二章 祝賀パーティー①

 一日の始まりは朝食から。

 白を基調に美しく整えられた食堂に、うららかな朝のの光が差し込んでいる。

 目の前の窓から中庭の緑が見え、鳥のさえずりまで聞こえる。その上向かいの席には目が覚めるような美形が座っているなんて限りなくさいさきが良い気がする。

いつしよに朝食を食べるなんて前回ではなかったことよね。これってものすごい進歩じゃない?)

 にこにことげんの良いわたしとは裏腹に、リュークはいつも通りの無表情だ。よくを言うならもう少しにこやかにしてもらえるとさらに良いのだが、そこまでのサービスをする気はなさそうだ。

 美術品のような優美な曲線をえがくちびるが開かれた。

「昨日申し上げた通り、安全な王都にもどるべきという私の意見は変わりません」

 ちなみにひとばらいしているので食堂にはわたしとリュークしかいない。二人しかいないはずなのにテーブルにはどう見ても四人分はありそうな食事がっている。だれが食べるのだろう、これ。

「つまり、そのりんごくに情報を流している『裏切り者』とやらがつかまれば文句ないのね?」

「簡単に言いますね。もちろんそれについては調査を始めていますし、全力をくします。しかしそれとは別に問題がもう一つ」

 自分の前に盛られたサラダからつやつやと光るトマトを選んで口に入れた。しんせんでとても美味おいしい。幸せ。

「貴方に対する周囲の評価が悪すぎます」

 幸せな気分がちょっとだけ減った。

「だからそれは……」

「関係ないとは言いましたが、正式に婚約を結ぶのであれば貴方の悪評が問題なのは変わりはありません。原因がデマだったのであれ、はっきり申し上げますが今の貴方の評判は最低中の最底辺。こんやくするのならそこら辺のパン屋のむすめとすると言った方がまだ賛成してもらえます」

 まごうことなくはっきり申し上げてきた。

「それは……不本意だけど、今までの行いを考えたら仕方ないわ。これから少しずつばんかいしてみせる」

 わたしは最近特に気に入っているジャムがちゃんと朝食の席に用意されていることに気が付いてパンを手に取った。

「バルテリンクは複数の貴族によって支えられ、身分のかきえて領民と手を取り合うことでいくつもの危機を乗り越えてきたとくしゆな地です。だからこそ結束が固くはい的でもあります。たとえ安全面が保証されたとしても彼等と上手うまくやっていけないのであれば結局貴方にとって住みやすい場所にはならないでしょう」

 本人達がりようしようすればいいって話じゃないってことだ。

(まあ、当然ね)

「モンドリアはくしやくをはじめとした貴族は王家に表立って反対しないでしょうが、特に強い支持力をもつ団長と有力者の中心人物、ボスマン家辺りに認めさせる事ができるかどうかがかぎになると思います」

 口の中にジャムの甘さが広がって頬がゆるんだ。

「そういえば、もうすぐ辺境騎士団の功績をたたえるための祝賀パーティーがあるじゃない」

 貴族や有力者、もちろん功績者である辺境騎士団も参加する大きなもよおしだったはずだ。

「ここはとも参加してれいなわたしの姿を見せつけるべきね」

「私としては出来れば欠席して頂きたいのですが」

 リュークはどこまでもわたしを追い出したいようだが、聞こえないフリをした。

「どうせならそのパーティーで裏切り者を見つけ出せないかしら」

「……なんでそうなるんですか」

 リュークが不可解そうにまゆをひそめた。

「だって領主であるリュークが、存在を知っているのにまだしっぽをつかめないって事は、相手が上手くしようを消しているって事でしょ? そんな事まつたんの人間に出来るわけないわ。それなら少なくとも今度のパーティーに出席するぐらいの身分はある相手なんじゃないかしら」

