3 誰かきた

 接待に満足した猫がスヤスヤ寝息をたて始めたころ、俺はひとつの覚悟を決めていた。


 この子を、交番に連れていこう。


 まるで自分の家のようにリラックスしてくれてるとはいえ、この子を心配している飼い主がいるかもしれないんだ。きっと寂しくて不安な気持ちになっている。早く元の家に帰してあげないと!


 猫を誘拐した男のレッテルを貼られ、一生後ろ指をさされて不幸で寂しい人生を歩むのは、この俺だけでいい。


 眠気と二日酔いでちょっとおかしくなってた感は否めないが、こんな俺にだって正義の心はある。


「とりあえず、なにかカゴっぽいものなかったかな」


 散らかった室内をぐるりと見回したところで、俺はやや酒気の残る息を止めた。


 猫が立てる寝息、時計の秒針。その他に、なにか小さな音がする。


 カツーン、カツーン。


「!?」


 だんだんと大きくなる、規則的な音。

 間違いない、これは靴音だ。


「お隣さん……か?」


 それにしては、音が鋭くて軽い感じがする。

 

 お隣の伊藤さんは、趣味で相撲サークルに所属するかなり恰幅のいい男性だ。

 でもこちらの音は、もっと小柄で、どちらかというと女性のような……。


 靴音は階段を昇ってきているようだ。


「……」


 ちょっと待て、この階に女性は住んでないはずだぞ。しかもこんな早い時間から? 朝の8時だよ。なんかの勧誘とか、訪問販売にしたってちょっと早いよ。


 俺が滝のような汗を流して慌てる間に、足音はどんどんはっきりと大きなものになっていく。


 ピンポーン!


「はっ……!?」


 チャイムの音。


 それは今、俺がもっとも恐れているもののひとつだ。体が大きく痙攣し、びっくりした猫が目を覚ます。


 俺は文句ありげに見上げてくる猫と、しばし視線を合わせた。ごめんて。


 ピンポーン!


「ヒィッ!?」


 ふたたび、催促のようにチャイムが鳴る。気のせいじゃなかった。俺の部屋のやつだ。


 俺はおそるおそる立ち上がり、インターホンに出る。こんな時間に、俺の部屋に訪ねてくる女性(暫定)。まさか……。


「は、はい?」

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