二章 祝賀パーティー④

「ユスティネ王女殿でん、並びにご当主様のご入場です」

 入場者達の最後に名前を呼ばれ、広間に続く階段の前に立つと、おどろいたような顔の一同がよくわたせた。

 周知していたとはいえ本当に登場するのか疑っていた者も多いらしい。たいな王女が初めて姿を見せた事、それも仲が悪いはずの領主からエスコートを受けていつしよに入場した事。それにわたしの着ているドレスのデザインも会場中の驚きにふくまれているように見えた。

(やっぱり注目を集める事になったわね。ここからが勝負よ)

 高いてんじようから垂れ下がった照明は、王都では貴重なせきの力をしみなく使い光りかがやいている。青と銀の色を基調にかざりつけられ、美しく照らされた会場はたいさながらのはなやかさだ。

 全員から受けるまなしをものともせず堂々と階段を下りていく。まるでこの場の主人公かのように胸を張り、優美に微笑ほほえんでみせた。

 ほぅ、と若い世代の出席者からかんたんにも似たいきが漏れる。会場のふんこんわくからしようけいに変わり、だいかんげいへと移っていった。

 わたしは思わずとなりのリュークにどうだとばかりに微笑んだ。

「始まったばかりでかれていると足をすくわれますよ」

 うむむ、相変わらず手厳しい。

「転げ落ちそうになったらあなたが支えてちょうだい。今日はパートナーでしょ?」

「でしたらご自身もパートナーとして相応ふさわしい行動をお願いします」

 しっかりくぎされてしまった。

 会場のかたすみでは年配のじゆうちん達がわずかにまゆをひそめているが、その程度は予想のはん内。悪くないすべり出しだ。

 リュークのあいさつが終わると、いよいよ本格的にパーティーが始まった。

「初めましてユスティネ王女殿下。お目に掛かれて光栄です」

 かんぱいが済むと少しずつ人が集まってきては挨拶をしてくれる。

「以前遠目から拝見した事はありましたが、これほど美しい方だとは」

「ええ、本当に。それにお召しになっているドレスはどちらのこうぼうのものでしょうか。本当にてきです」

「ありがとう、みなさん。こちらこそこうしてお会いする事が出来てうれしいわ」

 にこやかに受け答えしているうちに彼らのけいかいしんもほぐれ、親しみを持ちはじめてくれたように思う。

 口々に褒めたたえてくれるのはやはり同じような年代の若い人達が多い。

「それにしてもリューク様がとしごろの女性をエスコートするのを初めて見ましたわ。お二人ともとてもお似合いでうっとりしてしまいました」

 これは明らかにお世辞だろうが、いつしゆん返しに困ってしまった。

(しぶしぶ保留にしてくれたけど、リュークはいまだにわたしが残る事に反対してるのよね。こいびととの間に立ちはだかるじやものとして追いはらわれないのは良かったけど……)

 ちなみに今、リュークは少しはなれた場所にいる。おたがい挨拶をしたいとめ掛ける相手が多いので、なんとなくきよが空いてしまったのだ。別にわたしが彼にきらわれているとか、そういうことではない。たぶん。

 少し遠い場所にいる彼を目で追った。

 人々に取り囲まれていても、目を引くようぼうのせいだろうか、すぐに発見できてしまう。

 普段かられいな顔だなと思っていたが盛装してかんぺきに仕上げた姿は本当に眼福ものだ。遠目から見ても仕草や立ち居いに品があり、他の人達とはふんちがう。

(これであの冷たい目と無愛想がなければ、どこかの王子と言っても通用しそう)

 つい、長く見過ぎたせいか目が合ってしまう。

 内心のどうようを押しかくし、周囲につどう有力者を前にどうだと言わんばかりの視線を投げかけると、リュークは「まだパーティーは終わってませんよ」とでも言いたげに素っ気なく視線をらしただけだった。

(だから、そういうところよ!)

 全くサービス精神のない婚約者(候補)を不満に思う。いや、それでも出席を許可してくれただけでも良しとするべきなのか……。

 そんな風にほかの事を考えているうちに、ついに表立ってドレスを批判してくる者が現れた。

「本当にこの場でお会いできて幸運でしたよ。ですが、そのドレスは……」

 いかにも頭の固そうな初老の男性が少しだけあざけるようなひびきで言いかけた。

(ふふ、待っていたわ! 最後まで言わせない、先手必勝!)

「ええ、とっても素敵でしょう? リュークも素晴らしいと絶賛してくれましたの!」

 いかにもじやな様子を装ってリュークの名前を強調する。

 うそは言ってない。

 非常に淡々として本音は分からなかったが、確かに褒めはした。

「リュ、リューク様が?」

「そうですわ、ヘンドリック。あなたからもしようさんの言葉をもらったと、リュークにもしっかり伝えさせてもらうわね」

 伊達だてに王都の社交界を生きてきたわけじゃない。

 この数分の間でしっかり顔と名前を暗記している事を暗にほのめかせば、彼はもう何も言う事は出来なかった。

「まあ、リューク様が?」

「確かに伝統的なしゆうがらも入っていて、ただばつなだけのドレスとはちがいますものね」

 それまで判断を保留していた人達も、領主であるリュークが認めたと聞けば追従するように認めてきた。というか、想像以上だ。

 ねらい通り、褒められたのだとただ自分からひけらかすよりも、こういうタイミングで返す方がずっと効果的に好印象を残す。

「あー……はい、本当にらしいドレスですな、ええ」

 敗れ去ったヘンドリックは何一つ自分の言葉をしやべる事が出来ずに、すごすごと会話の輪から外れていった。

(イメージの改善をはかるっていう目標は、大体達成できたわよね。こうなってみるとドレスのアクシデントもあって良かったぐらいだわ。協力してくれたみんなには何かごほうを考えておこうっと!)

