二章 祝賀パーティー②

 翌朝。

「大変ですユスティネ様! 用意していたドレスが……!」

 そんなアンの悲痛な声で目を覚ますと、用意していたドレスはワインか何かをかけられたらしく、シミがついて着られない状態になっていた。しかもごていねいにも王都から持ってきた手持ちのドレスまでがほとんどダメになっている。

 とてもではないが今夜のパーティーに着ていけない。

「なんてこと! 一体だれがこんな事をしたのよ!」

 メイド達を呼び出したアンは問いめた。

 しかし当然誰も名乗り出たりはしない。

「だって仕方ないじゃないですか。朝起きてチェックした時にはもうこんな状態だったんですもん」

 メイド達の中でも特にわたしと折り合いの悪い、リーダー格のナナが不服気に口をとがらせた。

「ああもう、こんな時になんてこと!」

 わたしは思わず天をあおいでうめいた。

(ううん、こんな時だからこそかしら。わたしにダメージをあたえたいなら絶好のタイミングだものね)

 わたしが出席を決めたのはたった三日前。

 すみやかにこんな事をけてくるだなんて、実行犯は内部の人間かもしれない。

「ユスティネ様、こんなのあんまりです! じよ長に報告しましょう!」

「待って、アン」

 その手を取って制止する。

 言いつけるのは簡単だが、事はそう単純ではない。

「ユスティネ様……?」

 確かに侍女長に報告すればどこからか新しいドレスを調達し、パーティーに問題なく出席できるよう上手うまく取り計らってくれるだろう。彼女はそれができる立場の人間だ。しかし……。

「ねぇ、衣装部屋の管理をしていたのはあなた達よね?」

 わたしは気軽な様子を装いながら聞いた。

「そ、そうですけどぉ……」

「言っておきますけど、本当に私達がやったんじゃありませんからね」

 ごにょごにょと言い訳がましくうなずきあっている。

「わたしはよく知らないから教えて欲しいんだけど、衣装部屋の出入りはあなた達以外、誰にでも出来るものなの?」

 ナナは鹿にしたように笑った。

「まさか! じようもしてありますし、何より奥にある部屋ですから外部の人間はまず無理ですよ。用もなく誰かがうろつけばすぐに気がつきますからね」

 ふふんとえらそうにしているが、おバカなのはナナの方だ。

(という事はますますメイド達があやしいじゃない)

 この中に実行犯がいるのだろうか? 一番怪しいのは当番のナナ達だが……。

「施錠してるっていばってるけど、ナナ、今朝もきゆうけい室にかぎ置きっぱなしだったよぉ?」

「しっ! その事はないしよにしてって言ったでしょ!」

(……これ以上の推理は無理そうね)

 それにしても彼女達にはあまり反省の色がないようなのが気になった。

 ドレスが駄目になっても、侍女長か誰かに言えばなんとかなるだろう。せいぜい自分達がちょっと𠮟しかられてそれで終わりという楽観がただよっている。

 彼女達がこうものさばったのは、自分にも責任がある。

 本来ならばかげぐちを言いだした時点でしっかりと注意しなくてはならなかったのにほうっておいた。悪いうわさをばらまきこんやくに一役買ってくれる、便利な協力者ぐらいにしか思わずに無視し続けた結果がこれなのだ。

 主人失格。

 重く受け止め反省すべきで、その手始めに……。


 全力で、その鼻っ柱をへし折ることにした。


「二週間……いえ十日? 早馬でれんらくするでしょうし、もしかしたら貴重な転移ほうで連絡してくるかしら……」

 わたしはこれ見よがしにそうな顔でウロウロと歩き回った。

「……何がです? ドレスなら侍女長に言えばいいじゃないですか」

 案の定ほいほいナナがいついて来た。

「侍女長に知られたら、こんなしようは絶対に国王陛下に報告するじゃない」

「それがどうしたっていうんですか」

「王宮は、メイドがくしゃみをしたというだけの理由でむちちの上かいになるのよ。王家のけんとかこうとかがこことは比べ物にならないくらいに重いの。ナナ達は自分がやったわけではないと言ったけど、ドレスの管理をおこたっていたという理由で全員処分、当番だった子達はさらにげんばつに問われるでしょうね」