「……やはり貴方あなたは、何も考えていないわけではないようですね」

 わたしはにっこり微笑ほほえむとリュークに指をきつけた。

「注意深く、あやしい言動をするヤツがいないかさぐってやるわ。ついでにイメージの改善をはかって反対派の人達を味方につければばん解決! でしょ?」

 彼の半眼は、とても期待に胸をふくらませているようには見えなかった。

「裏切り者についてはこちらが引き受けます。下手にやつかい事に首を突っ込んで危険に身をさらすような真似まねだけはしないで下さいよ」

「ふふん、だいじようよ。わたしだもの」

 特にこんきよはなく胸を張る。

「うまくいったらこんやくてつかい! 約束よ」

 一方的に宣言すると、わたしはジャムをたっぷりったパンを再び口にほうり込んだ。リュークはまだ何か言いたそうだったが、あきらめたように息をつき、カトラリーをはしに寄せた。

 ……気が付くとあれだけあった朝食をきっちり食べ終えている。

(あ、あれ? いつの間に……)

 確かにリュークも同じように食事をしていたが、決してがっつくわけでもなく早食いをしているようでもなかったのに。

 彼はいつも通りのすずしい顔で口元をぬぐった。



 というわけで、自室に戻るなり三日後の祝賀パーティーに出席するむねようようとアンに伝えたのだが──

「そういうことはもっと早く言ってくださいよ!」

 アンに思い切りおこられた。しゅん。

「でも、当日言うよりいいでしょう?」

「あったり前です! もう、どこから手を付けましょう? とにかくおおやけの場に初めてユスティネ様が登場されるのですからかんぺきに仕上げなくては……!」

 なんだかんだ言ってわたしが少しでも良く見えるようにけんめいにコーディネートを考えてくれている。

「えへへぇ。ありがとう、アン」

 一緒にブルの街に行ってから、以前よりアンと親密になった気がする。

「本当にそう思うなら次からはもっと早く言って下さいね! せっかく素材がいいのにもつたいない……い、いえ別に!」

 そんな調子であわただしく準備が始まったが、ドレスも宝石もくつも厳選されたものを持ってきているのでさほど困る事はないだろうと思っていた。しかし……。

「甘い! 甘いですユスティネ様! 今からでもドレスを新調しましょう! 今からフルオーダーは時間的に無理ですが、とにかく最新のドレスを持ってこさせます」

「ええ? ドレスならたくさんあるじゃない」

です!」

 アンはわたしが持ってきたドレスの数々をちらりと見ただけで一刀両断した。

「確かにてきな仕立てなのは認めますが、フリルやレースがメインのうすのドレスは王都の流行ではないですか。今回はバルテリンクのおえらがたに認められるのが目的なのですよね? でしたら断然、こちらで古くから受けがれているしゆうをメインにしたそうしよくのドレスを着るべきです」

「ええ!? うそでしょう、このレースのせいこうさが分からないの? それにフリルだって通常のものとは全然ちがう……」

「はいはい。とにかく有力者の方々に認められるにはこちらのりゆうにするのが一番ですよ。間違いありません」

 むう。

(しかしまあ、そこまでアンが言うなら、その通りにしてもいいかなあ? 何を着たってわたしは可愛かわいいんだし、うん)

 考えてみればだんとは違うお洒落しやれをしてみるのも、それはそれで楽しそうだ。

「それじゃあ当日のしよう選びはアンにお願いしてもいいかしら? わたしはこちらのドレスのことはよく分からないし」

「ええ、お任せ下さい。必ずやパーティーで一番注目を集めるような装いを考えてみせますから!」

 たのもしい返事を聞いたわたしは安心して寝なおすことにした。

 その日のうちに、さつそく仕立て屋がきて、わたしはアンやほかの若いメイド達の着せえ人形になった。

 頭からつま先まで採寸されてはり広げられるドレスの品評会にへとへとになったが、アンがとても満足気だったのでよしとする。

「見て下さい、ユスティネ様!」

 翌々日の夕方に持ってこられたドレスは確かに素敵なえだった。わたしの体形に合うように仕上げられ、みつな刺繍がふんだんに入っている。

「へえ? いいじゃない」

「うふふ、明日あしたが楽しみですね」

 ──そう笑いあったわたし達は、まさか次の日に事件が起こるとは思いもしなかった。

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