第3話 イズミと4人の裏切り者

 この地獄とも言える状況で、イズミはクラスメイトの女子と恋仲になったのだ。

 彼女の名は『周防奈菜すおうなな』といい、皆からはナナと呼ばれ親しまれている。


 踊り子クラスという支援系のクラスにつき、主にステータスを大幅に上げたり、敵を困惑させてステータスを大きく減退させるなどを行うのだ。

 その扇情的な衣装と、元々のプロポーションの良さから、九条惟子に次いで男子の中で人気が高い。


 日々の暮らしの中で意気投合したふたりはいつも一緒にいるようになった。

 このふたりを誰よりも祝福したのが親友である譲治だった。


 こんな苦しい世界だからこそ、こういった人間の明るさが必要なのだと、当初自分だけいい思いをしていると罪悪感と後ろめたさを感じていたイズミを説得したのだ。


 結果、誰もがこのふたりを祝福した。

 異世界という苦しい環境下で結ばれたイズミとナナを羨ましく思いながらも、譲治はふたりの幸せを願う。

 その絆は、いつか元の世界へ帰ったときにはさらに輝かしい宝物になるのだから。

 

 しかし、譲治もあの九条惟子ですらも予期することができなかったことが起こる。

 転移者であるこちらの情報が、魔王軍に漏れたのだ。


 氏名は勿論、クラスやレベル、そしてなにを苦手とするかまで具に。

 その原因となった5人の生徒たちで、その中にイズミとナナの姿もあった。

 

 なぜこのようなことが起きたか。

 クラスメイトたちは気分転換ということで、王都に出向くことがあった。

 

 市民たちは彼らを英雄視しており、大いに歓迎する。

 歓迎の宴を開いて、美男美女でもてなしをしたりと、クラスメイトたちの身も心も癒していった。


 だが、そこに敵のスパイがいた。

 人間に化けて、クラスメイトたちに近づき、中には身体の関係を得て、少しずつ情報を手に入れていく。


 さすがにイズミとナナにはそういったものはこなかったが、親切心あふれる人間に化けると、あっさりと心を許した。


 情報源になった5人が、人間に化けていた悪魔を倒したときには、もう魔王軍は転移者たちへの対策を半分以上打ち立てているころだった。


 今その5人がいるところは夜の鬱蒼とした森の中。

 砦から離れた場所で彼らは集まっていた。


「……くそ、どうすりゃいいんだ! み、皆に言わなきゃダメだろうな……」


「皆に言うですって? こんなみっともないことなんて言えばいいの!? そんなことしたら、私たち裏切り者として処刑されちゃうわ! きっと砦の皆も許さない……できない、私にはできないよぉ……」


「う、裏切り者!? 冗談じゃない。俺がこれまで積み上げてきたレベルや名声はどうなる!?」


「知らないわよバカぁ!」


 槍術士の女子生徒『クミコ』と魔術師の男子生徒『ジュンヤ』が頭を抱える。

 その隣で、死霊術師の眼鏡をかけた男子生徒『カタギリ』が歯軋りをしながらふたりのやかましい声に耐えていた。


「い、イズミ……。私ね、正直に言ったほうがいいと思うの」


「ナナ……」


「九条先輩や先生に相談するのが一番だと思う。怒られるだろうとは思うけど、やっぱりそれしかないよ」


「ちょっとナナ! アンタ正気なの!? そんなことしたらどんな目に合うか……」


「で、でも、こうするしかッ!!」


「アンタたち、まだつき合ったばかりじゃない! すべて失うかもしれないのよ? いつか元の世界に帰っても、皆に白い目で見られながら学校生活を送る羽目になるかもしれないのよ!?」


「────ッ!」


 その言葉にナナだけでなく、イズミの心も揺らいだ。

 折角手にした幸せが、このことが露見してしまった瞬間に砕け散る。

 そう思うと耐えられなかった。

 

「じゃあ、どうするんだ? 九条先輩だって戦いの中できっと違和感を抱く。いや、もうきっと抱いているに違いない。最近あの人が疲れた顔でぼやくのをよく聞く。"レベルはこちらが有利なのになぜか魔物が強くなったような気がする"って。敵は先輩への対策を講じて攻めているんだろう」


 カタギリが眼鏡を指で直しながら4人に語る。

 このごろの九条惟子はひどくやつれたような顔をするようになり、気分もかなり参ってるのがうかがえた。

 リーダーという凄まじいプレッシャーの中、何度も戦っていく内に、身も心も疲弊してしまったらしい。

 

「正直な話、僕もこのことで破滅に向かうのは嫌だ。僕には重大な使命がある。クソ、なにかいい手立てはないのか。九条先輩のほかにも勘のいい奴はいるからな……奴らにも知られないように、迅速に……」


 そのとき、イズミの脳内に悪魔的な閃きが走る。

 だがこれは間違いなく自らの良心を試されるものだ。


 ただでさえ痛められている良心が、さらに捻れるような痛みに襲われる。

 イズミの頭の中によぎったのは、親友の姿。


 ────畑中譲治に魔王軍への情報漏洩の罪をきせること。


 親友ひとりが無実の罪を被ることで、ここにいる5人の未来が救われる。

 嫌な汗と荒い呼吸を自覚することで、今自分の頭が冷静でないことはイズミ自身にも理解できた。


 だが、もう時間はない。

 まごまごしていれば、必ず情報を漏らされたとして調査が入る。


 イズミは可能な限り、ストーリーをでっち上げた。

 譲治にありもしない罪を着せるために、密かに行動していたことや、皆に隠していた裏の顔などを次々と捏造していく。


 これに賛同したのか、ナナ以外のクラスメイトもストーリー作りに加わり、なんとか整合性を合わせていった。


「イズミ! 待ってイズミ! どうして畑中君を貶めようとするの!? 畑中君はアナタの親友でしょ?」


「あぁ、そうだ。だがな。アイツは俺たちの中じゃ一番弱い。【レベル3】だぜ? ……いいかナナ、! 陰で皆のレベルの高さに嫉妬して、皆をクズ呼ばわりする下衆野郎なんだ! その下衆野郎が魔王軍にゴマをすって、情報を漏らして、自分だけいい思いをしようとしたんだ!」


「な、なに言ってるの……? なに言ってるのよイズミ! そんな嘘で畑中君を犠牲にしろって言うの!? 畑中君が皆のためにどれだけ頑張ってくれてるか、アナタわからないの!?」


 ナナは泣きじゃくりながらイズミにすがりつく。

 譲治を貶めることなどできないし、なにより恋仲となったイズミにそんな悲しい嘘をついて欲しくなかったからだ。


「ほかに方法はないんだ! こうしなきゃ、俺たちは幸せになれないんだッ!」


「でも、でもぉ……」


「俺はお前と、いっぱい思い出を作りたい。夏休みで花火したり、海行ったりさ……俺はナナとそういう学生生活が送りたいんだよ」


「う、うぅ……」


「ナナ、俺たちはもう人を殺してるんだぜ? この異世界に来てから、敵国と戦ったときなんかもう何百人も。言ってみりゃ俺たちは、殺戮者も同じなんだ」


「……ぁ」


「ナナ、俺と……俺たちと一緒に乗り越えよう! 俺たちなら乗り越えられる! 全部終わったらさ、ふたりだけでゆっくりしようぜ? な?」


 こうしてナナを説得したイズミのアイディアをベースに、事実隠ぺいのためのストーリーが練り上げられていった。

 


 ────これが、【史上最悪の冤罪事件】の始まりある。

 時刻は深夜を回り、夜明けが近くなっていた。

 

 

 

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