「そんな! 嘘でしょう……」

 全くの嘘ではないが、ちようはしてある。

 わたしは笑いをこらえながら悲しそうな顔でうつむいた。

「ドレスにシミを作ってしまったなんて伝えたらきっと一人や二人の首では済まないわ」

「……ほ、本当に解雇まで?」

「ううん、さらし首という意味」

「う、嘘よ!」

 そうさけびはしたものの、確証がない上にはくしんの演技でなげき悲しむわたしを見てじわじわと不安がいて来たのだろう。事態を軽く見ていたメイド達は事の重大さに気が付き、ろうばいしている。

 特に真面目まじめで心配しような侍女のシエナは真っ青な顔だ。

「なぁんてね。だいじよう、心配しないで」

 わたしはくつたくないがおでナナを安心させてあげる。

「で、ですよね!? そんなドレスくらいで……」

 ──おどしの基本はかんきゆうだ。

 ほっときんちようゆるませるナナににっこりと笑った。

「責任を取るのは管理者の仕事よ。一番重い罪を科せられるのは侍女長だろうから安心してね」

「全然安心でもなんでもないですよーっ!!」

 メイド達、とりわけナナが侍女長にあこがれ尊敬しているのを知った上で、この発言は少し意地悪だっただろうか。

「ご、ごめん……いえ、申し訳ありませんユスティネ王女様!」

 とつぜん、ナナがガバリと頭を下げた。

「私達は確かにこれまで態度も悪かったし、ドレスの管理も出来ていなかったので処分を受けても仕方ないと思います! でも、侍女長は何も悪くない、私達のせいでばつを受けるなんてさせないで下さい!」

 ……ちょっとおどろきだった。

 それまではしんあん狼狽うろたえているだけだったのに、侍女長の名前を出したたんに頭を下げてくるだなんて。『手を取り合って結束が強い』、そんな風にバルテリンク領民を評したリュークの言葉を思い出す。

(なるほど、これは確かに)

「侍女長は私が失敗ばかりだった新人のころからずっとお世話になっている恩人なんです。いつか絶対に恩返しをしようと思っていたのに、私達のせいで責められるなんて絶対にいやです。そ、そのためなら……私の処分が重くなっても構いません!」

 どうやら上司だからとむやみやたらに立てているわけでもないらしい。

(あの厳しくておかたい侍女長を、こんなにしたっているだなんてね。自分に向けられた愛情をなおに受け取れる彼女達となら、この先分かり合える日も来る気がするわ)

 メイド達の意外な一面にわたしは好感を覚えた。……が。

 それはそれ、これはこれだ。

「そうは言っても、メイド達が不祥事を起こせば責任を取るのが彼女の仕事でしょ? そしてその事はあなた達も知っていたはずじゃない」

「うううっ……!」

「侍女長は全部のドレスがれいになるまで、ずぶれになりながらシミ落としをやらされるかもしれないわね。見せしめのため、この寒空の下で何時間も。夜になってもかされず、手はあかぎれになり、血がにじんでも決して許してはもらえないのよ、ぐすっ……」

 自分で言ってて歯の根が合わなくなりそうだ。

「そ、そんな……!」

 ナナ達は半泣きになった。

(うん、まあそろそろいいかしら?)

 最悪の未来をしっかりとイメージさせたところでくるりと向きなおり、わたしはメイド達に笑顔を向けて言った。

「──だからつまり。バレなきゃいいのよ!」

「…………はぁっ!?」

 ナナを筆頭にその場の全員があんぐりと口を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る