 わたしはじようげんになり笑みを浮かべた。

(目標は果たせそうだし、この調子でもう一つの目的も達成できるかもしれないわね)

 リュークは止めたが、この会場のどこかに裏切り者がいるのかもしれないのだ。

 今日ほどのチャンスはそうはないと会話のはしばしにも耳をそばだて、さらにたくさんの人々とだんしようを重ねていった。


    ● ● ●


 功績を称える祝辞も終わり、すっかりえんもたけなわとなったが結局あやしい人物は見つけられない。

 しんあんになっているせいか、なんだかだれも彼も怪しく見えているかもしれない。なにしろ王都ではスパイや裏切り者を見つけ出すのは別の誰かの仕事だった。

(うう、なんだかつかれちゃった)

 目の前の人物が嘘をついているかもしれないとさぐりながら談笑するのは思いの外神経をしようもうする。

 そう思うと十六歳からたった一人領主として上に立ち、年配の有力者達を立て、領民や使用人達の不満を解消し、なおつこうしている今も裏切り者を見つけようとしているなんてリュークはちようじんではないだろうか?

(うーん、これは……なにかわたしも役に立つところを見せなければとても領主夫人にはしてもらえないわね。お兄様達にはこうなんてしたら今以上にやる事が増えて大変になるぞとおどかされていたけれど、単なる脅しではなかったのかも)

 立場が違えばすべき事も違う。

 こんやくさせないようにとばかり考えていたけれど、本気で領主夫人となるのならばお客様気分は捨て、別の視点も持つべきかもしれない。

 そんな事を考えていると背の小さな、せぎすで神経質そうな中年男性が近づいて来た。

「これはユスティネ王女殿でん、お目にかれて光栄です」

「ごげんよう、モンドリアはくしやく

 モンドリア伯爵はフローチェじようの父親だ。

 長年領主の一族とは付き合いが深く、広大な領土内の業務をいくつか共同で行ったり、場合によっては一任されているという。先代領主がくなりたった一人になったリュークをしており、その発言は重い。

(バルテリンク周辺に住む数少ない貴族。年回りの近いフローチェとのけつこんをリュークにしんしていたというけど……)

 モンドリア伯爵からはあいの良さとは裏腹に腹に一物ありそうな印象を受ける。どこかいんぎん無礼で、それでいててきされるほどの失礼な態度はとらない。彼のかみひとみの色と同じ、どっちつかずの灰色の態度だった。

「今日は素晴らしい衣装ですね。お美しい王女殿下によくお似合いだ。せいしゆうが実に見事ですなあ」

 今日のわたしを見てフリルやレースにいつさいげんきゆうせずにめてきたのは伯爵が初めてだ。実に見事に無視してきている。それだけでも彼の本音が分かった。

「ところでユスティネ王女様にお会いするのは、当主の間での婚約解消さわぎ以来ですな。あの時は本当におどろきました。リューク様が後できつくかんこうれいいたので、うわさする者はいませんがね」

 伯爵は声を一段低くしてそっとささやいてきた。

 なるほど、もっと噂になるかと思いきや誰にも言われないと思っていたらリュークが口止めをしてくれていたらしい。

「しかし私は分からんのですよ。あのまま王都に帰られた方がずっと良かったのではないのかと……」

「それはないわ。わたしは帰らなくて正解だったのよ」

 未来を見てきた実体験から自信満々に言い切った。

 そこまで迷いなく言い返されるとは思っていなかったのか、伯爵はわずかにたじろいだ。

 ふん、こっちはおくそくどころじゃなくこの先を知っているのだ。

「……いや、かんちがいしないで頂きたい。これはじゆんすいな親切心で言っているのですよ。王女殿下はここにいても受け入れられることはない」

「え?」

貴方あなた様も気がついているでしょう? ここは仲間内の結束が本当に固いのです。そしてその分、外部の者には心を許さない。そういう下地があるのですよ。よそ者の貴方は何年っても受け入れられません……この私のように」

 伯爵はぎやく的なみをかべた。

 確かによそ者に対してはい的という話はリュークからも言われている。

「おせつかいは承知のうえですがね。王女殿下はまだ若いのだし、そのぼうでいらっしゃる。わざわざ苦労なさらなくても、いくらでも結婚相手は選べるでしょう。短気を起こさずもう一度よくお考え下さい。今ならまだ間に合う」

「……ご忠告ありがとう」

 こうていも否定もせずに返すと、伯爵はすぐに立ち去っていった。



  ◆ ◆ ◆


続きは本編でお楽しみください。

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傲慢王女でしたが心を入れ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん 葵 れん/角川ビーンズ文庫 @beans

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