第2話 不安の前兆

 転移されてから数か月。

 着実に戦果を上げて、レベルアップして強くなっていくクラスメイトたち。

 

 圧倒的な戦闘能力で敵を蹴散らしていくさまに、国民の誰もが彼らを称賛した。

 お陰で魔王軍や敵国は劣勢に立たされ、攻めあぐねる状態になった。


 だが、ここで譲治や九条惟子がずっと懸念していた事態が起きる。

 

 心的外傷後ストレス障害を患うクラスメイトがでてきたことだ。

 テレビやネットでもよく目にする、PTSDというモノだ。


 転移組の能力の高さに目をつけた王国側は、とにかくこちらの兵力を激戦区へと向かわせ続ける。

 どれだけ戦っても一向に終わりが見えない戦いに、クラスメイトたちもかなり疲弊していた。


 心躍る冒険とはほど遠いたび重なる出兵の日々に、最初は余裕の表情で戦地へと赴いていた活発な生徒も、今では恐怖に囚われて毎夜悪夢に悩まされる。


 譲治は戦いには出ず、砦の中にある治療施設で、傷ついたクラスメイトたちの治癒に当たっていた。

 譲治は苦しむクラスメイトたちを何人も診てきた。


 無論、医学の知識なんてない。

 僧侶としての能力とスキルをそのままに使った、体力の回復や精神の安定くらいのことしか彼にはできなかった。 


(やっぱりな。いくら力があるからって、戦争なんていう極限のストレス状態に精神が耐えれるわけなかったんだ。他者の流血や悲鳴、そして命を奪う。こんなの、地獄じゃないか)

 

 戦場のリアリズムは、誰もが憧れてやまない異世界であろうと変わらないことを譲治は改めて実感した。


 知識として恐るべきこととわかっているのと、実感として恐るべきことを理解しているのとでは雲泥の差がある。


 ネットやテレビの前と安全地帯から戦場を語る者と、実際に戦いを体験して戦場を語る者とでは言葉の重みが違うのだ。

 譲治は今なお苦しむクラスメイトたちを見ながら一度退室し、トボトボと廊下を歩いていると。


「譲治君」


「あぁ、九条先輩……お疲れ様です」


「うん、君もお疲れ様。ちょっと今いいかな?」


 九条惟子がこの施設にある会議室に譲治を呼び出す。

 ふたりだけで話がしたいということらしいのだが。


「後輩たちの様子はどうかな?」


「見ての通りです。確かに強い力を持っているとはいえ、敵も雑魚じゃない。レベルの高い敵だっているわけだし、その分苦戦だってするでしょう。……酷いもんですよ。死者は今のところいないとはいえ、怪我が治れば、精神が元に戻れば、また戦いに駆り出されます。正直、なんのために治療してるのかわからなくなったりします」


