることがおかしい。



 アスラは人間と狼族の獣人の間に生まれた半獣だ。棕櫚の葉で編まれた籠に入れられてツィウェル川をどんぶらこと流れていたのを、拾われたと聞く。

 幸運だったのは、拾った獣人が先代の獣王の寵姫だったことだ。必然的に、育ての親と共にアスラもまた獣王に仕える身となる。それ相応の環境で育てられ、やがてアスラは戦士としての頭角を表した。半獣であり雌ではあったが、狼族特有の軽い身のこなし。鋭い爪や大熊をも片手で持ち上げるほどの怪力で並の獣人の追随を許さない。

 黙っていても将来は族長か、あるいは王の側近に選ばれると誰もが認める実力者だった——が、獣人族を統べる王となれば話は別だ。

 数千年以上続く獣人族の歴史の中で、半獣が王になった例はない。

 人間と子を成す物好きな獣人は稀で、絶対数が少ないせいでもあるが、半獣はいわゆる純血種の獣人よりも膂力で劣る傾向にあるためだ。世界樹を守る使命を担う獣王に求められるのは、第一に力だ。人望でも知略でもない。屈強な獣人達を統べる力こそが絶対条件だった。

 その点、アスラは獣人族でも屈指の実力者なので一見不足はないと思われる。が、屈指ではあっても『随一』ではない。おまけに獣王城で育ったため生まれにあたるはずの狼族との繋がりは希薄。その上狼族は五年前に水妖によって壊滅寸前にまで追い込まれている。襲撃に居合わせたはずのアスラが、何故一人だけ生き残ったのか。水妖とのつながりを疑う者は大勢いる。

 本来ならば候補にも挙がらない立場のアスラが、獣王の座に就いたのは、ひとえに先代の獣王ゼノのせいだ。不治の病で己の死期を悟ったゼノは、最も次期獣王に相応しい息子を遠征の名目でていよく追い出し、その隙にアスラに『水門の鍵』を託してしまったのだ。北の海と通じる大河は世界樹を潤す水源。その大河の水門を司る鍵こそ、代々の獣王が守ってきた王の証だ。次期獣王はアスラだと宣言したようなものだった。

 先代獣王ゼノが何を思って半獣を次期獣王と定めたのか、その遺志を知る者はいない。重篤な病であったことを差し引いても突然の崩御だった。

 喪が明けるなりアスラは獣王就任を宣言。意を唱える者は次々と新獣王に挑んだ。力のない王ならばすぐさま引きずり下ろす算段だった。その全てをアスラは受けて立ち、退けた。

 かくして史上初、半獣が獣人族の頂点に君臨した。代々の獣王を輩出してきた獅子族として、これほどの屈辱はない。純血の狼や猪ならばまだしも、半分しか獣人の血をひいていない混じり者に、誉れ高き獣王の座を奪われるなど、あってはならない過ち——

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