第8話
夕暮れに染まる街を眺めながらレイハンの言葉に耳を傾ける
「お嬢様は覚えておいでですか?あの日の事を」
「あの日...えぇ...うっすらとなら、でもあれは夢なのかもわからないわ」
「あれは現実でございます、この地を去ることを決意したあのお方の最後の言葉だったのです」
あれは満月の夜の事だった。
私がいつもの様に二人の行っていた魔法研究の記録が記された羊皮紙を整理していた時の事。
「レイハン、少しいいかしら、大事な話があります」
いつもは妖艶な笑みを絶やさないスカーレット様がその時だけは優しい表情をしていましたですがその優しい顔にはどこか寂しさが滲んでおり、異様な姿を目にした私は底知れぬ不安に駆られました。
スカーレットは窓を開け街を眺める。
かつては様々な種族が手を取り合っていたが今は廃墟の都市を悲しげに眺める。
ブロンドの髪風に揺られ星のような輝きを見せ夜の闇に深紅の瞳は輝きを強くする。
「マナに...別れの言葉を告げてきたわ」
「そのようなこと...何かございましたか?」
「もう決心はついたわ、マナの事よろしく頼むわね」
私にはその言葉の真意は掴めませんでした。
あの方は私にすべてを話してくださいました...
「レイハン....私はあの子の実の母親なのよ、あの娘を救う為とはいえ吸血鬼の道を歩ませてしまった...後悔はしてないわ、過ごした日々は楽しかったもの....でも時折思うの、あの子にはもっと別の生き方をしてほしかったと...」
「お嬢様であれば貴女様と居れる方が幸せと仰ることでしょう」
「えぇそうね。それも知ってるわ...だからこそ私は行かなくてはならないの、厄災が迫っているわ...」
私には何のことかさっぱりでした。
あのお方が負ける想定など出来ませんでしたから...
「どうか..あの娘を...守ってください...これは主人としてではなく母親としてのお願いです。そしてもし勇者を名乗る男が来た時に真実を伝え逃げる事を優先させてください...国の事なんて忘れて静かに暮らして自分より強くいい相手を見つけて...どれだけ年月を掛けても構いません、貴女なりの幸せを....どうか...」
あれが初めてでした、あのお方が眷属である私なんぞに頭を下げたのは、お引き止めは致しませんでした...あのお方の決意は既に決まっていたので。
「それをお持ちになるんですね...」
目に留まったのはブレスレット、かつてお嬢様があのお方とおつくりになられた初めてのアクセサリー、あのお方は金、お嬢様は銀で作られていましたね...
あのお方はその時銀色のネックレスをされていました。
「お嬢様の持っていかれるのでしたら貴女様の金色のブレスレットをお嬢様にお譲りいただけないでしょうか」
「えぇ...えぇ...そうね、その方が...いいわね、じゃあこれお願いしてもいいかしら」
「畏まりました」
私がブレスレットを受け取るとあのお方は夜空に浮かび上がりました。
「ではレイハン、そろそろ私は行きます。後の事お願いしますね」
「はっ」
いつもの扇子を懐から取り出したあのお方は大きく息を吸いいつもの様に妖艶な笑みを浮かべ、空へと消えていきました。
思えばあの時が初めてでした、私に涙が流れたのは...。
―――――――――――――――――――――
あぁやっぱりそうだったんだ。
マナの瞳から溢れた涙は風に飛ばされ夕暮れの街に消える。
「それで...爺はどうする、この国を捨てまた二人、いや三人で隠居するか?」
「私は...あのお方よりそう...命じられております」
「そうね....それも悪くはないわね」
お姉様...いえ、お母様...ごめんなさい。
マナは既に逃げる事を考えていない、確かにかつて四人や三人で暮らしていた時だったならば、迷わず隠れていただろう、だが今は違う、多数の吸血鬼を創り出し多くの配下を加え多くの者の生活を支える存在となった今、すべてを捨てて自分の為に逃げるという事は、今は亡き母から教わった吸血鬼としてのプライドに恥ずべき行為だからだ。
「それにお母様は選択を間違えた、たった一人で戦った事、あの場に私が居れば変わっていたかもしれないというのに...」
「お嬢様...まさか...」
「全戦力をもって勇者を迎え撃つわ!お母様を殺した男、死すらも生ぬるい地獄をみせてやるわ」
と、強く言ったものの内心でマナは恐怖心を抱いていた。自分よりも強かった母を倒した勇者という存在、それがどれほどの存在なのか。
「であれば私も戦いに参加させていただきます」
「爺!生きろと命令したはずだわ」
「もちろん生きますとも、ただ、それは私一人ではなく皆で、でございます」
「だが...」
「私はお嬢様直々に作られた吸血鬼、それにあのお方の力も加わっているのです、お嬢様の次に強いと自負しております」
「馬鹿ね...」
何故か今置かれている状況が不思議でたまらない二人は互いに笑いあった。
そんな二人の元に一人の吸血鬼が慌てた様子で飛んできたのだった。
「スカーレット様ぁぁあ!!」
慌てた様子のエミリアを宥め何があったのかを聞く
「六大魔皇のベルザとトゥーザの都市が陥落しました!」
『は?』
エミリアの言葉の意味が理解できなかった。
戻ってきてから時間はそれほど経過していない、それなのに...都市が二つ?それもベルザとトゥーザは六大魔皇の中でもどちらかと言えば強者の部類だった、それがこの短時間に陥落?
「エミリア、それは確かな情報なの?」
「はい!あの二人の眷属の報告では都市の上空に球体が出現し落下したとのことです!」
「
たしかに高位の魔法を使えるのも問題ではあるが、本当に問題なのはその魔法を二発同時にほぼ同じ時間に発動させたという事、最低でも二人、強者が居る。
それを確証させるのがベルザとトゥーザの都市の場所だ、ほぼ対極の位置に築かれた都市なので同一人物の可能性は低い...だとするならば...いや...嫌な想像が頭を過るがそれは最悪の想定だろう、もし魔王の誰かが裏切ったとするなら、勝ち目はほとんどない。
「フフフ...そうか、それほどまでの強者だったか、そうよね、あのお母様を倒したんだもの、それくらいできるわよね」
やはり物事は上手くいかないものだ。
だが、それをあらかじめ予期しておくことは出来る、予期というより備える事だ。
敵が想定以上強かった場合の対処、私はお母様とは違う。
六大魔皇の都市の中央にはとあるアイテムが置かれている。
それはそれを中心とし魔法を発動させるという物、普段はそれを用いて防護魔法を発動させてある。
今回はそれを利用する。
「あなた達ともこれでお別れね。
「お嬢....」「スカーレッ...」
都市が魔法陣の光で包まれる。
これはマナにしか出来ない芸当だろう、無尽蔵に魔力があるからこそこのような雑な魔法が発動できる。
もたらす効果は集団での転移。
既にこの都市に眷属は居ない。
居るのはマナ一人、賑やかだった都市は既にかつての廃墟を思いださせる。
残りの4つの都市にも同様の魔法を唱える。
転移先は決まっている、最強の魔王が納める広大な土地、大勢の吸血鬼ですら容易く隠せるほどの広大な土地、最強の魔王、不死王メトラ・ソネフティマ。
「後のことは任せるわ、魔王」
さてあとはどうしようか。
部下はいない、その状態で母を倒した勇者を倒せるのだろうか
「フフ....私...らしくないわね」
かつての母の様に妖艶に笑みを零し扇子を仰ぎ、マナは玉座にて勇者の到着を待った。
最強は最高にわがままな証~滅国の吸血姫~ 早乙女 @marunokatsuo
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