「……すまない。私が不甲斐ないばかりに」


「いえ、先輩は凄く頑張ってくれてるじゃないですか。むしろ、先輩のほうがヤバいんじゃないですか? ここ数日連続で遠征や魔物の討伐をこなしてるって聞きましたよ?」


「私はいい。皆よりずっとレベルもあるんだし、リーダーである私が皆の先陣を切らなければ」


「でもキチンと休息はとってください。いくらこの数か月でレベルが1500にまで上がったとはいえ、無理は禁物です」


「フフフ、ありがとう。────やはり君は頼りになるな。最初のころよりずっとタフだ」


「俺が? ハハハ、まさか。俺は【レベル3】の弱い人間です。戦場にだって一度も出てないし……それに初日めっちゃ騒ぎまくった」


「懐かしいな。確かにそうだったね。でも、今の君は誰よりも冷静に現実を見ている。治療施設にいる同じ僧侶クラスの子たちは、皆君を頼りにしているんだよ?」


「……にわかには信じられませんね。俺は皆のように高いレベルやチートも持ってない。現実でもここでも、ただのちっぽけな人間です」


 譲治は自嘲気味に笑いながら、椅子に座る。

 彼の背中を窓から射し込む陽光が照らし、一際大きな影を床やテーブルに映した。


 気づけば季節はとうに移り、初めて来た日の日差しは、今では突き刺さるような暑さに変わっている。


 譲治の背中に焼きつくような空虚が飛来していた。

 だが、絶望してすべてを投げ出してはならないとずっと堪えている。


 そんな様子が皆に伝わっているのか、誰も彼の戦闘能力の低さを笑わなかった。


 無論、九条惟子も戦えずとも皆のために最善を尽くそうとしている譲治に一目置いている。

 こうして偶にだか、話し相手になることもあるのだ。


「そんなに自分を低く見るな。君はよくやってくれている。本当だとも」


「……。そ、そうですか。ありがとうございます。なんか、照れるな……」


 言葉とは裏腹に譲治の浮かべる乾いた笑みが、九条惟子の心に密かに突き刺さる。

 人一倍責任感の強い彼女は、譲治の苦しみすら自分の苦しみにさえ感じて、より一層重く圧しかかった。


 九条惟子の目頭に熱がこもる。

 リーダーとしての不甲斐のなさを感じるたびに、彼女の精神は軋んでいった。


「先輩。王都からは物資はキチンと届けてもらっているんですよね?」


「あ、あぁ。そこらへんはな。あの方々には感謝してもしきれない」


「よかった。じゃあまた回復薬(ポーション)とか発注お願いできますか? あと薬草も。薬草を細かくして、ほかの薬と調合すれば、それなりの効果が望める薬になります。今植えてある分で作るにはちょっと足りないって言うか」


「あぁ、わかった」


「それにしても、感謝……か。しかしまぁ、お姫様や大臣はともかくとしても、王様は俺たちのこと気に食わなさそうですけどね」


「……気付いていたのか?」


「なんとなく」


「一応理由を聞かせてもらっても?」


「まぁ、ただの憶測とでも思ってください。最初出会ったときから王様はムスッとして口のひとつも開かない。喋るのは臣下や娘である王女様だけでした。恐らくは、俺らみたいなのを別世界から呼び寄せることに反対だったんでしょう。……そりゃそうだ。"自分の治世ではこの困難を打破できないので、どうか力を貸してください"って言ってるようなもんだ」


 絶対王政において王の存在は民たちにとって神にも等しい。

 王の存在あっての民であり、そして王国がある。

 にもかかわらず、その王が『できない』と己の無能をさらけ出すのだ。


 これ以上の屈辱があるか?

 己の臣下が術策や武勇を以て解決に導くのならともかく、どこぞの誰ともわからない馬の骨連中に自国の命運を預けるなど、本来であれば父祖に顔向けできないほどの恥辱だ。


 説得にはさぞ苦労しただろうと、大臣や王女に対し密やかな同情の念を送る。


「拠点を王都に認めず、この離れた砦に設けたのもきっと王様でしょう。所詮俺たちは異邦人。世界にとっては英雄だろうが、王様からしちゃ余計なお世話だったらしい。……まぁ、結果をキチンと出してるから完全に悪い扱いはできんでしょうがね」


「フフフ、面白いな君は。……あ、つい話し込んでしまったね。ごめんね。もしかしてどこか急ぎだったとか……?」


「あぁいや。ちょっと休憩してからまた病室に戻ろうかと思ってたところです。まだまだやることがいっぱいある」


「ありがとう……君のような後輩がいてくれることを誇りに思うよ」


「アハハ、俺褒められてばっかしだな。すみません。じゃあ失礼します」


 譲治はまたいつものように自分のできることをしていく。

 憧れの先輩と話したことで、譲治の顔に笑みが零れていた。


 けして幸せとは言えない状況だが、皆と力を合わせればきっとこの困難を切り抜けられる。

 譲治はそんな思いを胸に、また病室へと戻っていった。


 だが譲治の思いとは裏腹に、現実は捻じ曲がった方向へと進んでいく。

 ────気のゆるみがあった。


 イズミこと紅環和泉。

 ある一夜をきっかけに、彼は親友であるはずの譲治に、『無実の罪』をきせることになる。

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