おまけ1 海野さんの長過ぎるひとりごと

「ていうか、あなた……キューピッドになってくれるどころか、抜け駆けしてるってどういうことなんですか?」


 愛用のお皿から報酬……じゃなくて本日のオヤツをモリモリ食べるペペロンチーノに、うらみ少々ねたみたっぷりの視線を送る。


『手からじゃないと食べないんです』


 ウ ソ で す 。


 うちの子を、陸田さんの中で“手の掛かる甘えん坊猫ちゃん”に仕立て上げるための大ウソです。けっしてお皿を忘れちゃったのをごまかしたのではなく。


 お人好しな陸田さんの庇護欲を掻き立て、あわよくば、


『よかったら、またペペくんのこと見てますよ』

 ↓

『助かります~。でも一応ペットは禁止にしてますから、次は是非うちに(略)』

 ↓

 (略)

 ↓

 いつの間にか互いの部屋を行き来(略)

 ↓

 同居

 ↓

 という、恋する乙女の算段です。


「陸田さん、すごく喜んでくれてましたね」


「ニャーン」


「でも抱っこして一緒に寝たのは許せません。ずるい。私もしてほしい」


 だいたい、四足獣って卑怯なんですよ。


 人間が屈んでもまだ足りないような低い位置から、そんなあざとかわいいカオで見上げられたら、なんでもしてあげたくなってしまうでしょうが。あぁ、かわいい。


「ニャァ」


「くっ……」


 私は愛おしくも憎々しいこの感情を、いったいどうしたらいいのでしょうか?


 愛憎が混じりあう粘着質な視線をものともせず、ペペロンチーノは喉を鳴らしながらスリスリしてくる。


 あの人にもこうしたのですね。そしてアッサリと同衾に持ち込んだのですね。陸田さんの腕の中で一晩を……。


 …………。


「ペペ。ちょっとこちらに来なさい」


「……」


 猫あるある。

 呼ぶと来ない。


 あの時だって、陸田さんの脚にまとわりついて、何度も私の手から逃げて手こずらせてくれました。


 そのおかげで少しだけ大胆な行動に出られたりもしましたが。


 至近距離、上目遣い、クローゼットの中で一番かわいい服。果たしてアレは、彼に効いたのでしょうか?


 陸田さんの戸惑い、揺れる瞳を思い出しながら、ペペロンチーノをつかまえる。抱き上げると、毛玉の妖精みたいな見た目に反してけっこう重くて、それがまた良いのです。


「……モフモフ」


 ペペロンチーノをソファに下ろして、お腹に顔をうずめる。

 あったかくて、モフモフして……控えめに申し上げて最高だと思います。


 ペペロンチーノ。


 この小さくて柔らかな生き物だけが、ずっと私の心の支えでした。


「ずっと、あなただけだったのに」


 それなのに。


 日曜日に見掛ける、押したら倒れてそのまま潰れそうなくらいヨレヨレな陸田さん。


「気になる」


 疲れ果てた虚無顔とか。命を削って搾り出すみたいな覇気のない声とか。つむじの方向と逆側についたねぐせとか。


「とっても……気になって」


 サンダルが脱げて転びそうになっているのを見てしまったときは、あまりにかわいくてニヤニヤしそうになるのをおさえるのが大変だった。


「しかたないんです……」


 そんな人なのに、平日の朝は背筋もシャツのシワもピンと伸びて、なんかもうデキるビジネスマンって感じで……敷地内に落ちてるゴミとか拾ってくれますし。


 あのギャップを見て好きにならない人なんているのでしょうか?


「しにそうです」


 溢れる気持ちを共有したくて、友達に写真(盗撮じゃないです。町内のビールパーティーで偶然写り込んだだけです。盗撮じゃないです)を見てもらったら、『今度眼科紹介するわ~』ですって? まさかアレを本当に言う人がいるなんて……現実的に考えればせいぜい眼鏡屋では?


 まぁ、ライバルが少ないに越したことはないですが。少しばかり納得がいきません。


「ペペ、陸田さんは素敵ですよね?」


「ニャー」


「フフ。そうですよね、そうですよね」


 モフモフのお腹に顔をこすりつけ、深呼吸する。そういえば、猫好きの間では猫を吸うという行為が日常的にされているとか。中毒性があると聞いたので控えていたのですけど、これは……ハッ!?


「もしかして間接……いえ」


 さすがに、陸田さん、そこまではしてないですよね? でも昨晩は酔ってたそうですし。ペペはお腹許容派の猫ですし……。


 妄想が膨らむ。ペペロンチーノはへそ天のポーズでぐるぐる言っている。ペペからは、少しだけ陸田さんの家の匂いがする。


 そういえば、陸田さんいい匂いでしたね……。


 記憶が飛ぶほど飲まされたと言っていたのに全然クサくありませんでした。


 アセトアルデヒドは? ちゃんとアルコール分解してますか? 心配です。陸田さんなら、少しくらい臭くてもいいんですよ?


「ペペ。次はこのお腹で陸田さんを誘惑してきなさい。……チューでもいいですよ? あとでわたしにもしてくれるなら」


 きっと誰も見てないと思って、調子に乗っちゃうんでしょうね。お膝にのせていただいた時も、鼻の下伸びてましたものね。


 あー……陸田さんかわいい。


《おわり。おまけ2(陸田side)もあります》

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